第206話 『刑務所の中に』
その頃、ロイはスチュアートの指示通り大至急飛行機の行き先を変更した。
いつも冷静な彼があんなに慌てた様子で電話をして来て、それが緊急事態である事が直ぐに分かった。
「何か手がかりが見つかったのか!」
その場で叫んだ。
「大変だ、ロイ、ジャスミンの父親が収監されていた事が分かったんだ!すぐにルクセンブルグに向かおう!」
スチュアートが言うにはこうだった。
ジャスミンの父親と思われる人物がルクセンブルグの刑務所に三ヶ月前から収監されていて今は監獄の中で生活しているとの現地調査員からの報告だった。
ロイはすぐにパスポートを持って空港のカウンターに走った。
ジャスミンに会える!
父親から居所を聞ける!
あまりの事に指先が震えた。奇跡の瞬間だった。
彼は偽名を使って各地を転々を渡り歩き潜伏を繰り返し、ついに三ヶ月前警察に捕まったと言う事だった。
警察署の口が堅くて、詳細は一切公開できないの一点張りで、父親に会うまでは彼女の生存の有無も行方も全く分からないとの事だった。しかも、もしかすると全くの別人かもしれない事、ロイしか父親の顔を見たことがなく判断できない事を話した。
ロイは身体中が震えてびっしょりと汗をかいた。
ジャスミン!頼むから生きていて欲しい。
彼女の父親の事は忘れない。堅気の人間の顔じゃなかった。鋭い視線を俺に向けて「あんたを巻き込みたくない」と言った時の顔をはっきり覚えてる。
ロイは何十時間にも感じる長いフライトを経て、アムステルダムに到着し直ぐに乗り換えるとルクセンブルグに到着した。
到着後、空港で待ち構えていたスチュアートが合流して興奮のもと事情と経緯をロイに詳しく説明する。いつも身なりを清潔に整えている彼を知っているロイは、くしゃくしゃの髪の毛のままここへ来た彼が昨晩から一睡もしていないのが分かった。
アドレナリンが出続けてるのか目が冴えすぎて興奮してる。ロイも同じだった。食事も喉を通らず、ひたすら高鳴る心臓が熱い。
二人は書類に集中し、焦っているのでめくる手が思うように動かない。五年間待ちに待った瞬間が訪れようとしている。
父親が見つかること事態奇跡だった。例え父親と彼女が離れて生活していたとしても、何らかの事情と情報を得られる事は確かだ。あの当時「私が父を守らないといけないの」と繰り返し言っていた彼女がそう簡単に父親から離れるはずが無い。
二人は空港に待たせておいた車に急いで乗り込んだ。
現地の弁護士と共に刑務所へ向かう。
◆
グレーの屋根と白い壁の家が並ぶ。長い住宅街を抜けると海のように深い広大な森に入った。道は続き山を登る。崖が続いて小さな町が現われてはまた崖と森が続く。オリーブの葉、ワイン用のブドウ畑が目立つ美しい国だった。
ジャスミンの日に焼けた薄い茶色の目と健康的な肌を思い出して深呼吸した。震える気持ちがおさまらない。緊張して指先が冷たくなる。飛行機の中でもずっと寝れなかった。五年間探し続けた。大好きなホッケーも諦めた。でもそれを後悔した事など一度も無かった。ジャスミンにもう一度会うために。それに会った時に言う事も決めている。
彼女の父が収監されていると言うルクセンブルグの刑務所は街からだいぶ離れ、岩肌が見えている崖の様な山間に建っていた。木々も少なく荒涼とした土地にところどころ強風避けの石が積みあげられ、その脇にはひっそりとオリーブと葡萄が植わっている。近づくと段々白い土が目立ち始めた。地面が乾いている。砂埃が立つ荒い道をロイとスチュアートは進み、カナダを出国してから二十五時間後、一睡もせず、休憩もそこそこにようやく到着した。
荒れ果てた土地に佇むこの刑務所は分厚い城壁のような壁に周囲を囲まれて中が全く見えなかった。スチュアートが現地で雇った弁護士兼通訳を通して話をし、四十分近くそのままそこで待たされた。そしてついに、重い出入り口の扉が開くかと思ったら隣の小さな通用口が機械音を立てて少し開いた。三人は中に入り、刑務所長に正式に面会を願い出た。
所長は北米からはるばるここへやってきた二人を疑わしそうにじっくりと眺めた。
