第3話
二羽滝にて
今日は何も依頼が無い。久しぶりのことだ。私は気分を変えるべく、滝を見に行くことにした。
路線バスを乗り継ぎ、片田舎の山の中で降りる。
周りには、民家も何も無い。山の中へ入り、崖の下の砂利道を歩く。道なりに曲がると、突然それは姿を表した。
轟音と共に、白いしぶきが岩肌を打つ。あまりの清々しい気に当てられ、妖怪の体が半分消えかかる。このまま成仏させてやるか、とも思ったが、まるで涙を流すように口から涎を垂らすので、可愛いそうになり引っ張って現世に戻してやる。
来た道を戻りバス停に戻る。時刻表を見ると12時10分にバスが来るようだ。あと10分後だ。
「ちょうど良かったな」
そばにいると思った妖怪に話かけたが、見るといない。パタパタと道の向こうから駆けてきて、手には何かを持っている。
「すぐそこに茶屋があったんで、買ってきたでやんす」
紙皿に乗った、旨そうな団子だ。茶屋など、全く気付かなかった。
「一緒に食べるでやんす」
「…お前、お金はどうした?」
妖怪は口を開けニコーッと笑うと、幼稚園の制服のポケットから私の財布を取り出した。
「全く、いつの間に…」
私は財布を取り、コートのポケットへ入れる。
ベンチに座り団子を頬張ると、よく焼かれた香ばしさとモチモチの食感が口いっぱいに広がった。
「うまいな…」
そこからは遠くで飛沫を上げる滝の姿が見えていた。天気がよく、うっすらと虹がかかっている。
「ねぇねぇ、これは何と書いてあるでやんすか?」
妖怪を見ると、後ろに立っていた看板を見ていた。
「えーと、約千年ほど前、京での争いに敗れ、ここまで落ち延びてきた某氏という人物が、滝に身を投げ命を絶った」
へえ、と思った。こんな綺麗な滝で、そんな恐ろしいことが昔起こっていたとは…。
「お姉さん、お団子、美味しそうだね!」
妖怪では無い子供の声がして、驚いて振り向くと、妖怪の隣に小学校低学年ぐらいの男の子が座っていた。
「君は…、一体どこから?一人?」
私の問いには答えず、妖怪の膝の上に置いていた紙皿から勝手に団子を一本取り、頬張り出す。
「うんまあーい」
目をキラキラさせてまん丸に見開く。
その無邪気な姿に、何も言えなくなる。
少年は、食べ終わると服の袖で口をぬぐった。
「僕ね、人待ってんの」
その声に呼応したかのように、「お兄ちゃん!」と声を上げ、少し年下くらいの少女が脇道から現れ、少年は駆けて行くと手を繋いで、道路脇の空いたスペースで地面にいくつか輪を書くと、二人でけんけんぱを始めた。
「僕も混ぜるでやんす」
妖怪も仲間に入る。男の子がけんけんぱを始める。その反対側から、妖怪も始める。お互い、下を向いていて、気付かない。
「危ない!」
「あいたたでやんす」
尻餅をついた妖怪が、痛そうにおでこをさする。その時、男の子の姿は消えていた。
「ふわあーーーん!」
女の子が泣き出す。妖怪が慌てた様子で女の子に駆け寄り、慰めようとする。
「な、泣かないで。きっとすぐ戻ってくるでやんす」
妖怪は、おどけたように手足を上げながら、「ほら、けんけんぱ!けんけんぱ!あっ」
足がもつれ妖怪がパタリと倒れる。
「大丈夫?」
妖怪を助け起こしたのは、さっき消えたはずの少年だった。
……どうも、ここでは不思議なことが起きるようね……。
その時だった。
「キャッキャッ、キャッキャッ」
三人のものではない、幼児の楽しそうな声が響いてきた。滝のほうからだ。見ると、滝の上流の川で、白い服を来た女性と、抱えられた小さな子供が、楽しそうに遊んでいた。
いいな……。私は膝を抱え、頬杖をついた。彼と、家庭を築くことを夢みたこともあったけど……。
「ギャーーーッ」
突然、幼児の楽しそうだった声が、叫びに変わった。白い服の女性は、幼児を抱えたまま、その腕を前に突きだしていた。その下には、飛沫を上げる滝壺がある。
「何してんのよ!」
私が大声を出すと、ハッとしたように女はこっちを見て、幼児を抱き抱えると森に消えた。
「どうしたんだい?」
エプロン姿の茶屋の女主人が、外に出てくる。
「今、あの滝の上で、女の人が子供を落とそうとしていたんです。警察に通報を」
「ええ?!」
驚いたように、女主人は滝を振り返る。
「分かった。一応、あたしが連絡しておくよ、ただねえ、あの滝の上に行く道なんかないんだよ。女性が、しかも幼児連れで、とても行ける場所なんかじゃないんだけどねぇ。……以前、子供が二人溺れ死んだこともあったし、どうしてこんな綺麗な場所で酷いことばかり」
女主人は、首をかしげながら茶屋の中へ戻って行った。
警察が来て、山の中を捜索し始めた。たが、女性も幼児も見つからず、日暮れと共に帰って行った。女は、白いスーツを着ていたように見えた。彼をホームに落とした女かもしれない。だが、警察が見つけられなかったものを、どうして私が見つけられようか。
闇に消えた、白いスーツの女性の手掛かり。いくら闇に目を凝らしても、もうそこには何の気配も感じられなかった。
茶屋の女主人は、店仕舞いを終え車で去った。私も、バスの最終便で帰ろう。
バス停に戻ると、二人の子供たちがまだいた。ただ茫然と、滝のほうを見ていた。私はハッとした、二人は、泣き声を上げるでもなく、ただ静かにはらはらと涙を流していた。
「どうしたの?」
声をかけると、二人は、「私たちは、あの白いスーツの女の人に滝に落とされた」そう言ってしゃくり上げた。「私たちのお父さんとお母さんは、虫嫌い。服が汚れるのも嫌い。オシャレして出かけられるとこにしか行かない。だから、二人で道端で遊んでる時、白いスーツの女の人に、一緒に川に遊びにいこっか!そう言われて、嬉しくてついて行っちゃったの。お父さん、お母さん、ごめんなさい」
二人は声を上げて泣き出した。
そして、二人の涙は、滝の飛沫のようにスウッと消えた。
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