第205話 『小さな記者』
その頃、エイチは試合を終えてリンクの上でインタビューを受けていた。各局の取材班が口の悪いエイチの「コメント」を一言でも取るためにマイクを突き出してひしめき合う。
彼の発言は記事にも金にもなる。みんなそれが分かっている。
「エイチ、最後に今シーズンの予想は?」
「肩の具合は影響ないんですか?」
エイチはシラっとしながら無表情で面倒くさそうに答える。
「肩?もうなんともない。医者にももう診せてない。あいつ・・・道で会ったら覚えていろよ?」
カメラに向かって青い目で睨む。記者が笑った。そして大勢の記者達がリンクから追い出されると、最後に事務所の関係者に付き添われるようにして、小学生くらいの小さな女の子が目の前に現われた。
「・・・・?」
エイチは不思議そうにその子を見た。腕に『記者』のワッペンを巻いて、手にはマイクを握っている。記者のつもりらしい。
付き添いの男が慌ててエイチに説明した。
「地元の子供新聞のエミリー記者です。インタビューに答えてくれますか?」
観客が急に面白い展開になったリンクの上に集中する。天井の大画面にエイチとその子が映し出された。
「インタビュー?お前が?」
エイチは目を丸くして馬鹿にした。
凶暴で口が悪く、いつも冷ややかなエイチが目の前の小さな女の子の質問に、なんて答えるのか全員が興味津々だった。
「はい。H・ハンドクルーさん、今日も試合に勝ちましたね、おめでとうございます」
何度もシナリオを暗記して来たみたいな言いようだった。
エイチは答えずにじっと彼女を見つめた。そして、突然笑うと
「おい、お前記者なんだろ?そんな事じゃなくてもっと記事になりそうな事を質問しろよ」
子供に対しても容赦ないエイチに皆が注目する。女の子が泣き出さないか全員が心配した。
ところが、女の子はエイチの事を見つめて皆が聞きたいと思っていた実に面白い質問をした。
「じゃあ、あなたと結婚するにはどうしたら良いですか?」
会場が一瞬しーんとなり、その後大爆笑に包まれた。
「アハハハ!」
「いいぞ!」
「なんて素敵な質問なの!」
甲高い口笛と、拍手と笑いが沸き起こり、リンクが大騒ぎになった。
エイチも思わず笑う。
彼がなんて答えるのか会場中の女性が笑いながらも真剣に凝視する。
エイチは天井を仰いで少し考えると、
「記者のくせに知らないのか?俺はこの手の質問には一切答えない」
エイチは眉を上げてニヤッと笑った。
「でもまぁ、お前の恐いもの知らずの勇気を買って特別に答えてやろう」
エミリーはニッコリ嬉しそうに笑い、マイクをエイチに向けた。
「そうだなぁ、まずその小さすぎる背を伸ばさないと駄目だ。俺は背が高いから、背が高い女が良い。キスしにくいだろ?ピンヒールで、ミニスカートを履いて派手な化粧をして、真っ赤な口紅を塗ってる女が良いな。顔が美人で奇麗な女が好きだ。それから、俺にぐちゃぐちゃ意見を言わないで、素直に言う事を聞く女が良い。俺は忙しいから、好きな時間に好きなように時間を作って向こうから会いに来れる自由な女じゃないと駄目だな」
エイチはイタズラに笑ってエミリーに答えた。フラッシュが沢山たかれる。
「色々あって難しそうだけど・・・まずは頑張って、背を伸ばすわ」
彼女がそう言ったのでまた会場が笑いの渦に巻き込まれた。
観客席の女達が一斉に自分の鞄から赤い口紅を探して塗り始めた。
ロッカーに戻ったエイチはイワンから責められた。
「お前、あんな小さな子にもっと優しく答えてやれよ!全く、第一お前がそんな女が趣味だったなんてがっかりだぞ。そのまんまじゃないか」
エイチは「だから?」とでも言いたげに肩を上げてイワンを馬鹿にした。
立て続けにマリアンヌにも注意された。
小学生にあんな風に言うなんて教育委員会から苦情が来るじゃない!と怒っていた。
知るかそんな事。
帰り際、エミリーが母親と一緒に廊下の先で関係者と話していたのが見えた。
「あ!エイチだ!」彼女は彼を見て微笑んだ。
エイチも彼女を見て少し笑った。彼女の隣にいた母親の目つきが変る。それはエイチを責める目つきではない。間近に彼を見て、エイチのハンサムさに釘付けになっている惚れ惚れしている目つきだ。自分の娘にあんな回答をした男だと分かっていても、関係ない。
彼はそんな母親の視線を無視して彼女に近づいて拳を出した。
エミリーもそれが分かって彼の拳に自分の拳を作って軽くタッチした。
エイチはしゃがんで彼女の耳に小さい声で言った。母親にも聞こえないような小さな声だった。
「さっきのは嘘だ」
「え?」
「背なんか小さくて良い。口紅も赤くなくて良い。化粧なんてするな。本当はそういう女が好きだ。誰にも言うなよ?内緒だぞ」
エミリーがビックリしてエイチを見た。
エイチは小さい彼女に笑いかけた。エミリーは嬉しそうにエイチにしがみつくと「エイチ大好き」と言った。
エイチは天井を仰ぐと思った。
もっと違う小さい女にもそう言ってしがみつかれたい・・・・
翌日のニュースには『H・ハンドクルーの好きな人!』とか『赤い口紅』とか、さんざんな事が面白おかしく書きたてられた。そして『赤い口紅』はTシャツやキャップにロゴがプリントされておおいに売れた。『俺は優等生じゃない!』と書いたTシャツと同じぐらい人気が出た。エイチは時の人だった。
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