5:鬼の独白と告白
「なんでって顔してるな。」
佳奈はうん、と頷いた。まだまともに話すことが出来なかった。
「まあ、簡単に言うとな……『勘』だ!」
「……」
佳奈は困惑していた。なんでそこなんだ、といった具合に。
(……ここ、四階なのに、なんで窓から?)
佳奈はそう言いたかったが、色んな意味で声が出ない。
「……はは、流石に無理あるか?あははは……。」
桔梗は、もちろんわざとそこに触れなかったのだ。しかし、元々正体を明かすつもりでここに来たのだから、本当の事を言うべきだとわかっていた。
(……もういいや。どうなろうが知ったこっちゃない。縁切られようが、通報されようが、どうなろうがどうでもいいか。この際)
桔梗は吹っ切れた。そしてその思考を行った少し後に口を開いた。
「……なあ、佳奈。聞いてくれ」
「うん。何?」
少し落ち着いた佳奈にが尋ねた。
「オレ、お前に隠してたことがある。オレさ、実は……鬼、なんだよ。人食い鬼」
「……え?」
何となく予想していた。もちろんそういう反応をされるに違いないと。
「……なんでこんな時に冗談言うの? 四月一日はもうちょっと前だよ」
「……。いや、本当だ。冗談じゃない」
「……証拠あるの? 流石に桔梗でも、こんな時にそんな嘘つく筈ないし」
「証拠……さっき窓から入ってきたのが証拠だけど」
「それは……でもやっぱり信じられないよ」
どうしようかと考えていた矢先、佳奈の後ろ、つまり桔梗の正面から物音がした。男が目を覚ましたのだ。
「お、おいッ……! お前は、佳奈ちゃんのなんなんだ……?」
「呆れるなぁ。開口一番それかよ。お前こそなんなんだ? ストーカー」
男は驚いた様子だった。自分がストーカーだということはバレていないとばかり思っていたらしい。
「ぼ、ボクはそんなんじゃない! ボクは佳奈ちゃんのことが好きなだけだ! お前なんかに取られる前に、佳奈ちゃんをボクのものにしようとしたんだよ! お前みたいなやつ、きっと佳奈ちゃんを危険に晒すだけだ!」
(どの口が言ってるの……)
佳奈は心の中でそう言った。
「……ふーん。そうか。じゃあ、どうすんの?オレがもしも
「殺してやる! 佳奈ちゃんはボクが守るんだ!」
男は食い気味に答えた。
「ホントか? ……じゃあ、やってみなよ」
桔梗は少し怒ったような声で男へと近づいていった。すると、男は彼女の首を両手で掴んだ。躊躇いの色なんて少しも見せずに。
「殺してやる……あぁ……殺してやる!」
男は彼女の首を握りつぶすつもりで首を絞めようとした。しかし桔梗は一切の苦悶の声も、表情すら見せなかった。代わりに平然と話しだした。
「……佳奈、証明してやるよ。こいつがその気なら、オレだって躊躇しねぇ。オレは『鬼』だからな」
「……え」
桔梗は男の両腕を掴み、少し力を入れて握った。男は腕から妙な音が小さく鳴った気がして、表現出来ないような叫び声を上げて腕を離してしまった。そして入れ替わるように桔梗の片手に首を掴まれた。
「ぐぁ……なん、で……!」
男は桔梗の両腕を掴んで抵抗した。しかしそれもまるで意味がなかった。桔梗は男の顔に自分の顔を近づけた。
「お前がその気なら、オレだってお前を殺す。お前が死んだとしても、証拠は消せるんだからな。躊躇なんてモンは無い」
男の顔は恐怖の色を見せ始めた。冷汗をかき、目が泳いでいる。何かないか、と。そして男は咄嗟にコップの割れてしまった残骸を手に取り、ありったけの力で桔梗の顔に突き刺した。桔梗の目から血飛沫が飛び散る。
「桔梗!」
「大丈夫だ。この程度の傷ならすぐ治る」
佳奈は唖然としていた。桔梗の嘘は本当なのか? それともこれすらも嘘なのか? 彼女にはまだ分からなかった。桔梗は依然として男の首を締めていた。男は最後の抵抗虚しく、顔の色が文字通り変わり、白目を向いて泡を吹き始めた。
