第43話 女子会は男子禁制です
唇の上にほんの一瞬だけ感じた冷たくて柔らかい感触。
私が見たのはセバスチャンの唇の隙間から少し出ていた舌先と、細められた瞼から覗く黒曜石のような瞳。
何が起こったのかわからなくて、わかったらわかったで私の脳の許容範囲を軽く越えてしまった。
唇に残る冷たい感触と、ギリギリ覚えてる胸元に顔を寄せられる感覚。
思い出す度にまた体が火照り、その度にひとつの疑問が頭をよぎる。確認したい。しかしそれを聞くのがまた恥ずかしい。めちゃくちゃ恥ずかしい。
でも気になる!
あの唇ぺろっは、キスに入りますか?!
******
「キス(接吻)とは、唇と唇がくっつく事ではないんですの?」
ひとりで悩むのに耐えきれなくて、思わずルーちゃんに相談してしまいました。
数日後ルーちゃんのプライベートビーチに無事行くことが出来、残り少ない夏休みを過ごしている。海で遊んで、あの紐水着がルーちゃんが着るとちゃんと水着になるんだと確認した。(ばいんばいんにフィットしていて抜群の安定感)
ちなみに私は白のワンピース水着。胸元には大きなリボン、お尻の部分にやたらヒラヒラがついてて体のラインはほぼ隠れている。
セバスチャンが「アレもアレでダメでしたので、こちらにしてみました」とよくわからないことを言っていた。
何がアレでダメなのかさっぱりわからなかったが、あの時のスクール水着よりはマシだったのでまぁいいことにしたが。
あのスクール水着、人魚に捕まれて引っ張られた時にお尻に食い込んじゃって実は大変な事になっていたのだ。(あの時はそれどころじゃなかったからそのままだったけど)
そんなわけで今日はルーちゃんのプライベートビーチにある別荘にお泊まりする。夕食後女の子同士で女子会したいからと、セバスチャンとボディーガードさんには部屋に近づかないようにお願いした。
「ルーちゃんは、その、キスしたこと……ある?」
女の子同士とはいえちょっと恥ずかしい。ルーちゃんにはさすがに人魚の事は言えないので、熱帯魚に唇を噛まれてケガしたら、セバスチャンに唇をぺろっとされた。と説明した。
果たしてこれはキスされたことになるのだろうか?それとも飼い犬に顔をペロペロされたのと同じことなのだろうか?
いやでも、飼い犬はあんな色気たっぷりなしぐさと舐め方なんかしない。
「お役に立てず心苦しいのですが、わたくしも経験はごさいませんの。なにせ、5歳の時からあの王子たちの婚約者候補でしたから、他の殿方と親密なお付き合いなど出来ませんでしたので……。
あ、両親やボディーガードの頬に挨拶のキスくらいならありますわ」
ボディーガードさんとはほっぺにチューの仲でしたか。確かに子供の頃からずっと守ってくれてる人だから家族みたいなものかも。
「私は弟のほっぺにチューならあるんだけど、もっと赤ちゃんの時だったし……」
「……」
ルーちゃんは少し考えてから、頬を赤くした。
「わたくしもよくはわからないんですが、……アイリちゃんがされたのって、まるでキスより先の行為……みたいですわよね」
キスより先。と言われ、私の顔も赤くなる。
「さ、さささささ、先?!」
「そ、想像ですわよ?あくまでもわたくしの想像ですけれど、……キスしたあとに進む時って、そんな感じがしませんこと?」
いつもは大人っぽいルーちゃんが、「はしたないことを言ってしまいましたわ」と真っ赤になって顔を両手で隠した。
「……キスの、先…………」
また頭がオーバーヒートしそうだ。
「……どのみち、セバスチャン本人に聞くしかありませんわね。どんなつもりでそんなことしたのか。仮にも執事が主人にする行為にしては少々刺激的過ぎますわ」
……どんなつもりで。なんて聞いても、傷を治すためにやったって言われて終わりかも知れない。と、私がちょっと視線を落とすと、ルーちゃんがガシッと私の手を掴んだ。
「こうなったら、ちゃんとやり直してもらいましょう!」
「や、やり直す?」
「そうです!そんな行為でアイリちゃんのファーストキスがあやふやになるなんていけませんわ!ファーストキスとは愛のこもった一生の思い出!しかもアイリちゃんのファーストキスとなれば、それは世界の至宝ですもの!」
ルーちゃんが「愛のないキスなんて、キスにはカウントされません!」と言ってくれたので、あの人魚にされたのは「魚類に噛み付かれた事故」となりキスを奪われたモヤモヤも消えた。
つまり、セバスチャンにされたアレがキスになるなら、アレが私のファーストキスになるわけだ。
「そうよね!やっぱりファーストキスは、はっきりさせないといけないよね!」
「わたくし、アイリちゃんのために全力で頑張りますわ!」
そして私とルーちゃんは友情を確かめ合い、作戦を立てるのであった。
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