第27話


「ごめんなさいね、大したもの出せなくて…」



ニナの母が香りの良い紅茶を出す。

ダイニングルームに、ニナとヴァンが隣り合って座り、ヴァンの向かいにニナの父が座っている。




「い、いえ!僕も突然お邪魔してしまって、すみません…。」



「いいのよぉ!ニナが誰かを家に連れてくるなんて、初めてだからびっくりしちゃったわ!」



ニナの母が、父の隣に座る。



「…最近、ニナを連れ回してるのは、君か?」



「ちょ、お父さん!そんな言い方…」



「…はい。ご挨拶が遅くなって、申し訳ありません。ニナさんとお付き合いさせていただいております、ヴァン・タンザナイトと申します。今日は、そのご挨拶と…認めていただきたいことがありまして、伺いました。」



「何だ?」



「…僕は、ニナさんと一緒に暮らしたいと思っています。ニナさんも同じ気持ちでいてくれています。突然現れて、突然こんなことを申し上げるのは、無礼で非常識で厚かましいと重々承知の上です。ですが、どうか、一緒に暮らすことを認めてください。お願いします…!」



ヴァンは頭を下げる。



「…え!?一緒に住むってこと…?貴方、もしかしてニナのアードゥなの?」



母が驚きながら聞く。



「…いいえ、アードゥではありません。…でも、僕は、ニナさんと結婚を前提にお付き合いさせていただきたいと思っています。」



「けっ、結婚!!?」



母が今日一番の驚きを見せる。

驚いたのは、母だけでなく、ニナもだ。

ニナは思わず赤面する。

心臓の音が一気に大きくなる。



「…アードゥではない者同士が結婚することは、刑罰に当たる。許されることではない。そのくらいは、わかっているだろう?」



父が冷静に伝える。



「はい、わかっています。でも僕は、本当に、心からニナさんを愛しています。…ニナさんと再会したのは最近ですが、本当はもっと前から出会っています。当時は僕の片想いでした。だから…この気持ちは、ずっと昔から抱いていました。いや、日々大きくなっています。魔法の力より強い想いが僕にはあります。祝福にも誰にも負けない、負けたくない…!お願いします、どうか一緒に暮らすこと、認めてください!」



ヴァンは立ち上がり、力いっぱい頭を下げる。



「ヴァンさん…。」



ニナは泣きそうになっている。



「…想いだけでは、どうにもならない世界がある。君もいい大人だ、わかっているだろう?これは国の決まりだ。刑罰になるんだ。ニナは必ず傷付く。私達は、ニナの幸せを誰よりも願っている。だからこそ、傷付くとわかりきった道に進ませるわけにはいかない。いっときの感情に流されていないで、もっと将来を考えなさい。」



「違うっ!!」



ニナが大声を上げて立ち上がった。



「いっときの感情なんかじゃない!私はずっと、これからもヴァンさんが大好きなの!私の幸せを願ってくれるんでしょ?私は、ヴァンさんと離れることが、1番の不幸なの!ヴァンさんと離れて、魔法で無理矢理愛してもないアードゥと一緒にさせられるなんて、そんなの幸せでも祝福でもない。呪いだよ!愛の国なのに、どうして愛した人のそばにいちゃいけないの?どうして自分が大切にしてる愛を奪われるの?おかしいよ!私はヴァンさんと一緒にいる!何があっても、一緒にいる!」



「…ニナ…。」



ヴァンの目から、涙がこぼれ落ちそうだ。



「…呪いか。確かに、そうかもしれんな。」



父はそう言うと、紅茶を一口啜る。



「…ヴァン君、座りなさい。2人に話したいことがある。…母さんにも、初めて話すな。」



ヴァンは椅子に座って、ニナの父を見つめる。



「…実はな、クンツァイト家は、リリアベル・ローズクォーツの一族と血縁関係にあるんだ。今は随分血が薄くなってしまったがな。」



「…え!?」



3人は同時に驚いた。



「まずは昔話をしよう。…リリアベル・ローズクォーツは、当時の国王レオン・ローズクォーツの娘の1人であった。彼女は三姉妹の三女であり、強い魔力を持っていた。魔力を有していたのは、後にも先にも彼女だけだ。彼女はその魔法を、困っている人々の為だけに使う心優しい女性だった。やがて人々から大いに支持され、この国の女王となった。女王になってからも、驕り高ぶることなく、心優しい女性のままだった。」


父はしばらく黙り込み、そして再び語り始めた。


「そして、リリアベルはとある男性に恋をした。やがて彼と結ばれた。彼女は彼を心から愛していた。…しかし、彼はローズクォーツ家の次女の差し金で、彼女を女王の座から引きずり下ろすために近付いたのだ。彼はリリアベルを裏切り、処刑に追い込んだ。…リリアベルは最期まで民を想った。誰も、こんな思いはして欲しくないと願った。魔法で愛を確立してしまえば、こんなことは起こらないと考えた。そして、死に際に、全ての国民に代々続く魔法をかけたのだ。それが、リリアベルの祝福だ。」



「そんな…」



「クンツァイト家は、リリアベルに近しい存在だったため、彼女の処刑後、身を隠すように密かに暮らした。王宮の書物にも家系図にも、クンツァイト家は抹消されている。この事実を知るのはクンツァイト家のみ。…いずれお前達にも話すつもりだったが…まさか血縁の無い者にも話すことになるとはな。…私は真相を知っていたが、祝福に歯向かうことはしなかった。幸い、私のアードゥは素敵な女性でな。魔法とは違う、心からの愛があると思っている。だが…ニナ。お前はこれを聞いても、彼と一緒にいたいと思うのか?」



「うん。一緒にいたい。…リリアベルのことは驚いたし、心が痛むけど…彼女の愛が誰かの愛を消し去って良いはずない。魔法なんか、関係ない。私は私の心を、大切にする。」



「…そうか。」



父は少し微笑んだ。



「ヴァン君、君はこの話を聞いて、少しは怖気付いたかね?」



「いえ、全く。俺も、自分自身で貫いた想いを大切にしたいです。過去は囚われるものじゃなく、反省して、より良い未来を作るための糧です。俺は、過去を乗り越えて、ニナさんとの今と未来を大切にしたい。」



「…ふふっ。そうか。」



父は静かにゆっくり呼吸した。



「……ヴァン君。ニナは頑固者だが、よろしく頼むよ。」



「お父さん…!!」



ニナは、喜びを見せる。



「…ありがとうございます!必ず、今以上に幸せにします!」



ヴァンは立ち上がって頭を下げた。



母は笑顔で涙ぐんでいた。







そして、ニナは引越しの準備をするためそのまま家に残り、ヴァンは1人帰ることになった。



「また来なさい。」



「今度は美味しいご飯、用意するわね!」



「はいっ。ありがとうございます。ニナ、また迎えに来るな。」



「うんっ。待ってる!」



「では、失礼します。」



ヴァンは帰って行った。




「やーもう、あんっなイケメン捕まえてたなんて!我が娘ながら、やるわねぇ!」



「か、顔だけじゃないし!」



「でも、お父さんが許すなんて、びっくりしたわぁ!」



「…馬鹿な男だな。黙って一緒になればいいものを、馬鹿正直に話して。恥ずかしげもなく言葉を放って。」



「ね!愛の大告白!こっちが照れちゃった!」



「もう!からかわないでっ!」



ニナは顔を真っ赤にして言う。



「ニナ。」



「何っ?」



「何かあったら、すぐに言いなさい。父さんにできることがあれば、協力するから。」



「…へへっ、ありがと!」



ニナは、早速荷造りに取りかかった。

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