第218話 『いつも喧嘩に』
クリスマスが終わって翌日はもう試合があった。アリーナで仕事を終えたメンバーはシャワーを浴びて帰る支度をした。明日は早朝から遠征が始まって飛行機の長距離移動が待ってる。
イワンが急にエイチを呼び止めた。イワンは人目を気にしながら彼の腕を引いて誰も居ない部屋に引き入れた。
エイチは急にこんな事をする彼を見て、まだあの事を怒ってるのか?しつこいな、と思った。青い目で観察した。殴るつもりか?エイチはイワンの動きに集中した。もしそうなら負けるつもりはない。
「俺はお前より七歳も年上だし、大人だからな」
イワンが話し始めた。
「お前の事を許そう。本当は殺してやりたいくらいだが許してやる。でも条件がある」
エイチは目を細めて眉を上げ、言ってみろよと返事した。
イワンはエイチに近寄ると言った。
「彼女の電話番号を教えろ。業務用じゃない。個人の方だ。デートに誘う」
「は?」
エイチは疑うように彼のグレーの目を見た。
「デート?この前押し倒して襲ったろ?それで気が済んだんじゃないのか?」
イワンの目が凶暴に光った。
「貴様!」
イワンがエイチの胸倉を掴んで壁に押し付けた。
「あの日の事をこれ以上話したら本気で殴るぞ!」
「ああ、やってみろよ。俺は売られた喧嘩は絶対に買う。それに必ず勝つ」
「・・・・・」イワンは頭を振って冷静になろうとした。
「あの日・・・俺は彼女を襲ったりして無い。ベットに運んだだけだ。それだけで何もして無い。彼女は怯えた顔をしてた」
エイチは目の前の男の顔を見つめた。
「まさか本気なのか?」
「本気じゃなければ花なんて買わない」
「だろうな。・・・なんで彼女を?」
イワンはエイチの事をじっと見ると、
「うるさい。昔から目をつけてる。昨日今日好きになったわけじゃない。俺は頭が良い気が強い女が好きなんだ。七年前ロイに付いた時にマリーに惚れた。俺の事を「大嫌い」だと言う目で見ていて気に入った。ただそれだけだ」
「お前だったら他にも女がいくらでもいるのに」
「誰でも良いわけじゃない。そんな事お前にだって分かるはずだ。狙った女を手に入れたい。男はそういうものだろ?」
「・・・・」
エイチは無言でイワンを見た。
「マリーはああ見えて乙女なんだ。少女趣味な一面が合って意外と繊細だ。だからその辺の女と違って強引には持っていかない。一から付き合ってもらえるように頼まないとならない。時間が掛かりそうだ」
エイチは鼻で笑うとイワンに言った。
「あんな女のどこが良いんだ?」
「お前こそあんなに小さい、きゃしゃな子の何が良いんだ?」
「うるさい!」
「同感だ」
二人はお互いの目をじっと見てしばらく黙ると、ふっと笑った。
イワンはハンサムな目の前の男の肩に腕を回して言った。
「俺達は似てるんだ。モテるのに何故か惚れてる女には嫌われてる」
「・・・・・」
「攻略し甲斐があるじゃないか!なぁ?エイチ」
「・・・・・」
エイチは不機嫌な顔になった。
お前なんかと一緒にするなよ。何も知らないくせに!マリアンヌがお前を嫌っているのの一千倍くらい俺は嫌われているんだぞ!
エイチはアリーナから出て運転する車の中で考え事をしていた。クリスマスの翌日、マチと別れる寸前に大喧嘩したのを思い出した。
空港へ送っていく途中の事だった。大雪のせいで道が混み、トイレに行きたいと言ったマチを休憩所で下ろした。自分も店に入って飲み物を買い、ふとそこに流れているTVの特集を見てビックリした。いきなりはらわたが煮えくり返りそうになる。
しかもトイレから出て来たマチがエイチに言った。見せたくなかったのに。
「ちょっと、見て!」
二人はTVに釘付けになった。
そこには全米で大人気のNFL、アメフトの授賞式の特集が流れていた。画面に二人が知っている男の姿が映る。
『リッキー・マグレードルさん、この度はフェアプレイの受章おめでとうございます。どんな気分ですか?』
「あのクソ野郎!」
エイチの目が豹変して、もう誰も声を掛けられる状態じゃない恐ろしい形相になる。
『うれしいよ、有難う』
『この賞を誰にささげますか?』
『世界一尊敬している人に捧げます』
リッキーはそう言うと首から掛けた十字架のネックレスを片手で握った。そしてその手首に彫ったタトゥーを画面に見せた。そこにはMとKのイニシャルが刻まれていた。
『苦しい時、いつもこの名前を見て初心を忘れないようにしているんだ。この賞はこの人に捧げます。永遠に』
『大切な人なんですね!リッキー、有難うございました』
リッキーは大声援の中、画面から消えた。
「・・・・・」
リッキーがアメフトのNFLの選手になった事はシルトから聞いて知っていた。インタビューにも答えず、あまり画面に映るのを好まないと言うのも聞いて知っていた。そりゃあ出れないだろうさ。レイプ犯が!そう思いながら腹を立てていた。
それなのに、授賞式だったから仕方なくTVに映ったんだろう。そして事もあろうに・・・・
「ねぇ・・・MKって誰なのかしら。リッキーにも大切な人が出来たのね」
エイチはそんな事をのんきに言っているマチを見下ろして腹がたって仕方が無くなった。
この間抜け!誰かだと?お前の事だ!お前の名前はマチ・カザマだろ?ああ!なんて鈍いんだ!
