第42話 オーバーヒートするしかない
その後、私は家に無事に帰ることが出来た。
ルーちゃんとの約束にも間に合わず申し訳なかったのが、家族やルーちゃんにはセバスチャンがうまく言い訳しておいてくれたおかげでなんとかなったのだが……。
私がセバスチャンのシャワーシーンの覗き見に成功したが刺激が強すぎて意識が別世界に逝っていました。
で、なぜみんな納得するのか……!
お父様たちからは「これで1歩前進!ぐっじょぶ!」と、とてもいい笑顔で誉められた。
ルーちゃんからは「楽しそうですわね」とお見舞い(?)の連絡をもらい、プライベートビーチにはまた後日行くことになったのだ。
そしてあの謎の入浴剤についてだが、極秘で入手したといっていたお母様に入手先を聞いたが、お母様は覚えていなかった。
「確かに誰かからもらったのに、誰だったかしら……?」と、どうしても思い出せないらしい。
いくらなんでも見知らぬ不審者から貰ったり、さらにそれを娘に渡したりなんてしないはずなので、これはちょっとおかしいなと思った。「黄緑色の光を見た気がする」とお母様が呟いた時、セバスチャンがお母様の顎をつまみ、自分に顔を向けさせる。
「奥様、私の目を見てください」
「え……――――」
セバスチャンの瞳が一瞬紅く輝き、それを見たお母様がその場で倒れた。
「お、お母様?!」
「この件に関してだけ記憶を操作しました。もう入浴剤の事は覚えてらっしゃいません」
お母様は熱中症で倒れたと部屋に運ばれ、目が覚めてからは私に「香水以外で女らしい香りってなにがいいかしら~」と呑気に色々持ってくるので、謎の入浴剤の事は本当に忘れているようだった。
「あの残り湯から、妖精の臭いがするわよぉ」
小さな金魚鉢からぴちゃんと顔を出した青い熱帯魚が、ヒレを器用に動かして私が沈んだ浴槽を指す。
「ご苦労、では海に帰りなさい」
セバスチャンがその熱帯魚の尾ヒレをつまんで浴槽に放り込もうとしたが、熱帯魚はビチビチ跳ねて抗議した。
「離しなさいよ、でかコウモリぃ!あたしはアイリのためについてきたんですからねぇ!」
そう、この青い熱帯魚はもしかしなくてもあの人魚である。なぜかとても気に入られて、海から一緒についてきてしまったのだ。
「セバスチャン、金魚鉢に戻してあげて」
「…………承知しました」
セバスチャンが渋々熱帯魚の尾ヒレを離す。
「はぁぁぁんっ、やっぱりアイリは優しいわぁ」
金魚鉢の中で嬉しそうにくるくると泳いでいる熱帯魚を見て、私はあの海での出来事を思い出す。そして、全身が真っ赤になるくらい恥ずかしくなり急いでベットに潜り込んだ。
「つ、疲れたからちょっと休むわ!」
「では皆様にはまだ貧血気味だとお伝えしておきます」
「うん、お願い……」
布団の隙間からセバスチャンをチラリと見て、またさらに体が火照るのであった。
******
「わ、私のファーストキス……」
地平線まで飛んでいく人魚を見ることもなく、私は愕然とした。
まさかこんなところで、しかも人魚に奪われるなんて……!
私はファーストキスに夢があった。ロマンチックな場所で、私の事を好きになってくれた吸血鬼様に最上級の微笑みと共にされたかったのに……!!
「アイリ様、申し訳ありません。一応メスのようでしたのでまさかあのような暴挙にでるとは思わず反応が遅れました……」
セバスチャンの声にびくりと体が強張る。
そうだ、しかもよりによってそんな現場をセバスチャンに見られたのだと思うと目頭が熱くなり、大粒の涙がこぼれた。
「せ、セバスチャン~~っ」
ポロポロと溢れる涙は止まらなかった。
「……アイリ様」
「わ、私……初めてだったのに、きゅ、吸血鬼様にペットか夫になってもらってしてもらいたかったのに……」
「……ペットと夫はまったく意味が違う気がしますが」
「違わないもん!おはようからおやすみまで一生側にいてくれるなら同じだもん!」
今から思えば、ファーストキスの夢が消えたショックでだいぶ頭が混乱していたと思う。
するとセバスチャンがおもむろに私の頬に手を添え、顔が至近距離まで近づいた。
ぺろっ。
私の唇を、セバスチャンが舐めたのだ。
「!!!?」
私が驚きのあまり硬直化し、目をこれでもかってくらい見開いてセバスチャンを凝視する。もちろん顔は真っ赤だった。
セバスチャンは目を細め、私の頬から手を離すと今度は肩に触れた。
「アイリ様、吸血鬼の唾液には治癒効果があることはご存知ですよね?」
そう言うと返事も待たずに私の胸元に顔を寄せた。人魚に切られた切傷に舌を這わせる感触がし、次の瞬間ヒリヒリした痛みが消え傷が治ったことがわかった。
「……あんな魚類に噛みつかれた傷など、全部私が治します」
唯一着ているスクール水着はすでにボロボロで、身体は切傷だらけ。その無数にある切傷を、セバスチャンが舐めて治すと言っている。
私の思考回路がオーバーヒートしたことは言うまでもないだろう。もちろん鼻血を出して気絶してしまい、気がついたら家に戻っていた。
体の切傷は全部治っていて、夢だったような気もしたが、いつの間にかあった金魚鉢から青い熱帯魚が「はぁーい、あたし人魚よぉ」と言ったのを聞いて夢じゃなかったと思ったのだ。
そんなわけで、私はそれを思い出す度に恥ずかしさで悶えそうになる。
しかもセバスチャンは涼しそうな顔で私と目が合う度にクスッと笑うので、余計に恥ずかしくなるのだ。
あの切傷はどこからどこまであったのだろうか。起きたときには普段着を着ていたけどあのスクール水着はどうなったのだろうか。など聞きたいことは山ほどあるが、……聞けない。
そして聞けないから余計にその現場を想像してしまうという悪循環にしばらく悩まされるのであった。
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