第220話 『マチの涙』
極寒のオンタリオ州とはうって変り、ここバンクーバーでは暖かい冬の日差しが降り注いでいた。周りに雪は一切無い。冬に雨が多いバンクーバーだったが、ここ最近ずっと連続で晴れている。
青い高い空がどこまでも広がり、冬の木々を明るく照らしていた。
マチは自分の部屋の小さな窓から外の景色を見ながら考えていた。
ハンドクルー家のクリスマスパーティーなのに、ロイに誘われて何故か行く事になった。
「是非、君に来てもらいたいんだ。エイチは関係ないよ。ジャスミンと双子を紹介したいだけだ。無理にとは言わないけど」
「あの・・・でも・・・」
「あいつには俺から話すから。それまで黙っててくれないか?あの性格だろ?君なら分かってくれるよね?」
断る理由が直ぐに思いつかなかった。だから返事をうやむやにしていたら行くことになってしまった。心の中では誘って貰って嬉しかった。
またエイチに会えるのかも知れないと思ったからだわ。エイチに長い間会わないと今どうしているのか心配になってくる。大きなお世話だと分かってるけど様子をこの目で見たいと思ってしまう。なんでそんな風に思うのかしら。もうMRでもなんでもないのに。
案の定エイチとまた再開した。
去年の夏、一年ぶりのホッケー部の同窓会で再開して以来、何だかんだと偶然が続き、その度に顔を合わせて変な境遇で一緒にいる。そして、その度にやっぱり当時と変らず喧嘩して別れてる。もう二度と会わないと決めるのに、次の機会がやって来るとまた会ってしまう。
もういい加減にしないと身がもたない。あんなに口が悪くて、意地悪で凶暴な人を心配したり、気にかけたりする義理なんて一つも無い。
昔はMRで強制的に一緒にいさせられた。全て仕方なかったからだった。学校の規則だと思うと我慢も出来た。あんなに貶されたのに泣かないで卒業まで続けられたのは本当にすごい事だとロアンナに言われる。自分だってそう思う。
プロムで別れを言われて、もう二度と会うことも無いと信じていた。だからエイチの事を思い出さないように封印して来た。
彼との思い出は嫌な事が殆どだったのに、ちょっと違う思い出もあってとても複雑な物になっている。そして心の中で思い出すのはいつもその本の少ししかなかったはずの思い出ばかりだった。
彼に助けてもらった記憶、腕に抱きしめられた感触、思い出しても意味の無いことばかり考えてしまう。
エイチは遥か彼方で活躍する北米一の人気ホッケー選手になってしまって、美人に囲まれて毎日楽しくしてるんだと思う。それで構わないはずなのに会う度に心のどこかで彼に対して不満がある。昔は何も感じなかったのに、どうして今彼のスキャンダルを見て心を痛めたりするんだろう。
本当はそんな人達と付き合って欲しくないと思っているからだわ。でも、どうしてそう思うのかしら。エイチの事なんて思い出さなくて良いじゃない。気にしなくて良いのよ。放っておいて忘れてしまえば良いのに。でもできない。
この前も言われた。
「お前が気に入らないからだ!」「お前なんて仲間でも何でも無い!」「お前となんて二度と会うか!」こんな台詞を吐く男。普通の人間ならきっと本当にもう二度と会わない。
それにもう事件なんて起きないわ。私もバスの事故はもう起こさないし、ジャスミンさんも見つかってロイさんはNHLに復帰する。ハンドクルー家は平和を取り戻したわ。
だからもう、エイチに会う理由が何も無い。それで良いの。このまま時間が経ってきっと二人の間にどんどん距離が出来て、出会う前の二人と同じようになって行くのよ。それが当然だわ。
そしていつの日か、誰かに訊ねられても「マチ?・・・・誰だそれ?」って私の事をすっかり忘れる日が来るわ。そうなった方が良い。私達はあまりに普通じゃないわ。友達になんてなれない。仲間でもないとはっきり言われた。もう諦めなきゃ。
諦めなきゃ?
マチ?
一体何を諦めようとしてるの?
仲間になれること?
永遠の友達でいられること?
「・・・・・」
マチは朝の身支度をしながら鏡の前で髪を結び、涙が滲む真っ赤な目を何度も瞬いて涙を押し戻そうと頑張った。
「エイチなんて・・・大嫌いだわ・・」
口に出してそう言ってみた。言葉とは裏腹に涙が頬を伝って床に落ちた。
胸が痛くて潰れそうな気がした。
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