第15話 『誰かが戻ってくる』
マチは始まったばかりのマネージャーの仕事に日々振り回されていた。他の部のマネージャーがどれほどの仕事をしているかは知らない。とにかくホッケー部は忙しい。
ホッケー選手はやたらと防具が多い。あれだけのスピードが出るスポーツもなかなかない。危険から身を守るためにいくつものプロテクターやヘルメットを身に着け、スティックやスケートの消耗も激しい。それらの修理や調整、ブレードの研磨などは用具スタッフがもともと専属で就いている。しかし、その他の採点ボードの記入、リンクシフト、ロッカーやシャワー室の清掃、雑用全てはマネージャーの仕事になる。
「おい、分かったか?」
モリエルが気だるそうに机に座ってマチに言った。
「はい・・・・なんとなく」
「なんとなくじゃ困るんだよ。リンクシフトは二軍のコーチに提出するんだぞ?間違えがあったら練習ができない」
リンクシフトとはセンターにある三つのリンクの利用予定表の事だった。三つ全部をホッケーが使って良いのではなく、アイススケートやカーリング、スピードスケート等、他の部活も利用する。
ホッケー部の一軍が普段練習に使っているのは一番整備されていて大勢の観客を収容できる大型リンクで、そのリンクを使えるのはホッケー部の一軍と二軍のみだった。しかし使う時間が重なると練習ができない。そのためリンク利用計画表『リンクシフト』を予め作るのだ。
練習試合の日程、土日の前半練習、後半練習、他校遠征、合宿など予定は様々で、今はまだ十一月だったがもう来年の三月分を作成していた。
「マチ、いいか?俺達はほとんどこのリンクシフトを把握してる。お前みたいにホッケーのホの字も知らない奴にとっては理解しにくいとは思うがお前も暗記しろ」
「――――はい」
「部員がこの日は確か後半だったよな?って聞いてきたら、何日と何日以外は全て後半ですっていえるぐらい覚えろよ?いいな?」
「頑張ります」
「良いだろう。じゃあ、今度テストするからやってこい。今日はもう9時だから帰れ」
「はい」
「お前は一番キャリアが浅いんだから弱音を吐くなよ?半べそ掻いてるようならすぐ辞めてもらって構わない。マネージャーがいないならいないで俺も教える苦労が無いんだからな。わかったか?」
「はい。頑張ります」
モリエルはミーティングルームを去っていった。ここ三日間リンクのシステムに関して色々教わった。試合のルールを知るよりももっと基本的で大切なことが沢山ある。モリエルも練習の合間にマチに指導しなくてはならず、マチはその分本気で取り組まなくては面目が立たない事がわかっていた。
始めは生活を維持する為に挑んだ挑戦だった。イーストケースから追い出されない様に、お父さんに迷惑をかけないようにするためだった。
でも今、モリエルはマネージャーになった私に貴重な練習時間を割いて教えてくれてる。なるべく迷惑だけはかけない様にしなくちゃ。頑張ろう、私にはここで沢山学ぶ事があるんだわ。
厳しい環境や意地悪な部員、特に「隣人」になんてくじけていられない!
マチは責任感が強かった。
早いもので、モリエルから仕事を教わりだして、なんとかかんとかやっている内に一週間が過ぎてしまった。
マネージャーの仕事といってもほんのさわりの部分しか教わっていないけど、ハードな仕事だと思う。放課後から始まって部員の練習中も仕事三昧、終わるのは部員が帰った後になることもある。今日は金曜日、平日最後の日だから気合を入れて頑張ろう!
四時半だというのにもう外は薄暗い。リンクまでの小道もカエデが葉を全部落しているからかどこか寂しい。南国生まれのマチの肌をかすめる十一月の風は容赦無く寒かった。
皆、なんで半袖とかあんな薄着で出歩いていられるのかしら。私なんかセーターの下に厚手のシャツも着てるのに寒いわ、気候の違いって大きいわね。でも、でもよ?雪が降るのよね?雪!私はまだ生まれてから一度も雪を見た事が無いからそれだけは楽しみ。どんな感じなのかしら?ふわふわ?ちょっとしょっぱい?冷たいのかな、それとも触ったら直ぐに無くなる?早く降らないかなぁ、楽しみ!
そんな事に胸を膨らませていたマチがリンクのロッカーの前を通り過ぎると、中では部員達が何やら騒いでいた。楽しげな声が聞こえたが、男達が会するロッカールームに踏み込むことなど出来ない。マチは廊下から様子をうかがいながら自分の仕事場に向かった。
コーチがミーティングで話した話題にモリエルとライダーはご機嫌だった。メインの部員が一人戻ってくる。その話でロッカーは持ち切りだった。
「シルトが帰って来ればエイチの暴走の三割は止められるな。お守役の復活だな」
モリエルはロッカーのベンチにふんぞり返って伸びをしながら言った。
「それに、スイッチ練習の持ち回りが一人分減るから楽になる」
ライダーが頬杖をついてくつろぎながらそう言った。
「メインの戦力がまた上がるな、来週の対抗試合は楽勝で勝てる。はは!」
二人は準備を終えるとリンクへ向かった。
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