残り香の誘惑 ~でもだからってそれはないっ!!

藤瀬京祥

祖父に告ぐ

 月嶋つきしま琴乃ことの律弥おとやの双子は、この日、姉の楽緒ささお、兄の箏矢そうや、そして両親と共に出掛けていた。

 高校生にもなれば家族で出掛けることなどめっきり減るけれど、避けては通れぬ親族行事というものがある。

 この日月嶋家が一家で出掛けたのもその一つ、祖父の米寿の誕生祝いである。

 月嶋家以外にも親戚が集まるということもあり、育ち盛りの高校生二人の関心は用意されていると思われる食事にあった。


「やっぱお寿司かな?」

「俺、焼き肉食いたい」

「さすがに焼き肉はちがくない?」

「じいちゃん、肉好きじゃん。

 よく食うし」

「焼き肉って髪に臭いがつくから好きくないんだよね」


 そう言って琴乃は、自慢の黒髪に目をやる。

 二卵性双生児である男女の双子、律弥と琴乃は、顔こそそっくりだが琴乃の髪はストレート。

 対する律弥の髪は天然パーマで、こどもの頃から見分けやすい特徴がある。

 大学生の姉、楽緒も天然パーマで、双子のすぐ上の兄、箏矢はストレートだから遺伝もあるのかもしれない。

 だがなによりも月嶋家の特徴的遺伝はその身長にある。

 すでに成長の止まっている楽緒は170㎝と兄弟の中では一番低く、そろそろ成長が止まるであろう琴乃は172㎝。

 まだまだ成長期にある箏矢と律弥は175㎝を超えている。

 そしてそんな月嶋家のルーツとも言える父方の祖父の家には、長身の親族たちが勢揃いしていた。


「みんな大きくなったわねぇ。

 すっかり家が狭くなったわ」


 久々に会った兄弟従兄弟たちに賑わう様子を見て、祖母は準備に忙しくしながらも目を細める。

 こどものように走り回ったり取っ組み合ったりすることはないけれど、体が大きくなった分、動きがなくても密度の高さは明白。

 その中に、祖母を筆頭にした、ジャンケンに負けた面々が運び込むこの日の振る舞い料理はなんと焼き鳥。

 焼き肉や寿司など高価な料理を予想していた双子は卓袱台を返された気分である。


「焼き鳥と来たかー」

「おじいちゃんの好物ね、なるほどー」


 不満はない。

 焼き肉に比べればヘルシーだが肉は肉。

 父親の兄弟たちは歳が近く、そのため集まった従兄弟たちも歳が近い。

 つまり働き盛りと育ち盛りが集結しているのだ。

 ガッツリ食う気満々に、台所から、串に刺した肉を積み上げた大皿が運ばれ、各家庭から持ち込まれたホットプレートなどを並べるなど手早く準備が進んでいく。

 本日の主賓である祖父の前には、この日のためにプレゼントとして購入したあぶり焼き器がセットされ、焼き役を兼ねることを条件に、その両隣の特等席を陣取る双子。


「親父、おめでとう!」


 いただきます代わりに長男である兄弟の父親が音頭をとり、みんなが 「おめでとー」 と続いて賑やかな食事会……もとい誕生日会が始まる。

 働き盛りと育ち盛り、つまり食べ盛りの集結に加え、主賓である祖父もかなりの健啖家。

 そもそも88歳になって、自分の誕生日に焼き鳥が食べたいなどと要望リクエストを出したほどである。

 ガッツリ食べる気満々で……おそらく顔を揃えたこどもや孫たちの中でも、一番に食べる気満々だったに違いない。

 肉の積まれた大皿や缶ビールが次々に運び込まれるのを、満足げに見ていた。

 そして食事が始まると、ビールを片手に食べる食べる、呑む呑む。

 焼き役をするはずだった律弥や琴乃の世話が間に合わないほどのペースで食べ、結局自分でも焼き始めるほど。


「やっぱり焼き鳥にはビールが合う!」


 上機嫌にそんなことを言いながらひと串ぺろりと平らげた……と思ったら、その手にはもう次の串が握られているというマジシャン顔負けの手業を披露。

 豪快にビールをあおりながら、さらにその串もぺろりと平らげる。


「おばあちゃん、一人でこの串さしたの?」

「まさか。

 今は便利よね、なんでもお届けしてくれて」


 その量に、労力を推測して呆気にとられる長女の楽緒だが、隣にすわる祖母は 「ふふふ」 と穏やかにほほえみ、今朝、串に刺した状態で届いたものを解凍しただけだとあっさり種を明かす。

 しかも今回は祖父の米寿の祝いの席とあって、料金はそのこどもたち持ち。

 量が量だから 「助かるわぁ~」 と笑いながらビールをあおり、肉を食らう。


「そのねぎま、俺待ち」

「早い者勝ち」

「ちょ! その肉、俺の」

「あたしが焼いたのよ、このモモは」

「ビール取って」

「帰り運転するからノンアルで」


 肉を焼く匂いと煙の中、肉とビール缶が言葉とともに慌ただしく行き交う。

 その中で一人の従兄弟が長男の箏矢に声を掛ける。


そう君、ビール飲む?」


 最年長のその従兄弟は長女の楽緒より歳上で、すでに成人している大学生。

 だが帰りの運転手を務めるためノンアルコールビールを片手に、もう一方の手に串を持っていた。

 丁度声を掛けられた時に串をくわえていた箏矢は、肉を歯でくわえて串を引き抜いてから答える。


「俺、まだ未成年ですよ」

「箏君、今年18歳だろ?

