第209話 『逃亡の真相』

 チェコ郊外の小さな村での出来事だった。古くから民族間で土地の所有権を争っている有名な場所があった。

 

 村の近くには避暑地として有名なホテルがある。周辺の権力者、地主と言った金持ちが集まりパーティーが始まった。そのパーティーには周辺の村々の村長達も招待された。しかし、ジャスミンの叔父の村だけは何故か招待されなかった。理由を探るとそれは対立している村の仕業だと判明した。頭に来た村民達は復習を誓った。そして大騒ぎする大人たちの話を村の子供たちが聞いていた。

 パーティー当日、会場が大きな炎に包まれて炎上した。火をつけたのは村の子供達だった。

 会場はみるみる間に燃え上がり、想像以上の大惨事となった。そして中には逃げ遅れた者もいた。

 直ぐに警察と消防が駆けつけ、それが放火とわかると犯人探しが始まった。

 直ぐに目撃者が現れ村の少年たちの仕業とわかった。そしてそれが分かるとジャスミンの叔父は子供たちをかばって自分たちが計画したのだと犯人を名乗り出た。しかし、事態はこれでは収拾しなかった。

 死亡した被害者の中にルクセンブルクの要人が入っていた。運が悪い事に国務大臣の息子だった。ルクセンブルクは犯人の身柄を受け渡すよう強く要求した。

 叔父は抵抗しなかった。しかし、翌日拘置所を抜け出すとそのまま姿をくらましてしまった。その結果、ジャスミンの父に目が向けられた。放火と殺人の首謀者の兄として計画を知らなかったはずは無いと責められた。いくら否定しても無駄だった。弟とは同じ敷地に一緒に暮らしていた。父は共謀者として追われる身となった。

 ジャスミンの父は娘を連れて逃げる事を決意した。無実の罪で見ず知らずの国の牢獄に収監されるなど考えられなかった。各地を転々としながらの逃亡生活が始まった。 

 次第に事態はエスカレートした。逃亡は犯人の証。ルクセンブルグが彼の首に懸賞金をかけた。初めは少額、そして年を追うごとに高額になった。高額になると裏社会の者が動き出す。人間狩りの始まりだった。どこまでも追いかけ、捕まえるまで探し出そうとする。

 そうやって逃げ回り、何年か過ぎた頃、ジャスミンと父はカナダに流れ着き一時平和な時が訪れた。平和な小さな町でひっそりと古い空き家に住む。隠れながら静かに暮らした。

 そんなある日、ジャスミンはロイと出会った。そして、間もなく追手に見つかった。村の仲間が二人を守ろうと不用意に動いたことで所在がばれた。大金が絡むと執拗に追手が追ってくる。一人に見つかれば後は情報が回り次々と追手が迫った。

 一人目の襲撃者がやって来た。ジャスミンが対応し、何とか父親を見つからないように隠した。しかし、窓ガラスを割られ警告された。また逃亡しなくてはならなくなった。

 ジャスミンはロイに別れを言った。長年の逃亡ですっかり身体を悪くした父は自力では歩けなくなっていた。もうここへは戻れない。父を逃がさなくてはならない。ジャスミンも覚悟した。そして出発した。

 ロイが家を捜索していた時、二番目の刺客が現れた。もぬけの殻になった家に知らない若い男を見て、来訪者は懸賞金のライバルだと思った。直ぐにロイを銃で狙った。そして揉み合いになり逃げ去った。

 ジャスミンと父は三か月かけて命からがらヨーロッパへ渡った。フランスへ逃げ延びた所でジャスミンが捕まった。父親の身代わりにと刑務所で拘束される事となった。

  

 ジャスミンはロイとスチュアートに五年間の経緯とカナダを追われた詳細を苦しそうに語った。

 父は国からテロリストとして追われ、ルクセンブルグからは懸賞金を掛けられていた事、その高額な懸賞金目当てにカナダにまで追手がやって来た事を説明した。

 あの日、チェコから助けに来た村人の一人が二人を連れて車で連れ出し、アメリカから一旦プエルトリコに逃げた事、そこからヨーロッパへ三か月掛けて船を乗り継ぎフランスを目指した事を説明した。そしてフランス国内で逃亡中、父をかばう為に自分が警察に捕まり刑務所に入ることになり、程なくして妊娠している事に気が付いて刑務所の病室で出産した事、その後、双子は引き離され国の児童保護施設で面会する事も出来ずに隔離されて育てられた事を説明した。

 刑務所の中でロイの事を何度も思い、助けを求めて連絡を取ろうとした。しかし、スパイ行為をすると思われ手紙さえ出せなかったこと、双子に会えなかった三年間がどれ程苦しかったかを話した。あの時、ロイに迷惑をかけまいと無言で去ってしまったのを今も深く後悔していると話した。

 ロイがNHLを引退したのを知ったのは出所後だった事、直ぐにアリーナに電話してロイの所在を聞いたのに一ファンだと思われて取り合ってもらえなかった事、逃亡犯の自分になんて今更もう会ってくれないと思ったこと、極貧の中で二人を育てる事に必死だった事を話した。

 

 ロイは涙を流しながら話すジャスミンを抱きしめて彼女の腕をずっとさすった。

 ジャスミンが刑務所に入ってからも、彼女の父は仲間に助けられながら違う国を転々とし潜伏を続けながら逃げ回った。しかし父は双子を思い、ジャスミンを助けるために仲間の反対を押し切り自分から出頭すると罪を被って刑務所に入ってしまった事を話した。

