第8話



休みを挟んで、出勤日。

ニナの出勤ルートにヴァンは現れなかった。



仕事もまわされない。

お茶出し当番の日も給湯室に来ない。

お茶を出しても、「ありがとう」と目も合わせず言う。

自分に向けられていた笑顔を、他の女子達に振り撒いている。



ニナに、いつも通りの、平和が戻った。







ニナに平和が訪れて、早1ヶ月。

いつも通りで、平穏な毎日。

しかし、ニナの心は荒れていた。



「だぁぁあああっ!!!なんなの!!けろっと態度変えて!ムカつく!むーかーつーくーぅぅうう!!」



今週の勤務が終わり、自室で暴れるニナ。

両親に聞かれないよう、枕に顔を押し付けながら言葉を吐き出している。



「ムカつくムカつく…あっけなく諦めるアイツも…私の脳内の邪魔するアイツも…!」



ニナは、ヴァンにアタックされるようになってから、ゲームが手につかなくなっていた。



そして、ふと気付いた。



––あれ?…私、何意識しちゃってんの…?



「…ありえんありえんありえん。あんな胡散臭い男。絶対裏がありそうな男。無理無理。攻略対象外。」



しかし、振り払っても振り払っても、脳内から消えてくれないヴァン。



––ダメだ。一旦、落ち着こう。



ニナは夜の街に出た。



向かった先は、バッティングセンター。



––カキンッ!


−–カキンッ!


––カキンッ!


––♪♪♪ ホームラーン!



ニナは、むしゃくしゃするとバッティングセンターへ来て、1人でひたすら打つ。腕前は、周りの人間が見入るほど。



「…ふぅ。ちょっとスッキリ。」



ニナは自動販売機へ向かうため、個室を出た。



「お姉さん、すっごいね!見てたよ!1人?」



ニナが振り返ると、チャラそうな男2人組。

ニナは無視する。



「そんなビビんなくていーよ!ねぇねぇ、1人なら、俺らとこれから飲みに行かない?」



––面倒臭い。どうせアードゥが見つかるまでの遊びのくせに。



ニナは構わず自動販売機へ向かおうとした。



「…なぁ、無視すんなよ!」



1人の男がニナの肩に触れ、強引に振り向かせた。



––あ、まずい。



「ごめん、待った?」



聞き飽きたはずだった声…ヴァンが近寄ってくる。



「な、なんで…」



ニナは驚きすぎて動けないでいる。



ヴァンは、男2人を睨みつける。



「…君達は?」



「…んだよ、男連れかよ。」



男達は舌打ちをして去って行った。



「…1人?」



ヴァンと久々に目が合う。



「…はい。」



「…こんな遅くに、1人でうろうろしてたら危ないよ。」



「…はい、すみません。…ありがとうございました。」



「いーえ。帰るなら送ろうか?…まぁ、嫌か。タクシー呼ぶよ。」



ヴァンが携帯を取り出す。



「…!」



ヴァンは、驚いた。



ニナが、自分の腕を掴んでいる。



「…あの、お、送って…ください…。嫌じゃなければ…。」



「…も、もちろん…。」



お互いたじろぎ、変な空気が流れた。






帰り道、しばらく沈黙が流れた。



そして、沈黙を破ったのは、ヴァンだった。



「…上手いんだね、バッティング。」



「あ…はい。昔からやってるので。」



「よく行くんだ。」



「はい。むしゃくしゃすると、つい行っちゃうんです。」



「…むしゃくしゃしてたの?」



「!…まぁ…そう、ですね…」



「何かあったの?」



––お前だよ!

と、ニナは心の中でツッコむ。



「…大したことない悩みなんで、大丈夫です。打ったらスッキリしました!」



ニナは無理無理ニッと笑う。



「…そっか。良かった。僕も、思い詰めた時とかによく行くんだ。」



ヴァンは少し微笑んだ。



「…思い詰めてたんですか?」



「あ…いや、僕も大したことない悩みだから、もう大丈夫。」



「そうですか…。」




そして、家の前に着く。



「ありがとうございました。わざわざ、すみませんでした。」



「いいえ。じゃあ、また職場で。」



「…はい。」



ヴァンはニナから離れていく。



「…あ、あの!」



ニナの声に、ヴァンは振り返る。



「ん?」



「…食事、行きませんか。」



「…え?」



「食事!今度行きませんか!」



ニナは顔を真っ赤にしている。



「…!も、ももちろん…!」



また、くすぐったい空気が流れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る