2:鬼と少女の放課後

 桔梗の仕事場は町工場である。この街に戻って来る前、彼女は様々な場所を転々とし、日銭を稼ぐ生活をしていたが、数年前からこの工場で働き始めることにした。工場と家とは数キロほど離れており、自転車で往復している。彼女は春先の少し冷たい風を顔に受け、蕾が膨らみ始めた桜並木を潜り抜けていった。

「だいぶ春らしくなってきたな」

 桔梗は独り言を言いながら、全身で春の訪れを感じられることを嬉しく思い、思わず微笑んでいた。

「今年も綺麗に咲くんだろうなぁ……」


 町工場に着くと、彼女は軍手をして、他の工場員に挨拶をしたら、早速自分の持ち場に着いた。今の時代、工場用ロボットの技術力が大きく進歩し、ある程度の技術、いわゆる「職人業」を再現出来るほどにまでなっていた。そのため、このようにまだ手動でしかできないような精巧な部品を作っている中小工場はかなり少ない。従業員も桔梗含めたったの数人である。

 彼女の仕事は加工ではなく、その他の色々だ。淡々と作業をこなし、少しの休憩で一服したあとは、また作業を続ける。鬼であるために持久力があり、人としての食事を摂るとしたら一日に一食あるかないか程度で事足りる。その点で言えば経済的にあまり豊かとは言えない桔梗にとってはかなり便利な身体である。ただ、その代償として人を食わねばならないというさがは、あまりにも重すぎる。いずれは「人間」として生きて、死んでいきたい彼女にとってはあまりにも大きすぎるデメリットであった。


 仕事が終わり、自転車に乗って来た道を通り家へと戻る。帰宅した桔梗は普段着に着替え、当分の食事を買いにコンビニへと向かった。

 桔梗は前回はおにぎりを食べたから、今度はパンにでもしようか、と言った具合で商品を選んでいた。結局サンドイッチやらカレーパンやらをカゴに入れた後、

「アイツの分も買っといてやるか……」

 と小さくぼやき、メロンパンも加えてレジに並んだ。

(今時接客とかなら機械に任せりゃいいのに、なんでコンビニは対面なのかねぇ……そこら辺拘るよなぁ。日本人は)

 そんなことを考えながら、彼女は3時頃の賑わう店内でレジに並んでいた。


 コンビニを出た桔梗はそのまま家路とは逆の道を歩いて行った。周りの風景は集合住宅に変わり、人通りも更に多くなった。至る所で子供の声が溢れていた。彼女は点在する公園の中の一つを訪れた。遊具が極端に少なくて、いつもひっそり閑としている。周辺の他の場所と全くの対極に位置する雰囲気を持つ公園だ。そこでは少女が一人、ベンチに座って本を読んでいた。桔梗は少女の後ろからこっそりと近づいて、レジ袋を少女の頭の上に乗せた。

「よ、佳奈カナ。どーせいるだろうと思って、メロンパン買ってきたぞ」

「あ、桔梗! ありがとうわざわざ」

 佳奈と呼ばれた少女は桔梗を見るやいなや笑顔になった。彼女は桔梗が交流するマスター以外の数少ない人間である。桔梗は彼女に買ってきたメロンパンを手渡し、いつも通りといった具合で隣に座った。

「調子どうだ? そろそろ高校生だろ。頭良いトコって聞いたけど、どんななんだ?」

「うん。前説明会あったけど、なんか楽しそうな学校だったよ。すごく真面目なとこって思ってたけど、いい意味でそのイメージ崩されちゃった」

 そういった後に、メロンパンをとても嬉しそうに頬張る佳奈を見ながら、桔梗はそっかそっか。と楽しそうに相槌を打った。

「でも、これから忙しくなるんだろうな。中学とは比べモンにならねえくらいに」

「そりゃあねぇ。勉強も今ちょっと予習してるけど、すっごく大変だし、部活も……。あ、でも安心して! 部活に入るつもりではいるけど文化部だからさ、桔梗と一緒にいられる時間は減らないよ!」

 そういうと、佳奈は桔梗に抱きついた。いつもの事なので、桔梗はハイハイと若干苦笑しながら適当にあしらった。

「全く……なんでお前はオレなんかがいいんだか……」

「だって桔梗はキレイでカッコイイんだもん! こんなにいい人、他にいないよ!」

「いやいや、何言ってんだよ。カッコイイ男なんてそこら中に──」

「ヤだよ。わたしは桔梗のことが好きなんだもん。何回も言ってるけどさ、ホントのホントに本気だよ?桔梗じゃなきゃヤダ」

 桔梗は少し驚いた。「桔梗のことが好き」というのは佳奈の口癖である。いつものことだと思っていたら、佳奈が真剣な眼差しで桔梗の瞳を見つめるので、桔梗は遂に恥ずかしいと思った。本気だったのか、と桔梗は若干戸惑いつつも、「そ、そうか……。そりゃ嬉しいな」と返した。

(良く言われる分には、悪い気しねぇよな……)



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