 父は放火殺人の計画と実行そして逃亡、ルクセンブルグ要人殺害の首班容疑者として三十九年の禁固が課せられている。

 スチュアートがここで口を挟んだ。

「少し、考えさせてくれないか?確かに罪を犯してないのに逃亡したのは大きな間違えだった。でも殺害事件とは無関係なら、もしかしたらもっと刑期を軽く出来るかもしれない。八年、いや五年ぐらいには出来る気がするよ」

「本当なの?」

 ジャスミンはそれを聞いてとても喜んだ。

 あんな父親でも自分の唯一の父であり、愛しているのだとジャスミンは何度も言った。





 それから少し経ち、スチュアートが手続きを進めてようやくジャスミンも出国できる事になった。カナダに帰国したロイは直ぐに二人の息子とジャスミンを連れてトロントに住む父親が待つ家に向かった。


 父は二人の孫を見てとても驚き恥ずかしそうにしていたが、すぐにあまりの可愛さに我を忘れて可愛がった。喜んで新しい家族をハンドクルー家に迎えた。父は子供が大好きだった。

 ジャスミンを連れて出国する直前、ロイは自分の母親にも連絡した。

 ジャスミンが見つかった事を報告し、二人の孫の存在を伝えた。すると、母はいきなり低い声でロイを詰問した。

『ねえ、ちょっと。その子供たちになんて名前をつけたの?ロイ、分かってるわね?男の子なんでしょ?ハンドクルー家は代々『H』で始まらなきゃ駄目なのよ?』

 ロイは笑った。

「大丈夫だよ、母さん。俺が話したその話をジャスミンがちゃんと覚えていてくれて一人はエルマン、もう一人はヘイサンだ。二人ともちゃんと『H』で始まるハンドクルー家の一員だよ」

『ああ!良かった。母さんはそれだけが心配だったの!ロイ、おめでとう。愛してるわ』

 母はそれだけ言うと、仕事があるからとあっさり電話を切った。ロイは別に腹も立たなかった。母らしい。 



 父に双子とジャスミンを紹介した足でロイはエイチとイワン、マリアンヌに会いにアリーナへ向かった。

 練習終了後、公開練習じゃないのに観客席に人影を感じて振向いたエイチはそこにいる兄の家族を見て驚愕した。

「なっ・・・!」

 思わずスティックを落として放心した。

 

 あの日の夜、ヨーロッパにいるロイから電話があった。彼女が見つかったと言う連絡だった。エイチも心底ビックリして事情を全て聞いた。ロイは「父さんには今から連絡するよ」と話していた。家族の中で自分に一番に電話してくれたらしい。エイチはその事が嬉しかった。

 きっとあの横に居るのがジャスミンだ。ジャスミンが見つかったのは知ってるぞ。

 でもその両脇に抱えている子供たちは何なんだ?

 エイチはベンチへ登った。

「・・・・・・」

 エイチは双子を凝視した。

「エイチ、ジャスミンだよ。それから二人は俺の子なんだ。可愛いだろ?お前を驚かせようと思ってあの日は言わなかった」

 口を開けてあきれ果てるエイチにからかう様に言った。

 その双子がロイの子供なのは一目瞭然だった。目が青い。ハンドクルー家独特の濃いブルーだ。顔が似ているし・・・・・

 なんだか自分の顔にも似ているようで鳥肌が立った。

 三、四歳か?ロイ、お前いったい何をしてるんだ?

 エイチはジャスミンとロイを見て複雑だった。ロイは幸せを手に入れた。

 しかも子供まで作っていたなんて・・・俺だったら絶対やらないヘマだ!

 馬鹿だと思うのにこの家族は幸せそうだ。

「・・・・・」

 エイチはため息をついた。

「ジャスミン、弟のエイチだ。NHLで昔の俺のように活躍してる」

「はじめまして。ロイから沢山話は聞いているわ」

 エイチはジャスミンにグローブをとって仕方なく握手すると、

「俺はお前を悪魔みたいな女だと思ってた。ロイの一生を台無しにした」

 初対面でそう言い放つエイチにジャスミンは申し訳なさそうな悲しい瞳をした。

「でも、こいつが選んだ人生で、今ロイは幸せそうで、二人の子供に囲まれてデレデレだ」エイチは諦めたようにロイを見た。

 ロイは双子に何度もハグをして三人で騒いでいた。

 そんな姿をジャスミンとエイチは見つめ、そして二人は目を合わせた。

「エイチ、有難う」

 ジャスミンは薄いブラウンの瞳で真剣にお礼を言った。


 そこへ発狂寸前のイワンがロイが来ている事を聞いて飛んできた。練習なんてしている場合ではなかった。

「ロイ!ロイっ!」

 イワンはロイの前に来る前から泣いていた。大の男がしかもチームのキャプテンが泣きながらロイに近づく様を見てエイチはうんざりした。しかしどこか嬉しかった。

 ロイは今も色々な人に愛されて幸せそうだ。

 エイチはその場に居づらくなった。ここを離れようと振向いた時だった、もの凄い力で跳ね飛ばされた。

「ロイっ!」

 マリアンヌだった。

「お前!よくもこの俺を突き飛ばし・・・」

 次の瞬間イワンも跳ね除けられ、ロイの首にマリアンヌは飛びついた。ロイは苦しそうに激しいハグを受けていた。

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