あのクズ野郎!消火器で潰しておくべきだった。なんて事するんだ!信じられない!
エイチはあの時の事を思い出して怒りの炎が自分の中で燃え上がるのを感じた。
「マチ、アメフトの試合には絶対に行くなよ?」
エイチの低い声が恐い。
「え?・・・・大丈夫よ、気にしてくれて有難う」
マチはエイチの事を見た。
「行くんじゃないぞ?」
エイチの目が据わっている。
「分かったわ。大丈夫よ、リッキーに会う事なんて絶対ないわ。いくら私だってあの事は傷ついたんだから・・・」
マチはエイチの事を注意深く見つめる。とても怖い顔になっている。なぜ?
「・・・どうしたの?どうしてそんなに機嫌が悪いの?」
マチは店の中を見回した。
「うるさい!」
「大声出さないでよ!公共の場なのよ?目立つじゃない!」
マチは周りを見回して、慌てて目立ちすぎるエイチを車に誘導した。車を発進させながらエイチは久々に目にしたリッキーの姿を見て怒りが治まらなかった。
本当は今ここで思いっきり殴って殺してやりたいぐらいだ!ああムカムカする!
「お前はあいつに何をされたのか分かっているのか?そんな風にお人よしだから襲われたりするんだ!」
怒りに任せて目の前のマチにそう言った。マチは何も悪くないのに。
マチがとても悲しそうな目をしてエイチの事を見た。はっきりと傷ついた表情だった。
まずい・・・・・
エイチはそうシャウトしてしまってからそう思った。だが全て遅かった。
マチはうつむいて言った。
「・・・ひどいわ。私だって好きであんな事されたわけじゃないのに」
マズイ事を言ったと思ったとしても怒りが治まるわけじゃない。大体この手の話はいい方向には向かわない。
「なんだよ?また俺の事を責める気か?襲われたのはお前のせいだと責めてる目つきだ。どうせ何もかも全部俺のせいにしてるんだろ!」
とにかくマチを責めたくなる。
「そんな事無いわ!どうして私にいつもいつも大声で怒鳴るのよ!」
マチが黒い目を真剣に見開いてエイチに言い返す。顔に『あなたなんて嫌いだわ』と書いてあるように見える。
「お前が気に入らないからだ!」
マチが黒い目で見上げる。彼女も怒っている。
「私だってあなたの事なんて・・・・」
エイチの頭に突然あの日、小学校の校庭で言われた台詞が蘇る。
「お前なんて仲間でも何でも無い!」
大声で言い合って、上手く伝わるはずが無かった。
「そうね、そうみたいだわ。あなたは私を仲間だと思ってくれてない事が今、良く分かったわ!私はせめてそう思ってくれたら良いのにって思ってたけどもう無理みたいね!もういい!さよなら!」
マチが真っ赤な顔をしてエイチからはっきりと顔を逸らした。
「お前となんて二度と会うか!」
エイチは自分の方を向かないマチに言った。
「大体、関係ないのに俺の家のクリスマスパーティーになんて勝手に参加するなんてどんな了見なんだ!勝手に仲間面するんじゃない!」
マチが振向いた。もう怒っている顔じゃなかった。悲しい、かわいそうな人間でも見つめるような瞳だった。
「どうしてあなたはいつもそうなの?他の人と違うとどうして分からないの?」
なんだと?
「誰と比較して言ってるんだ?」
マチを低い声で脅す。瞬時にSの顔がよぎった。怒りが頂点に上り詰める。
「別に比べてなんて・・・」
マチの反応を見てSじゃない事が分かった。
「あの日本人の事か?好きにでもなったのか?」
エイチは思いっきり馬鹿にした様な顔でマチを挑発した。
マチはキッとエイチの事を睨んではっきりと言った。
「ええ!そうよ。私、ハジメさんの事が好きよ!」
「!」
「あなたなんかと違うもの!彼は物凄く素敵な人だわ!だからもう私に干渉したり邪魔しないで!さよなら!」
マチはエイチの車から大急ぎで降りると空港の中に走って消えた。
言われた・・・・
エイチは運転席で言葉に刺されたまま固まった。
最低の別れ方だった。エイチはマチと大喧嘩して別れた。毎回どうしてこうなってしまうのか原因なんてエイチには分からなかった。
頭に来た。リッキーに対しての怒りだったはずなのに、何故かマチに当たった。
それに・・・・
ついに、言われた。怒りに任せてだろうか・・・・いや、本心かもしれない。
好き?
邪魔しないでってどういう意味だ?
本気か?
分からない。
分かっているのは、またもの凄く嫌われたって事だけだ。
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