第31話 ナイトだってお怒りなのだ
吸血鬼様の青白い肌と唇の上が赤い血に染まる。数滴の血が唇を湿らせると、吸血鬼様がピクリと反応した。
唇についた血を舌で舐めとり喉を鳴らすと、うっすらと瞼が開き虚ろな瞳が私の腕を見た。
『…………チ、ダ』
吸血鬼様の手が伸びてきて血が出てる腕を掴む。溢れる血に唇を寄せ、流れてる血を丁寧に舐め出すと傷口に舌を絡め、さらに血を溢れさせた。
「いっ、痛い……っ!」
傷口を舌で広げられるたびに刺すような痛みが走り、私は思わず叫ぶ。吸血鬼様の目が私の方に動く。でもその虚ろな瞳には私なんてうつっていなかった。
『チガタラナイ……、コノウエヲミタスタメノチガ……』
吸血鬼様は起き上がるとそのまま私を床に押し倒し、馬乗りになってきた。
『エモノノシルシダ』
私の首筋を指でなぞり、ニタリと唇を歪めた。いつもの綺麗でドキドキする笑顔じゃない、獲物を狩る化け物の笑顔に恐怖する。まさに本能のままの吸血鬼だ。
牙が近づき、私は吸血鬼様の虚ろな瞳を見つめる。吸血鬼様に血を吸われてもいいと思っていたけど、どうせならいつもの吸血鬼様に吸われたかったな。
無表情でぶっきらぼうで、私のわがままの為に一緒にいてくれる優しいラスボス。
「……死なないで」
私の願いは、あなたが悲しい結末を迎えないことだけなんだから。
視界が歪み、吸血鬼様の姿がぼんやりとする。いつの間にか泣いていたようだ。
そして鋭い牙が首筋にチクリと刺さった瞬間。
「きゅい―――――――――っっっ!!」
ばち――――ん!!
と大きな音がしたと思ったら、吸血鬼様の頬にナイトが勢いよくドロップキックしていた。
吸血鬼様の頬に小さな足跡がくっきりとつき、さらにナイトは器用に羽を振り上げ、その頬にビンタしたのだ。
びた――――ん!!!
びた――――ん!!!
びた――――ん!!!
小さな手と羽で往復ビンタし、とにかくめちゃくちゃ怒ってる。
「きゅいっ!きゅいっ!」
『…………』
「きゅいっ!きゅいきゅいっ!」
『…………』
「きゅいっ!?きゅいっ!!」
『…………すまん』
ナイトのかなり怒りながらのお説教を聞いてるうちに吸血鬼様の目がだんだんはっきりしてきた。(ちなみにその間も私に馬乗りしたままだ)
「きゅいっ!きゅいきゅいっ?!」
『いや、だからほんとに……』
ふにっ。
吸血鬼様が体勢を立て直そうと手を下についたとき床とは違う感触がする。呆然としていた私はその手の感触で現実に戻ってきた。
私が吸血鬼様に押し倒されていて、吸血鬼様が馬乗りになってて、その右手が私の胸の上にあって……。
真っ赤になってるだろう私をその瞳にうつした吸血鬼様と数秒見つめあってしまう。そして、そーっと手をどかしてさらにそろーっと私の上から体を動かし、少し離れてから盛大にため息をついて自分の頭を抱えた。
「きゅい?きゅい?」
ナイトが心配そうに私のところにやって来て鼻先でツンツンとつついてくる。
「だ、大丈夫……」
首筋がチクッと痛んだが血は出てなかった。手首の血も止まっていて、いつの間にか傷口も消えている。
『……すまない。どうやら俺様は、力の使いすぎで飢餓状態になっていたようだ』
吸血鬼様が頭を抱えたまま、チラリと私を見て言った。私は体を起こしながらその場にへたり込む。
「……飢餓、ですか?」
『ああ、その……吸いとった妖精王のエネルギーが、その……不味すぎてだな。でも吐き出したらまた妖精王に戻ってしまうからなんとか消化しようとしたが、俺様の体にとことん合わなくて、逆に毒素のようになって攻撃してきたからそれをらどうにかしようと力を使ってたら、力を使いすぎてしまって……。飢餓状態になり、本能で力の回復の為に冬眠モードになっていたときに、その、お前の血が』
「私の血って、不味かったですか?」
『いや、極上に旨かったが』
それならよかった。吸血鬼様はもういつもの吸血鬼様に戻ってる。しかもちょっと狼狽えてる姿が可愛く見えてラッキーだ。
つまり、妖精王のエネルギーが不味くて消化不良な上に食中毒をおこして倒れたと。そんでその菌と戦うために力を使いすぎたから、お腹がすきすぎて吸血鬼の生存本能が体が回復するまで冬眠してたと。
「元気になりました?」
『……なった』
「私の血がすごーく美味しかったから、つい襲っちゃったってことですか?」
『……まぁ、おおまかにいうとそうなる』
「傷口から血を飲んでも、呪い成就の体液交換は成立しますか?」
『いや、……呪いに関しては首筋から牙で血を吸わないと成立しないし、そのあと口移しで相手に血を飲まさなければ成就はしない』
口移しなの?!それは初情報だ。
「あの妖精のぼいんちゃんみたいな女性がお好みですか?」
『俺様はああいう胸焼けがしそうな女は嫌いだ。おい、ぼい……って、年頃の娘がそんな言葉を使うんじゃない』
「私のこと不細工だって言ったじゃないですか?」
『それはお前があの女が俺様に触ってきてた時になんか変な顔をしてたから、その、いつもの顔の方がいいと思ってだな』
「私のこと好きですか?」
『そんなこと――――』
私の質問攻めに流されるように答えていた吸血鬼様が、一瞬複雑な顔をしてからいつもの無表情に戻り、ぱちんと指を鳴らした。
するとみるみる間に牙が引っ込み、瞳の色が黒く染まった。セバスチャンの姿になり、にっこり執事スマイルを向けてくる。
「さ、アイリ様。ダンスの後でお疲れでしょう?今すぐ入浴の準備をいたしますので、少々お待ちください」
そしてさっと私を椅子に座らせ、ささっとお茶の準備をして紅茶を私に渡し、さささっとお風呂場に行ってしまった。
なんか、誤魔化された。でも、まぁ、いいか。
私はまだプリプリ怒ってるナイトを撫でてから、紅茶をひと口飲む。
「……美味しい」
さっきまで色々と悩んだり自分を卑下したりしてたのがなんだか急に馬鹿らしくなったのだった。
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