第44話


週末。

ニナとヴァンは自宅から車で1時間かけ、ヴァンの実家へやってきた。



「…き、緊張、する…」



「あー…まじで緊張しなくていいよ。うちに関しては。」



「え…?」



––ガチャ。



「ただいまー。」



––ドタドタッ。



「…ニナちゃーーん!!いらっしゃーーい!!!」



ヴァンの母親が走ってやってきて、ニナに抱きついた。



「わわっ!?は、はじめましてっ!」



「おい、母さん…ニナが困ってるだろ…。」



「あら、アンタも帰ってきたの!おかえり!」



「ただいまって言ったろ…」



「んーー!!可愛いわぁ、ニナちゃん!チューしたくなるくらい可愛い!」



母はニナの頬を両手で包む。

ニナは赤面しながら戸惑う。



「おい、やめろって!」



「ムキにならないの、ヴァン!もう私の娘よ!嬉しいわぁ!こんな可愛い娘ができて!」



「ほらライア、やめなさい。ニナちゃん、ごめんね、騒がしくて…」



母の後ろから、ヴァンの父親がやってきた。



「クリフが言うなら仕方ないわね!」



母はようやく、ニナを解放する。



「あ、あの、はじめまして!私、ニナ・クンツァイトと申しますっ!あの、これ、もし良ければ…」



ニナが手土産を渡す。



「きゃー!可愛いうえに礼儀正しいなんて!ヴァン、本当どうやってオトしたの!?」



「うるせぇ!」



ヴァンは少し赤面する。



「さ、中に入って。お茶でも飲もう。」



父に促され、全員リビングへ向かった。



席に着き、ニナはヴァンの両親をチラリと見る。

ヴァンに写真で見せてもらったことはあるが、母は写真より何倍も綺麗で、父は何倍もイケメンである。2人とも、実年齢がわからないくらい若々しい。



「わざわざこんなところまでありがとね、ニナちゃん。」



ヴァンの父が言う。



「い、いえ…!私もずっと、ご挨拶したいと思ってましたので…!」



「あ゛ー、可愛い。輝いてる。直視できない。」



ヴァンの母が手を額に当てて唸る。



「母さんうるさい。ずっとうるさい。」



「今に始まったことじゃないわ!母さん数日前から興奮状態よ!」



「おい…」



「ご、ごめんねニナちゃん、ライアはいつもこんな感じなんだ。」



「…えへへ…でも…嬉しいです…。」



ニナは照れ笑いをする。



「ん゛ッ。」



タンザナイト一家は同時に額に手を当てた。



「…さ、さて、ヴァン。今日は泊まってくのかい?」



父はコホンと咳払いして調子を整えながら言う。



「あ、いや、今日は帰る。」



「え゛!?泊まんないの!?ニナちゃんとお布団で恋愛トークする気満々だったのに…!」



「は!?一緒に寝るつもりだったのかよ!?」



ヴァンは声を荒らげる。



「えー、だめ?」



「ダメだろ!」



「えー、ちょっとヴァン、ニナちゃん独り占めしすぎじゃない?束縛激しい男は嫌われるよ?」



「そういう問題じゃねぇ!」



ヴァンと母は揉め始めた。



「ご、ごめんねぇ、ニナちゃん。いつもこんなで…」



父は苦笑いする。



「い、いえ…ふふ、すごく仲良しなんですね。」



「全然よ!顔ばっか似ちゃって、性格は全然似てないし!」



「そ、そうですか…?素直に思いをぶつけるとことか、そっくりですけど…」



「なっ、おい、ニナっ」



ヴァンは赤面しながら焦る。



「…なぁに、ヴァンちゃん。ニナちゃんにデレデレなのぉ?やっぱ束縛男じゃない!」



母はニヤニヤ笑う。



「あ、あれ?私…」



ニナは余計なことを言ったと悟り、焦った。



「と、トイレ!」



ヴァンは赤面したまま席を立った。



「…ふふ、良かった。ヴァンが幸せそうで。」



母は目を瞑りながら笑った。

父も優しい笑顔になっている。



「…?」



「あのね、ニナちゃん。ヴァン、私達には言わなかったけど、幼い頃から想い人がいたみたいでね。それがニナちゃんなんだと思うの。」



「え…」



「小さい頃、全身アザだらけで帰ってきたことがあってね。友達と大げんかしたって言ってたけど、ヴァン、すごい笑顔でさ。その日から、なんだか吹っ切れたように明るくなった気がしたんだ。そしたら、ある日突然、薔薇と星の紋様を持った小さな女の子が知り合いにいないか、僕達に聞いてきた。その紋様は見たことがないって答えたら、ヴァンは残念がっていたけど、きっとその子に恋したんだなって思ったよ。」



「薔薇と星…」



「ニナちゃんでしょ?その紋様。」



「は、はい…」



ニナは赤面する。



「私達は、ヴァンの幸せが1番だから、その子がアードゥじゃなくても、ヴァンの幸せを貫いてほしいって、応援してたのよ。…そしたら、紋様消しちゃうだなんて!ほんとすごいわ!ヴァン、ほんとにニナちゃんが大好きなのよ。」



