皿を割る

幻典 尋貴

皿を割る

 今日も今日とて皿を割る。

「失礼しましたー」と声を上げる。

破片を拾う。


 「今日も割ってるねぇ」と、常連の田中さん。「気ぃつけんと」

「いやぁ、すみません」

「ついでに、軟骨の塩一本いちほん

承知しましたと答えて、厨房に伝える。今日も「ですよ」とは言えない。


 皿を割った時だけ、自分が世界に存在していると思える。だから僕は皿を割る。

 皿を割ると、僕に一部の人が注目をする。嫌そうな顔や、心配そうな顔、笑う顔。色んな顔と、大爆笑の田中さん。

この居酒屋は、不思議なことに常連さんしか来ない。毎日同じ顔が同じところにある。

彼らは毎日同じものを頼み、同じものを食べて飲む。その中でも焼き鳥は多い。

 この店の焼き鳥が美味しい事は、バイトを始める前に知っていて、以前父が仕事帰りに買ってきてくれた事があったのを覚えている。

その日は珍しく父が家で酒を飲み、珍しくお小遣いをくれた。そして、翌日半分取られた。そんな事はどうでも良くて、少し冷めていたのに、もも塩がとても美味しかったのを覚えている。

 この店では賄いに焼き鳥を焼いてもらえる。正直なところ、焼きたてのあのもも塩が食べてくて、ここのバイトを選んだ。

一か月ほど経ったが、まだもも塩には巡り合えていない。


 今日も皿を割った。

田中さんと一連の会話をして、軟骨を持っていく時に「一つの時は、っすよ」と言ってみた。

すると田中さんは驚いて言う。

「そうだったな、一本いっぽん二本にほん三本さんぼんだよな」

「そうっす」

「お、ソースカツ串、一本いっぽん

そうして僕は次の皿を運ぶ。

今日はなんだかよく眠れた。


 翌日、僕は皿を割らなかった。

 賄いには、もも塩が出て、新規の客が入った。


 時間が、動き出した。

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