深い彫りが高い鷲鼻から影を落とし、目元に強烈な影を作ってクマのように見せている。まるで感情が無い様な冷たい男に見えた。
彼はここまでやって来た三人に残酷な事を告げた。
「面会は断る」
3人は息を呑んだ。何度もスチュアートが所長に事情を懸命に説明したが駄目だった。
「面会は認められない。大公の許可でもあれば別だがな」
「そんな!一目で良いから会わせてくれ!頼む!」
ロイが興奮し、所長の腕を掴んでそう大声で懇願した。
「会わせてもらえないなら、俺も逮捕してくれ!そうすれば一緒の牢獄に入れてもらえるんだろ!直ぐに彼に会わなきゃならないんだ!頼む!」
横に控えていた警官にすぐさまロイは取り押さえられ、門の外に放り出された。
警官は扉を閉める前に言った。
「お前が例え逮捕されてもここには入れない。特殊な刑務所だ。そいつに会う事は諦めるんだな」
◆
地面に転がったせいでズボンが砂で真っ白になった。
この壁の向こうに父親がいると分かりながら何も出来ずに引き下がらなくてはならず、ロイもスチュアートも悔しい気持ちで一杯になった。
三人は頭を抱えながらホテルに一時避難した。
「ここまで来たのにどうして・・・・・」
「ごめん、ロイ・・・まさかこんな事になるなんて」
「お前のせいじゃない。自分の運命が憎いんだ・・・・・ごめん。取り乱した」
現地の弁護士であり通訳のジャンがため息をついた。
「面会が出来ないんじゃ、ジャスミンの居所を手に入れるのは難しいよ。どうしたら良いんだろう」
ロイは聞いた。
「特殊な刑務所ってなんなんだ?彼の罪って?」
「ああ、あそこはルクセンブルグの指名手配犯が入る刑務所なんだ。だから、強盗とか、殺人とか、そう言う罪名で捕まっている犯人はあそこには入らない。公国に不利に働いた政治犯とか、テロリストとかね。そう言う犯人が捕まっているんだよ」
スチュアートが言った。
「大公の許可状なんてどうやって手に入れる?絶対に無理だ。俺たちには何にも伝手が無い」
「でもそれが無ければ父親との面会は一生叶わない。探さないと・・・・どうにかして、ルクセンブルグ大公と伝手がある人物を。そしてその人物から大公にお願いしないと駄目だ」
全員が叶いそうもない方法に深いため息をついた。
「俺たちはカナダ人だ。スチュアートはアメリカ人だな。親も兄弟もヨーロッパと関わりが無い」
「ああ、そうだな。大昔の起源を辿れば、祖先は全員ヨーロッパ人なのに、今ではすっかり大陸を隔てて何も関係なくそれぞれが自国だけで生活してる。使う言葉も、通貨も違う。俺たちだって五年前ヨーロッパを捜し始めるまでこの地の事は何も知らなかった。今でも人種の違いを感じるだろ?それから時間の感覚も。大公の伝手か・・・・」
「伝手って具体的にどんな事なんだ?」
ジャンが考えながら話した。
「おそらくだけど・・・そうだな、簡単に言うと、大公と顔見知りでこの件を本人に裏で頼めるような人物を探さなくちゃならないって事だ。大公が了解して、彼自身のサインを貰わないと面会は許されない。ルクセンブルグは大昔からの大公国なんだ。世襲制でどんどん血が繋がっている。そうだな・・・・大昔からの親友とか、ルクセンブルグの国が怯えるほどの力関係を持つ貴族とか?それから、大公の弱味を握っている人物とか・・」
「映画みたいな話になってきたな。とても現実の事とは思えないよ」
「でも、それぐらいの人間を探さなきゃならないんだ」
ロイとスチュワートは父親の居所を目前に、じっとなんてしていられなかった。
絶対無理だと分かっていても、そんな人物にたどり着けるとはとても思えなくても、各方面に情報提供を依頼する電話をせずにはいられなかった。
スチュワートはこれまで訪れた各国の領事館に掛け合った。アメリカ時代の国際弁護士の仲間にも助けを求めた。現地の弁護士のジャンはルクセンブルグ大公の交友関係を洗うため、国が主催した行事の来賓名簿を集め出した。
そして、ロイも二人を手伝い自分の友人達にヨーロッパの伝手が濃い人物を知らないか捜索を開始した。
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