「…ッ。わ、私も、ヴァンさんが大好きですッ。」



「ん゛っ…かわ…」



ヴァンの両親は再び唸る。



––ガチャ。



ヴァンが戻ってきた。

両親はヴァンを睨む。



「…ん?何?」



「…ヴァン、ニナちゃんを泣かせたら、私がボコボコにしてやる。」



「同意。」



「は?泣かせねーよ。てか、何?なんかあったの?」



「な、なんでもないよ!」



ニナが顔を赤くしながら慌ててはぐらかす。



「…ライア。この際だから、話しちゃおうか。ずっと隠してたこと。」



「…そうね、それも良いかも。」



「え?何を?」



「ヴァン、座って。」



ヴァンは椅子に座る。



「…ヴァンが、リリアベルの祝福を否定したこと、私達は何にも疑問に思わなかったわ。」



「え…?」



母は自分の左腕を出し、紋様を触る。

雪の結晶と天秤のようなものが描かれている。



すると、ぺりぺりと紋様を剥がし始めた。



「…!?!?」



ニナとヴァンは驚愕する。



彼女の腕に現れたのは、3匹の蝶の紋様だった。



「ふふ、驚いた?よく出来てるでしょ。」



「な…なん…」



「ごめんな、ヴァン。今までずっと黙ってて。俺達は、本当はアードゥじゃない。」



「は…?」



「今、ニナちゃん達のおかげで、魔法が変わりつつあるけど、私達の時はそうじゃなかった。だからこうやって隠して、罪から逃れていたの。アードゥに遭遇しないよう、住む場所も友達も職場も、とても気を遣って選んだわ。…ヴァンが知ったら、ヴァンにも危険が及ぶかもしれないって思うと、言えなかった。ごめんなさい。」



「……。」



「……怒ったかい?」



「……いや、なんか納得。俺はちゃんと、父さんと母さんの子だってことだな。」



「ヴァン…」



「なんか余計安心したっていうか、俺は間違ってなかったんだなって思うよ。」



「…許してくれるかい?」



「許すもなにも、俺だってそうだし。てか、早く広場行けよ。紋様消さねぇと、アードゥに遭っちまうぞ。」



「…ふふ、そうね。ありがと、ヴァン。ニナちゃんも。」



「い、いえっ!私は何も…」



「いや、ニナちゃんは我が家のヒーローだよ。本当にありがとう。これからもよろしくね。」



「…!はい、よろしくお願いしますっ!」



「ふふ…あ、そうだ、ヴァン。ちょっとだけクリフを手伝ってほしいんだけど…」



「あ、そうだった。庭の家具を家の中にしまいたいんだ。ちょっと手伝ってほしい。」



「ん、わかった。…母さん、ニナに変なこと言うなよ。」



ヴァンが母に釘を刺す。



「わかってるわよー!早く行って!」



母はヴァンを手であしらう。



そして、ヴァンと父は外へ出た。



「はぁー。ニナちゃん、大変じゃない?あんな性格で…」



「いえ!ヴァンさんすごく優しいですし、楽しいです。」



「そう?まったく、顔だけは2次元並に整って生まれてきたんだけどさぁ。」



「…2次元?」



「あ、男性陣には内緒ね?実は私、若い頃乙女ゲームにハマっててね。特に輸入品が好きでさ!もーめちゃくちゃ攻略してたんだけど、やっぱリアルはうまくいかないもんで…」



ヴァンの母は手をひらひらと振りながら話している。

ニナはその手をガシッと両手で掴んだ。



「…お義母さん…!」



「ニ、ニナちゃん…?」





そして、ヴァン達が戻ってきた。



ニナと母はとても盛り上がっている。



「え…なんか…楽しそうだね…?」



ヴァンの父が言う。



「えー?内緒!ね!ニナちゃん!」



「はい!内緒です!」



ニナは笑顔で人差し指を口元に当てる。



「ん゛っ。…ま、まぁ、楽しそうで何より…。ニナ、そろそろ帰ろ。」



「えー!もう行っちゃうの!?ニナちゃんともうちょっと女子トークしたい!」



「女子って言うなよ…」



ヴァンは呆れる。



「お義母さん、また来ます!そしたらまた語らせてください!」



「!…うんっ!待ってるよ!」



そして2人は車に乗り込む。



「ニナちゃん、絶対また来てね!」



「はい!ぜひ!」



「2人とも身体に気をつけるんだよ。」



「ん、父さん達も。じゃあ、また。」



ヴァンは車を出発させた。



「ごめんな。騒がしい家で。」



ヴァンは運転しながらニナに言う。



「ううん!とっても楽しかった!」



初めて同志と出会えたし…

と、ニナは心の中で思った。



「…じゃあ良かった。…な、明日、一緒に指輪見に行こう。結婚指輪。」



ヴァンは前を見ながら言う。耳が赤い。



「…!う、うんっ…!」



ニナも照れながら答えた。




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