第23話
「……、そうだったんでやんすか~、人間の人生ってのは、いろいろ大変でやんすなぁ…」
白いスーツのオバチャンと僕は、オネーチャンの部屋で、テーブルを挟んで向かいあって座っていた。
「ところで、そのオハク?という組織でやんすが……」
「あの組織のアジトに行った時のことは、思い出したくも無いね。私は一度そこで死んだ。そしてまた、生まれ変わった。生きているのか、死んでいるのか判然としない人間としてね。そうして私は誰にも感知されない、誰からも捕まらない殺人兵器になった。組織は、波動、というものを主に使っていたよ。電波だとか、マイクロ波だとか、そういう目に見えないものを人は信じない。感知するすべも持たない。そういうものを使って他人の思考を盗聴し、弱点やトラウマを探って現実世界で体現し追い詰める。弱点やトラウマはその人の心の中にはあるが、今目の前の現実世界には無い。だからある程度、平穏を保っていきられるんた。ところが、それが現実世界にも現れだしたら人はどうなる?簡単に壊れる。誰にも見つからない。誰にも咎められない。そんなやり方で、簡単に人を壊せる。実に、楽しいよ」
ククク、とオバチャンは笑ったが、すぐにつまらなそうな顔になり、ため息を盛大に吐くと頬杖をついた。
「最近は、世の中の人々も賢くなって、SNS上に自分のプライベートを晒さなくなってきている。だけど、脳内をのぞいたら、一発なんだよ。例え意識していなくても、それは無意識下にちゃんとある。それは、我々にとって宝の山なんだよ」
オバチャンは鼻を人差し指でこすりズズズッとすすると、カアッと奇声を上げ痰をそこいらに吐いた。
「まあでも、願ったり叶ったりだったよ。陰に陽に人を貶めることが出来る。それはこの上無い楽しいことだった。みんなみんな、不幸になればいい。そうしたら、もっと他人に優しくなれるのに」
オバチャンは頬杖をついたまま、窓の外の温かそうな光が灯った家々を眺め、目を細めた。獲物を狙う猛禽類が、次の目標を見定めているような、そんな目付きだと僕は思った。
その時、グウと僕のお腹が鳴った。
あのオニーサンを吐き出してしまったので、どうにも腹が減る。テーブルの上にあった一ヶ月以上放置されているミカンを手に取ると、皮はカビで黒く変色し、水分を失ってカラカラに干からびていた。しかし背に腹は変えられないでやんす。囓ると、中の果肉は茶色に変色していて、ドロリとした気持ちの悪い感触が口内を満たした。
「オエッ」
思わず吐き出すと、口から出た液体がテーブルの上に置かれたオバチャンの手をすり抜け、べちゃっという音をたてて落ちた。
「失礼な妖怪だね」
汚れてもいない手を、もう片方の手でオバチャンはゴリゴリと拭いた。
「ねえねえ、オバチャンはさ、ほんとにこの国を救いたくてそんなことやってるの?」
オバチャンは卓上のティッシュを二、三枚取り、さらに念入りにゴシゴシと拭いた。
「この国を救いたいと思っている人間が、この国の国民を一人一人殺していくと思うかい?」
オバチャンの黒い目が、だんだんと薄くなり、透明になった。感情の無い目とはこのことをいうのだと、僕は思った。
「まあ、でも、あんたが私を出してくれて、助かったよ」
「……、出したんじゃなくて、吐き出したの!オバチャンが不味すぎたから」
オバチャンが僕を睨み付けた。そして、チッと舌打ちをする。
「ほんとに失礼な妖怪だよ。ところで、私はこれから仕事があるからもう行くけど、あんたはどうするんだい?」
「……僕は、また元いた駅に戻るでやんす。僕は、電車を眺めるのが好きなんだ。たまに、自ら命を絶った、魂も落ちてくるし」
オバチャンが、さらに凄みをきかせて僕を睨んだ。
「それは勝手にすればいいけど、いいかい、今度私が関わった魂を食ったりしたら……」
「分かった。二度と、オバチャンが落としてきた魂は食べない」
「いい子だね~」
オバチャンは目を細め口角を上げて僕を見たが、妖怪にだって人間の作り笑顔くらい分かるんだ。
「じゃあ、オバチャンが駅まで送ってやるよ」
オバチャンは立ち上がると、僕に手を差し出した。
僕は立ち上がって、その手を掴んだ。
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