第217話 『手当』
パーティーが始まった。ヘイサンとエルマンはとにかくやんちゃで元気一杯走り回っている。静かに座るなんて出来ないようだった。
二人ともエイチの事が大好きで傍から離れない。エイチもそれを別に嫌がっている様子も無く、好きにさせていた。
食卓にハンドクルー家一同と、マチが席に着き、ジャスミンが机に肘をついて手を組んだ。
「さぁ、エイチもマチも。神に感謝しましょう」
ロイがエイチの事を見て眉を上げた。「お前もしろ」と目で合図する。
父は毎日の事で慣れて居るのか普通に手を組んだ。双子も目を閉じてこの時ばかりは静かになった。
エイチは信仰心が無くこんな事やった事が無かった。八歳の時にエイチの中から神は居なくなってしまった。
うんざりしながら仕方なく腕を組む。マチも倣って同じ事をした。目を閉じる。ジャスミンが神に感謝を述べ始め、全員彼女の言葉を静かに聴く。
エイチは目をつぶらなかった。クリスマスのご馳走を前に神に感謝する一同を見渡した。すると、それに勘付いて目を開けたマチと目が合った。彼女の目が「どうしてちゃんと目を閉じないの?」と責めてるようでおかしくなった。
二人は組んだ手越しに目を合わせて皆に気が付かれない様に笑った。
すごいご馳走だった。彼女は見た目よりもずっと家庭的で、料理が上手だった。快活な感じがする行動的な女性だったが、双子をとても愛し家族の輪を重んじ、今も刑務所に服役している父の事を話す時は涙を流して悲しんだ。愛情が深く、ロイの事も父の事も大切にしていた。
ヨーロッパ独特のクリスマスの伝統料理も作って出してくれた。ざくろ酒に漬け込んだ子牛の肉をオーブンで長時間焼いた料理だった。双子はこっちよりもターキーの方が美味しいよ、と騒ぎながら口の周りをぐちゃぐちゃにして、時々マチがそれを拭いてあげた。
ざくろはアダムとイブの象徴なのよ、それに子宝に恵まれ家族繁栄を祈る為にクリスマスのご馳走には欠かせないものなのよと説明しても双子にはチンプンカンプンなようだった。
エイチは明るく家庭的で喜びに満ちているパーティーの様子を見て思った。
ジャスミンが来てこの家は変った。家の内装もカーテンの色なのか、そこここに置かれた花瓶やら、絵が違うからなのかとても華やかになった。女の色が全く無かったこの家は光が差したように明るい。ジャスミンは子供達をとても愛している。母親はああでなくてはならない。二人はとても幸せそうだ。優しい母と父に囲まれて幸せに育つだろう。親父も二人の孫が可愛いくてたまらないみたいだ。なんだか昔より若返ったように表情が明るい。ジャスミンが見つかって本当に良かった。エイチはそう感じた。
食事をし終わった双子を暖炉の前に呼んで、エイチはカードゲームを教え始めた。いたずらな青い目で双子を交互に見つめる。
「いいか?大人になったら必ず勝てるように俺が指導してやる。この手を俺に習ったと誰にも言うなよ?」
ニヤッと笑って悪い顔をする。双子はあれほどはしゃいでうるさくしていたのが嘘の様に、カードを配るエイチに集中した。
「おい、ヘイサンそんな顔をしたら駄目だ。手元に勝てるカードが二枚あると分かってしまうだろ?」
「エイチ、どうして分かるの!」双子はビックリする。
「ポーカーフェイスを作れるようになれ。そうしないと勝てないぞ。いいな?」
エイチが笑いながら悪い事を双子に教える。
そんなエイチの姿をボーっと見つめるマチがいた。
エイチが子供嫌いじゃないなんてなんだか意外だわ。あんなに凶暴で、意地悪で冷たいのに双子には笑いかけて優しくしてる。何を教えてるのかはあやしいけど・・・・
私にももうちょっと優しければいいのに。 ふふ!なんだかおかしい!