「ちょっ、本当に死んじゃうよ! その人はちゃんと罪を償うべきだし、私なんかのために桔梗が人殺しなんかになっちゃダメだよ!」
桔梗は片目で佳奈の方を見た。そして、どこか不満気に手を離した。
「はぁ……わかったよ。……確かに、お前の目の前で殺すのは良くねえな。そもそもこいつ自体、『人間の基準では』まだやり直せる。お前がそう言うなら殺さない」
桔梗はそう言いながら立ち上がり、目に刺さったガラス片を引き抜いた。血が吹き出したが、彼女は全く気にしていなかった。
「桔梗……それ早く治療しないと」
「いや、いいんだよ。言っただろ? オレは鬼だ。この程度の傷は直ぐに治る」
佳奈は桔梗の顔を見た時、またしても唖然とした。傷がないのだ。
「……本当なの? 桔梗は本当に人食い鬼なの?」
「ああ。だから一回オレの話を聞いてくれないか。」
佳奈は複雑な表情をしたが、桔梗の言葉に頷いた。
「……わかった。ありがとう。」
桔梗は昨日から考えていた。言うべきことの全てを思い出し、話し始めた。
「オレは人食い鬼だから、もちろん生きるために人を食う。そして、食うために人を殺さなきゃいけない」
「うん」
「でも、そんなに食べる必要は無い。まあ、話せば長くなるからそれに関しては言わねえけど。それで、オレが殺すのは、大体ああいうやつらだ。オレと同じように、どこかが狂ってるようなやつだ」
「……桔梗は狂ってなんかないと思うけど」
「ふん、そりゃあな。お前にそんな部分は見せてない。なにせ人間との交友関係を持つんだ。鬼なんだから少しでも疑われちゃいけない。それにどうせなら、楽しい方がいい」
佳奈は何故かさらに不満そうな顔になった。同時に泣きそうにもなっていた。桔梗には何故かよく分からなかったので、そのまま最後まで言い切ろうとした。
「……だから、オレが言いたいのはさ、オレは人食い鬼だから、つまり人殺しなんだよ。本当はお前と一緒にいるべきじゃないんだ。俺のことを警察かなんかに言ったって構わない、とにかく、お前とはこれで」
「嫌だ」
予想だにしないその言葉が、桔梗を困惑させた。嫌だ? それはどういうことなんだ?
「嫌だよそんなの。桔梗が鬼なのは、信じるよ。人を食べるってのも。よく考えてみたら桔梗はそんな変な冗談言わないし。でも、それでも私は桔梗と一緒にいたいんだ」
佳奈はいよいよ泣きそうになっていた。桔梗はさらに混乱していた。
「は……? な、なんでなんだよ。オレは鬼なんだぞ? なんで鬼なんかと……なんで人殺しなんかと一緒にいたいって思えるんだ!?」
「……だって」
佳奈の声は嗚咽を含んでいた。
「だって、私だって、狂ってるんだから。人殺しと一緒に居たっていいでしょ?」
「なんで、お前が狂ってるんだ?」
「さっき言ったでしょ。私は桔梗が人食い鬼だってことを信じるって。普通の人なら、そこで怖がるよね。きっと、怖がって、今までのことなんて全部忘れて、逃げ出すかもしれない。でもさ、私、何故か桔梗のこと嫌いになれない。私のことを助けてくれて、私のために本気になってくれて、なんだか、すごく嬉しかった。前よりももっと、桔梗のこと好きな気持ちが大きくなったんだ」
佳奈は立ち上がって、桔梗の顔を見た。堰が決壊した様に、涙を流していた。それなのに、何故か笑顔だった。しかし、桔梗には何故かその理由が解るような気がした。
「ね。私、桔梗と一緒にいてもいいでしょ?」
佳奈はいつもの調子でそう問いかけた。
「……ああ。そうだな」
桔梗は微笑んでそう答えた。
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