 今年から成人年齢引き下げじゃん、18に」


 ちょっと早いけれど呑んでみないかと勧めるが、箏矢はウーロン茶を注いだグラスに手を伸ばす。


「俺はこっちで」


 だがノンアルコールを呑んでいるはずの従兄弟は酔っているのか、「ちょっとくらい大丈夫だって」 などと絡んでくる。

 顔も赤いし、ひょっとしたら一口二口呑んでしまったのかもしれない。


「いや、成人年齢は引き下げられますけど、お酒と煙草は20歳のままなんです。

 だからダメです」


 少し前、学校でそんな指導があったと苦笑いで話す箏矢に、祖父も 「高校生の分際で、この旨さはまだ早い」 などと言う。

 こちらは完全に酔っているらしく、上機嫌で声も大きい。

 まわりの大人に悪戯を気づかれた従兄弟もここで引き下がる。

 だが弟の話に、姉の楽緒は意外そうな顔をする。


「え? そうなの? 知らなかった」

ささねぇは今年20歳だから関係ないじゃん」


 そう箏矢が返すと、楽緒の隣にすわっていた祖母が 「そういえば」 と思い出す。


「ひょっとしてささちゃんと箏君、来年一緒に成人式?」


 今年18歳になる箏矢と20歳になる楽緒。

 成人年齢の18歳引き下げにより、今年の20歳と19歳は来年、新制度で成人となる18歳と一緒に成人式を行なうというややこしさ。

 そのため二人は同じ年に成人式を迎えることになる。


「そうなの」

「あら、不満そうねぇ。

 お振り袖はどうするの?」

「レンタル。

 お母さんたちは一度に済んで助かるぅ~なんて言ってるけど、なんか複雑」

「まぁまぁそんなこと言わないの、お祝いはちゃんと別々にあげるから」

「ばあちゃん困らせるなよ。

 ってかそれ、ビールじゃん」

「わたしは数えで20歳はたちだからいいの!」

「屁理屈を……。

 姉ちゃん、じいちゃんに似て酒豪になりそう」

「でもおじいちゃん、若い頃は箏君やおと君にそっくりのイケメンだったのよ」

「なんかさ、こどもは親とかじいちゃんばあちゃんに似てるって言われるけど、年取るとこどもや孫に似てたって言うじゃん。

 ちょっと不思議っていうか、変な感じするよな」

「あら、そうかもねぇ」


 孫の話にほほえましく 「ふふふ」 と笑う祖母だが、新たな缶を開けようとする楽緒に気づくと 「ささちゃん、飲み過ぎはダメよ」 と笑顔で取り上げる。

 きっと普段からこの調子で、しっかりと祖父の飲み過ぎをコントロールしているのだろう。

 その祖父は、少し前からなにかを探している孫娘に声を掛ける。


「どうした、琴ちゃん」

「ヒレ肉がない」


 じいちゃんが取ってやろうか? と声を掛けるけれど、返ってきた孫娘の探し物に 「おい!」 と突っ込み返す。


「それは串カツ。

 今日は焼き鳥。

 俺の好物は焼き鳥」

「うそっ?! 口がヒレ肉を求めてるのにっ?!」


 目的の肉がないことを知って絶望する琴乃に、顔を突き合わせる一同が煙の中で笑い声を上げる。


「諦めて皮食え、皮。

 じいちゃんが焼いたこの皮、カリカリに焼けて旨いぞ。

 ビールも飲むか?

 次はねぎまを焼いてやろう」


 そう言って、もうもうと煙を上げながら新たにたねぎまを三本も焼き始める。

 もちろん一本は琴乃が食べる用で、もう一本は自分。

 そして残る一本は予備……ではなく、反対隣にすわる律弥が食べる用である。

 好きこそ物の上手なれとでもいわんばかりに慣れた手つきで、頃合いを見計らって串を回す。

 そうして山のように詰まれた肉を焼ききり、食べきると、次はバースデーケーキの出番である。


 集まった人数が多いので、用意されたホールケーキは三個。

 そこに88本もの蝋燭を分割して立て、主賓が全ての火を吹き消したところで改めて 「おめでとー」 と拍手が起こる。

 手早く切り分けられ、食べ始めると、不意に琴乃が眉間に皺を寄せる。


「焼き鳥の匂いが部屋に染みついて、ケーキ食べてるはずなのに肉の味がするような……」

「あー……これ、匂いとるの大変そうだよね。

 部屋とか、しばらく匂いが残ってそう」


 あれだけの肉を焼いたのだ。

 あれだけの煙を上げたのだ。

 畳や壁、家具に付いた匂いを取るのは大変ではないかと、律弥も自分の服の匂いを嗅ぎながら言う。

 だがそんな二人のあいだにすわる祖父は強かだった。


「わざわざ消す必要はない。

 俺はこの匂いだけで白飯三杯はいける!」

「どんだけ焼き鳥が好きっ?!」


 さすがは双子である。

 示し合わせることなく、自然と重なる声は一言一句違わず。

 88歳にしてあれだけの肉を食べ、デザートのケーキを食べながらもまだ沸く食欲もさながら、染みついた匂いですらおかずに出来る焼き鳥好きに、ただただ呆れるばかりであった。

                                  ー了ー

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残り香の誘惑 ~でもだからってそれはないっ!! 藤瀬京祥 @syo-getu

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