焼き鳥社員

九戸政景

焼き鳥社員

 空が橙色に染まり、疲れを感じながらもどこか嬉しそうに帰っていく人々の群れが街を行き交う夕暮れ時。

笑い声などで賑わう一軒の居酒屋の中でスーツ姿の二人の男性がテーブル席に座っており、テーブルの上には焼き鳥や枝豆といった肴が、男性達の手には表面に水滴が付く程に冷えたビールが注がれたジョッキが握られていた。


「よし……それじゃあ今日もお疲れさん。かんぱーい」

「か、乾杯……」


 人の良さそうな顔つきの大柄な男性の声に大人しそうな男性が続けた後、二人は持っていたジョッキをぶつけ、小気味よい音が響いてから大柄な男性はジョッキのビールを勢い良く飲み始めた。


「んっ……んっ……はぁっ……!いやぁ、仕事終わりの酒はやっぱり格別だなぁ!」

「そ、そういう物……ですか?」

「人によるだろうが、俺の場合はそうだ。日中の疲れやストレスを酒と一緒に胃に流して、その後はつまみと一緒に酒を飲んで自分を目いっぱい労る。健康には良くないとわかってるけど、それが俺の心の栄養補給なんだ」

「心の栄養補給……」


 大人しそうな男性が少し表情を暗くしながら俯くと、大柄な男性はその姿を見ながら小さくため息をつく。


「……お前の場合、そういうのが本当に必要そうだからな。昼間の件、だいぶ堪えていたようだしな……」

「……本当にお恥ずかしい話です。自分のミスで先輩にも他の人達にもだいぶ迷惑を……」

「ミスくらい誰にでも……なんて言ってもしょうがないな。たしかにその通りなんだが、ミスをした本人からすればミスをした事実が辛いし、人によってはだいぶ引きずるからな。

まあ、今回のに関しては今日の内になんとかなる案件だったし、結果的に丸く収まった。だから、自分を責めるのはそろそろ止めて、今日も仕事を頑張れた自分を褒めてやれ。責め続けても辛くなるだけだからな」

「自分を褒める……でも、やっぱり出来ないですよ。ミスはミスですし、まだまだ先輩達には迷惑をかけてばかりですから、自分を褒めるなんてとても……」


 後輩社員が更に表情を暗くし、静かに俯いていると、先輩社員は再びビールを飲み、ジョッキを静かに置いてから口を開いた。


「……なあ、焼き鳥ってすごいと思わないか?」

「……突然どうしたんですか? まあ、塩でもタレでも美味しくて、おつまみとしてもおかずとしても食べられる物だと思いますけど……」

「そう、そこだよ。鶏肉をネギとかと一緒に串に刺して焼いただけなのに、こんなにも美味くて色々な場面で活躍する。これってすごいと思わないか?」

「それはたしかに……」

「酒にも合ってその香りは俺達の空腹を刺激してやまない。けど、そんなにしょっちゅう食べる物でも無い。今みたいに飲み屋に来たり機会がなかったりしないと、中々食べる事も無い」

「…………」

「俺はさ、そういう社員になれたら良いなって思うんだ。普段はあまり目立たなくて頼りなくても、ここぞという時には活躍出来る。常に活躍するエースじゃなくても良い本当に誰かに必要な時に力になれるようなヒーローでありたいってな」

「先輩……」

「まあ、会社からすればいつでも戦力になるような社員の方が良いだろうし、俺もそういう奴がいればだいぶ助かるけどな」


 ニカッと笑いながら先輩社員が言うと、後輩社員はジトッとした視線を先輩社員に向ける。


「……結局そうなんじゃないですか」

「はっはっは、一般的には、だよ。けど、焼き鳥的な奴になりたいっていう言葉は嘘じゃない。俺も全部をそつなくこなすのは出来ないからな。せめてどこかのタイミングでいっぱい活躍出来るような社員であれば良いなと思うよ」

「焼き鳥みたいな社員……いつも失敗ばかりの奴でもなれますかね?」

「なれるなれる。それに、こういう時には活躍出来るぞっていう自信さえ持ってれば他の事だって気持ちに余裕を持って出来るようになるし、女性社員からのウケもよくなるぞ? そうすればお前だってあの子からきっと……」

「ちょっと! なんで先輩が自分の好きな人を知ってるんですか!?」

「お前、結構あの子が近くに来た時にはチラチラ見てるし、話しかけられたら明らかに嬉しそうだからな。だけど、自信も無い失敗を引きずってうじうじしてる奴は女からモテない。

だから、失敗なんて軽く反省会してちょっとくよくよしたらもう良い事にして、後は次のために頑張ろうって思うようにしとけ。その方が人生も楽しいだろうからさ」

「先輩……わかりました。これからは失敗を引きずりすぎないようにしながら頑張ってみます。すぐには難しいかもしれませんけど、ゆっくり自分のペースでやってみようと思います」

「その意気だ。よし、それじゃあそのためにも今日はじゃんじゃん飲んでじゃんじゃん食べるぞ」

「はい!」


 後輩社員が笑みを浮かべながら答え、先輩社員が微笑みながら頷いた後、二人はわいわいと話しながらその一時を楽しみ、その声は他の客の話し声と共に店内の活気の一部になっていった。

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焼き鳥社員 九戸政景 @2012712

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