エイチ・・・・おととい電話で話した時はすごく怒っていた様だったけど今は許してくれたみたいで良かった。それはそうよね、お兄さんに誘われたからって実家のクリスマスパーティーに私なんかが来るのは嫌よね。本当は沢山いるガールフレンドの誰かでも連れて来たかったのかもしれない。
それに・・・昨日の夜の事を思い出すと恥ずかしくて顔が赤くなるわ!あそこがエイチの家だったなんて!マリアンヌさんが「家中、自由に使っていいのよ。事務所なの。時々来客があったり夜遅かったりするとスタッフを泊める事も多いの。ゲストハウスみたいなものよ。だから遠いホテルなんて止めてここで寝なさい。その方があなたも楽だし無料よ!」そう言ってウィンクされてしまった。その言葉に甘えて泊まったけれど今思うとなんでそんなウソを言ったのかしら?良くわからないわ。
エイチのベットだったなんて・・・・信じられない!別に何があったわけじゃないわ。それはそうよ。だってエイチと私の仲だもの。男の人と一緒のベットで寝るなんて尋常じゃない。それなのに、エイチとは色々な境遇が重なって毎回そうなっちゃってる。
はぁ・・・私何してるんだろう。エイチといるとペースをかき乱されてしまう。目の前で起きている事に集中しなきゃいけないし、エイチに負けずに反論しないといけないから落ち着いてなんていられない。でも、どこかそれが楽しい。本当に不思議だわ。
エイチに会うと退屈な大学生活が一変する。私はそんな刺激を求める様な女の子じゃないわ。もっと落ち着いた生活を望んでいたはずじゃないの。どうしたの?マチ。
マチはジャスミンを手伝いながらキッチンからエイチの姿を見つめた。
あっという間に時は流れ、双子があくびをし始めるとジャスミンが二人の手を引いて二階へ寝かしつけに行った。そして暖炉のソファーに戻ってくると「二人ともぐっすり眠ったわ」と朗らかに父に報告した。ロイがワインを取りに席を立ってキッチンへ向かった。
楽しいクリスマスの夜が更けて大人たちの時間に変る。
何かの話をきっかけにすっかり酒に弱くなった父が母の事をうっかりもらした。
「わしだって、若い頃は苦労した。ロイほどじゃないとしても彼女を手にするのが本当に難しかった」
エイチが急激に我に返る。
この家には昔からの掟がある「エイチの前で母の話は絶対しない」父もロイもそれを守って彼がいる前で母の話をした事は一度も無かった。
母の話は絶対的なタブーなのだ。この話はエイチの怒りに直結していて必ず「着火」してしまう。案の定、今もエイチの目が豹変する。
何も知らないジャスミンが話を進めた。
「あら、お父さんもお母さんと結婚するのに苦労したんですか?」
楽しそうに笑ってる。知らないから気軽に話す。父はすっかり酔っていた。
「母さんはいくら頼んでもつきあってくれなかった。でも何度も頼んで結婚してもらった。それから何度も頼んでロイが産まれて、エイチの事も欲しいと頼んで産んでもらった。今では二人の立派な息子を授かってとても幸せだ。全て母さんのお陰だよ」
「そうだったんですね」
エイチにとってそれは世界一聞きたくない話だった。しかし、今日の彼はテーブルを蹴って立ち上がる訳でも、大声で怒鳴り父に掴みかかる事もせず、一点を見てその場に静かにしていた。
母の事を口にされて、エイチは瞬時にマチの事を強く感じた。傍にマチが居るのを必死に感じた。
ロイはキッチンからワインを持って戻ると母の事が話題に上っている事に驚愕した。
そして直ぐにエイチの事を見た。暴れるんじゃないかと慌てて警戒した。しかしエイチはその場から動かなかった。
なんで・・・・そう不思議に思って彼を観察し、理由が分かった。
隣に座るマチが見えないようにそっと彼の背中に手を置いて「手当」をしていた。それが後ろから偶然見えた。
頭に来るであろう母の話を弟が静かに聞いている。信じられない光景だった。内心は知らないが破壊行動には出なかった。
ロイは全てを知って驚いた。まさかあいつ・・・マチには話したのか?母親の事を?
夜中になって父がソファーで眠り始めた。
ロイもジャスミンを連れて二階へ行く。マチとエイチはそれぞれ違う部屋に案内されてゆっくり眠るように言われた。
寝る支度をして、ドアの前に居たマチにロイがこっそり小声で話し掛けた。
「マチ、今日は弟の面倒を見てくれて本当に有難う。君がこの家に来なかったら今日もあいつは来なかったと思う。ヘイサンもエルマンも凄く喜んでたし、父もエイチに会えて嬉しそうだった。全部君のお陰だよ。それから・・・・エイチから聞いたんだね?母親の事。あいつ死ぬまで誰にも話さないと思ってたのに意外だった。何を聞いたの?」
「・・・・・・な、何も知りません。私、聞いてません」
マチはそう言ってロイの事を見上げると、口を一文字に固く閉じた。
ロイはそんなマチを見ておかしくて思わず笑いそうだった。
「OK、分かったよ。変なこと聞いてごめん。お休み、メリークリスマス」
「お休みなさい。ロイさん、メリークリスマス」
二人がそう小声で話している時だった。
さっき寝ついたと思ったヘイサンがジャスミンに連れられてトイレから戻って来た。寝ぼけ眼でヘイサンがマチの足に絡みついた。
「あら、ヘイサン駄目よ、マチを離してあげて、さぁ」
ジャスミンがそう言ってもくっついて離れない。
「マチと一緒に寝る!」
半べそをかきながらぐずっている。マチはジャスミンと目を合わせると頷き、双子の部屋に一緒に向かった。そして、ヘイサンと一緒に小さなベットに入った。
「マチ、ごめんなさい、狭いのに」
「いいえ、私は小さいから大丈夫です」
二人は声に出さないようにクスクスと笑った。
二階に上がり、一部始終を見ていたエイチが兄に聞いた。
「マチに何を言ったんだよ?」
ロイは勘が良い弟に驚きながら振向いた。
「なぁ、少しは彼女に嘘のつき方を指導してやった方が良いんじゃないか?」
そう言っておどけてみせた。
「は?」
「お前から家族の事を何か聞いたのか?って聞いたのに、口を硬く閉じて何も知らないと言ってた」
エイチは目を細めてなんでそんな事をマチに聞くんだと無言で兄を責めた。そして
「マチは嘘がつけない。それに絶対に口を割らない」
と答えた。
「そうみたいだな」
ロイはニッコリ笑うとエイチの肩を触って寝室に戻った。
廊下に取り残されたエイチは双子が眠る部屋を覗いた。
星空がプリントされた掛け布団に包まって三人が小さいベットで一緒に寝てる。
エルマンがマチにべったり寄り添い、ヘイサンはマチの胸に抱き寄せられて彼女にしがみついて眠っていた。
「・・・・・・・」
エイチはマチと目が合った。
マチは双子を見ると、またエイチの方を向き「凄く可愛いわね」とでも言いたげに小さく微笑んだ。
エイチは本心を悟られないようにすぐに目を逸らして自分の部屋に向かった。
子供はずるい。
あんな事をしてもマチは全然怒らない。
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