第21話
女の背後で、妖怪が、あくびするように口を大きく開け、吸い込んだ。女の体が、細長く引き伸ばされ、裂けるようにして妖怪の体の中へ吸い込まれていく。女の顔が歪み、目が落ち窪んで、その口が裂けるように伸びた。
「た、助け……」
苦悶と苦痛の表情を浮かべたまま、女は妖怪の中へと吸い込まれて消えた。
妖怪が、気を失ったようにパタリと倒れる。
「妖怪…、死んだのか……?」
近づくと、スースーと軽い寝息を立てていた。
「君にまた会えたら、見せたいものがあったんだ」
彼ははにかんで、少しうつむいた。その表情は、私に誕生日プレゼントをサプライズで出す前の表情と一緒だった。…何?まさか、死んだその日の夜、渡すつもりだったんだ、とか言って婚約指輪でも取り出してくる気じゃ……。やめてよ、何度私を泣かせれば、気が済むの?
彼が、奥の寝室へドアを通り抜けスウッと消えていく。私はドアを開け、その後を追った。ドアを開けたとたん、腐臭が鼻についた。やだ、腐ったミカンか何か、置きっぱなしだったかしら。彼は暗い部屋の、カーテンの側に立たずんでいた。
「何よ?」
おそるおそる近づくと、カーテンの下に、人ぐらいの大きさの何かが横たわっていた。暗闇で、私の足先に、コツンと何かが当たる。と同時に、ぐちゃりとした感触もあり、私の靴下の足先が、じっとりと濡れた。見ると、サッカーボールぐらいの大きさの何かだった。汚く、茶色の何かがこびりついていて、黒い糸のようなものまで付着している。
「なあに?変なものでも置いて、私を驚かせたかったの?あなたが死んだ日って、ハロウィンだったかしら?」
気味が悪くて直視したくなかったが、それは腐った人間の頭部に見えた。だとすると、カーテンの下に横たわっているものは、人間の胴体?よく目を凝らしてみると、その横たわったものには私の服が着せられていた。
体から染み出た体液のせいなのか、真っ茶色に変色している。
「やだあ、やめてよ、お気に入りの服だったのに。そこまで気合い入れて私を驚かさなくたって」
「よく見てご覧…」
彼の表情は、少し悲しそうだった。彼の顔の横で、何かが揺れていた。先が、輪っかになったロープだった。カーテンレールにくくりつけてあり、それが揺れていた。それを見て、思い出した。彼がなくなった日の夜、それを買いに出たことを。
「私は、何をした?私は、何をしたの……」
彼が、いつの間にか私の側にいた。そして私を抱きしめた。霊体からは感じないはずの、温かなぬくもりを感じた。
「もう、いいんだ、苦しまないで。一緒に行こう。二人なら、怖くないだろ?」
私は、思い出した、彼を失ったその日の夜、一人でいる辛さに耐え切れずに、ロープを買いに出たことを。そして部屋に戻り、衝動的にカーテンレールに紐をかけ、首を吊った。その後、生きている人にも私の姿が見えたのは、私の自分は生きているという念が強すぎたからだろう。
「僕は、妖怪のお腹の中から君をみながら、とても、もどかしかったよ、現実を認識できない、君のことが……」
彼の体から、一つ、また一つと青白く光る魂が天へ登っていく。ありがとう、そして、ごめんなさい。
「僕らも行こう」
私と彼は手を取り合い、天へ登った。夜空の星の光が強く明るくなり、地球からどんどん離れていく。悲しく寂しいと同時に、身も心も軽くなったような、そんな気持ちになれた。
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