第204話 『パーティーのお誘い』

 一方、その頃マチはいつも通り行ったアルバイト先でハジメに招待状を渡されていた。

「なんですか?これ?」

 ハジメは困ったようにマチに言った。

「僕が担当してるメーカーが主催する創立五十周年のパーティーなんだ。場所はハミルトンで遠いんだけど、パーティーなんて行った事ないし、誰を誘えば良いのかさっぱり分からなくて。マチ、申し訳ないんだけど一緒に行ってくれない?現地支局の人も来るみたいだけど、女性の職員がいないんだって。もちろん旅費も食費も会社もちだから後は大学を二日ぐらい休む事になるんだけど」

 ハジメの話を聞いて、マチは思った。


 ハミルトンって・・・オンタリオ湖の近くの都市だわ。トロントの近くね。

 何故か胸が締め付けられた。

 あれからエイチとは連絡も取らず時が過ぎ去っている。

 別に友達でも恋人でも無いから連絡を取る必要なんて無い。彼の電話は緊急用だし、私からかける事は出来ない。彼は私の携帯電話を知っているはずだから用事があれば向こうから掛けてくる。用事が無いから掛けてこない。二人はSNSでも繋がろうとせず、メールもしなかった。する筋合いが無い。別にそれで良い。


 家でホッケーのテレビを見れないマチは、スマートフォンでニュースの記事を見ることぐらいしかできなかった。ハイライトのゴールシーンが細切れに動画で特集されている。

 得点してたってことは、肩の具合が良くなった証拠よね。良かった。

 あんなに弱っている彼を見たのは初めてだった。

 あの日、私は自分の部屋に彼を通して一晩中ずっと傍にいた。もちろん、別に何があったわけじゃないけど、今冷静に考えてみると全てが異様な出来事だった。

 エイチは遠いトロントの病院から大怪我をしてるのにわざわざ私の所にやって来て、大雨の中玄関の入り口に座っていた。

 もし、チャイムを押してジョンソンさんが出てきたらどうするつもりだったのかしら?追い払われてしまうのに。それに、私があの日外から帰ってこなかったらずっとああしてあそこにいたのかしら?分からないわ。

 どうして大嫌いな私の所にやって来たりしたんだろう。

 私ぐらいしかお兄さんの事を話せる人がいなかったの?

 それに・・・・今、思い返すと顔から火が出そうなくらい恥ずかしいわ! 

 タオル一枚でほとんど裸の彼と一緒のベットで一晩寝ちゃった。しかも、抱き寄せられたらあまりにも温かかったからつい振り向いて自分から彼を抱きしめちゃった。

 その後、エイチは疲れていたのか直ぐに眠ちゃったからどうにかなったわけじゃない。 

 当たり前よ!でもすごく恥ずかしい事だわ!男の人と付き合った事も無いのに、どうしてあんな事を平気でやっちゃったのかしら!信じられない!

 いえ、エイチは男の人だけどそう言う関係じゃないから!エイチだからそうしたんだけど、そうだけど、とにかく尋常じゃないわ!

 

 ・・・・・でも、あの夜はそうするのが当然だと感じた。

 エイチから母親の話を聞いてとてもショックだった。どんな人なのか会ったことが無いから分からない。でも、自分の実の息子を「嫌いだ」なんて酷すぎる。小さいエイチがどれ程傷ついたか計り知れない。エイチは、まるでそれがいけない事だとでも言うように「もう八歳だったのに泣きながら走った」と言っていた。八歳なんて小さくて、泣いてもおかしくないのに。誰もそれを笑ったりしないのに。あの夜、エイチを抱きしめて大きな彼の背中をさすっていたはずなのに、小さい男の子を抱きしめているように感じた。目の前に居たのは大人のエイチじゃなかった。八歳の小さい男の子だった。悲しみをどうやって処理したら良いのか分からずに混乱して困っている小さな男の子だった。抱きしめた時、エイチはホッとしたようだった。

 エイチは今まで誰にも抱きしめられた事が無かったのかもしれない。私が傍にいてあげるから大丈夫よ寂しくないわと心で何度も強く思った。


 エイチはお兄さんの事を今でも本当は愛してる。私にそう話してくれた。エイチは冷たい人なんかじゃない。誰よりも熱い心の持ち主なのに、愛情に飢えていて表現方法が間違っているから上手く行かないだけなのよ。違う形で表現する事しか知らない人なのよね・・・

 エイチ、もう一度会いたい。そして大丈夫なのか知りたい。もう一人を感じて欲しくないの。私は何も役に立たないかもしれないけど、また話したくなったらいつでも頼って欲しい。

 昔から彼とかかわっていると静かな時間が無い。いろいろな事が立て続けに起きて、翻弄されて、怒りを掻き立てられて。

 私達は友達じゃない。それ以上の親しい間柄でも無い。ただ仲が悪い二人なだけ・・・

 エイチには彼の人生がある。それは私とは決して交わらないと分かってる。だから、本当はきっともう会わない方がいいのよね。どんなに心配でも気にしなければ良いのよね?知ってるんだけど・・・・なんでこんなに会いたいのかな。


 あんなに虐められて、貶されて、意地悪な事を言われて来たのに・・・・

 それに今だって変らない。トロントのホテルでエイチにシャウトされた。

『もう二度と顔を見せるな!』

 こんな言い合いをしてまた顔を合わせるなんておかしいわ。二人は仲が悪いんだもの。

 それなのに、たまたまバスの事故があって私はエイチを頼ってしまい、エイチは肩を強打されて私のところにやって来た。

 ただそれだけよ。二人に事件が無かったらもう二度と、一生会うことが無かったかもしれない。全て偶然だわ。



 マチがぼーっとしながらそんな事を考えている時だった。

 ハジメが何かを言っている。

「これ、招待状なんだけど」

「なんですか?これ?」

 メーカー主催のパーティー?そうだったわ・・・・

 トロントの近くだけど・・・別に関係ないわね。ハジメさんが困っているみたいだし気晴らしに一緒に行こう。

「分かりました。ただ一緒に行けば良いんですよね?その時期は大学はまだ休みなので、自由に休めると思います。大丈夫です。私なんかでよかったらついて行ってお手伝いします」

「ありがとう!良かった君が傍にいてくれると心強いよ!」

 ハジメは嬉しそうにそう答えた。

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