第219話 『イワンに迫られて』
マチとの最低最悪な別れを彼なりに反省していた頃、遠征先のホテルのカフェでイワンはマリアンヌの事を考えていた。
早起きのマリーは間もなくここにコーヒーを飲みながら新聞や記事を読みにやって来るだろう。
昔、こんなスチュエーションがあった。俺が近くにいる事を知ったマリーは急いで新聞を畳んで逃げようとした。嫌われていたな。
今日はどんな反応をするかな。
前回、少し強引なマネをしすぎたかもしれない。どれぐらいの重さなのか抱えてみたくなってふざけてベットまで運んだ。でも、本気だからと、ちゃんとそう言った。それなのに「考えておくわ」と言う良く分からない回答しかもらえなかった。
女に手こずった事なんて無い。マリアンヌぐらいだ。
イワンの予想通りマリアンヌはロビーに降りてカフェに向かってやって来た。
イワンは店の前の壁に腕を組んでもたれかかりながらこっちへ向かって来る彼女を見つめた。
いつも奇麗にしている。太っているのにおしゃれが好きな人だ。イワンは少し笑った。
「おはよう」
イワンがそこに居たとは知らず、マリアンヌは驚いて小さな声で返事した。
「あら、おはよう」
そのままカフェに入ってカウンターに座った。完全にイワンを無視した行動だった。
彼は彼女から一つ席を空けて座るとコーヒーを注文した。
マリアンヌはそれに気が付いたが知らん振りして新聞を読み始めた。
本当はドキドキしていた。イワンが近くに居て記事に集中できない。
「マリー、どうして今日は砂糖を入れないんだ?」
「・・・・ダイエットしようと思ったのよ。別にいいでしょ?」
マリアンヌは目を上げないで新聞を見た。
「読んでないのに新聞を見てる。さっきから同じところしか見てない。それなのに俺と目も合わせてくれないんだな」
マリアンヌはため息をついてイワンを見た。困った表情を作って言った。
「・・・・イワン、もう私に構わないで欲しいの」
「マリー、どうしたら俺が本気なのが分かってくれるのかな?」
「イワン、あなたは勘違いしているだけだと思うの。今まで自分が声を掛けて断る女なんて居なかったでしょ?どんな女も手に入ったのに、私なんかに急にフラれて自尊心が傷ついたのよ。それで私からYeSと言われるまで意地になってるだけよ。あなたは私のように太っていて気の強そうな女なんて好きじゃない。もっと美人でスレンダーで今までスキャンダルになって来たような女優とかモデルとかそれでいいじゃないの。私をあなたから解放して頂戴。わずらわしいの。つきまとわれて・・・」
「本当に俺が嫌いなのか?付き合った事も無いのに?」
「ええ、そうよ。私はイギリス紳士みたいな風貌で優しい男が好きなの。アスリートなんかじゃなくて良いの。ビジネスマンが良いの、そんなに体を鍛え上げてなくて良いのよ」
「ロイを愛してたくせに」
「ねぇ、イワン、あなたはいつもそう言うけど私はロイをそんな対象として見た事は一度も無いのよ。ロイは素敵な人よ。男らしくてハンサムで良い人だわ。誰からも愛されている。でも、私は彼を愛していたわけじゃないわ。尊敬していただけ。だからロイがジャスミンと再会を果たしたと聞いて本当に心の底から嬉しかったわ」
「そうなのか?」
「ええ。これは本当の話よ。嘘をついてもどうにもならないでしょ?イワン、私はあなたが思うほど気が強くないのよ。だから・・・傷つくのが恐い。あなたなんかと付き合って本気になったらどうするの?あなたは移り気で有名で私の事もあっと言う間に飽きてしまうわ。私は傷つきたくない。だから傷つく前にあなたを目の前から葬り去りたいの」
「マリー、誰が傷つけようと思ってこんな事を頼むと思うんだ?俺は女に懇願して付き合ってもらった事なんて一度も無い。大体いつも性欲が満たされればそれで良かった。でもマリーはそんな対象じゃない。自分でわかるだろ?俺は君の事が好きなんだ。真面目に付き合って欲しいだけだ。一晩寝て捨てるとでも?それなのに傷つくなんて・・・俺と恋に落ちると傷つくのか?」
「イワン、止めてよ・・・そんな事を言われると勘違いするじゃない。恋したのなんてずっと昔で、どう対処したら良いのか分からないわ・・・」
「別に何もしなくて良いよ」
イワンは腕を伸ばすと彼女の手をそっと取って優しく握った。マリアンヌは困った顔をした。まだ迷っているようだった。
あっという間に時間が来てしまった。スタッフが集合が遅いイワンを呼びに来て話しが途中になってしまった。マリアンヌは彼の指からサッと自分の手をどけるととても動揺した。
あと少し時間があったら頷いてしまっていたかもしれない。
危ないわ・・・・・駄目よ、こんな人と付き合ったり出来ない。私には荷が重い。
きっぱり断らないと・・・・・
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