第6話



「僕はニナと一緒になりたい。ニナもそうでしょ?」



ヴァンはニッコリ笑う。



「ちょ、ちょっと待ってください…こ、心の準備が…。」



「…急なことで、戸惑っているんだね。うん、僕はいくらでも待つよ。ニナが、素直に心を開いてくれるまで。」



ヴァンはスーツを着直した。



「今日は帰ろう。送るよ。」



「い、いえ!結構です!すぐそこなので!じ、じゃあ!お疲れ様でした!」



「あ、ニナ!」



ニナは逃げるように、走って帰っていった。






家へ着くと、すぐさま風呂に入る。



「…うそだ…うそだうそだ…ありえない…こんな……。」



ニナはぶつぶつと独り言を呟く。

全く状況が飲み込めないでいた。



風呂から上がり、髪も乾かさないまま自室へ向かおうとする。



「ニナ、ご飯は?」



「…いらない…。明日食べる…。」



ニナは静かに自室へ入った。



「…ニナ、どうしたのかしら…。」



母が心配する。



「…仕事で、失敗したのかもしれんな。しばらく、そっとしといてあげよう。ニナが話したくなった時は、2人で聞いてあげようか。」



父が言う。



「…そうね。」



母は、ニナの分の夕食にラップをかけ始めた。





ニナは布団に潜り込む。

せっかく新作ゲームを楽しみにしていたのに、ゲームどころではなかった。



…どうしよう。私が私でなくなるの…?



…私も、魔法に飲み込まれるの…?



…こわい…。こわいよ…。



ニナは目に見えない恐怖に1人泣いていた。




−–−



翌日。

今日は、ニナの妹マリアナがアードゥと新居に引越しする日である。既に新居で過ごす日が増えていたが、荷物の運び出しが終了したため、今日完全に実家を離れる。



「身体に気をつけてね、マリアナ。」



母がマリアナを抱き寄せる。



「うん、私、幸せになる。」



母とマリアナは涙ぐんでいる。



「…式の日取りが決まったら、連絡しなさい。」



父が言う。口下手なので、こういった挨拶しかできないようだ。



「うん、わかった!」



マリアナはニコッと笑う。



「…お姉ちゃん、元気でいてよ。お姉ちゃん、私がいないと干からびそうだから…。」



「…心配しないで、元気でいるから。マリィこそ、喧嘩したらすぐ帰ってきなよ。」



「大丈夫だよぅ!お姉ちゃんも、いつでも遊びに来ていいんだからね!」



「…はいはい。そのうちねー。」



「もぉ。…お姉ちゃん、大好き!」



マリアナがニナに抱きつく。



「私もだよ!何かあったら、すぐ言ってね。」



「うん!…じゃあ、いってくるね!」



少し離れたところに、アードゥが待っている。

マリアナはこちらに大きく手を振った後、アードゥの胸に飛び込んだ。



アードゥはこちらに深く礼をし、マリアナをエスコートする。



そして車に乗り込み、新居へ出発した。




「…行っちゃったね。」



「そうね。…アンタも、頑張って追いつきなさいよ。」



母は、ニナの背中を軽く叩いて家の中に戻った。続けて父も家に戻る。



ニナは、しばらく車が通った跡を見つめていた。

ニナはマリアナが大好きだ。マリアナの幸せを誰よりも願っていた。



だからこそ、複雑な思いを人一倍抱えていた。

自分が心から愛する人と、幸せになって欲しかった。




「…やっぱ、魔法なんて…クソくらえ。」



ニナは、拳をギュッと握りしめた。




–−−




そして、出勤日。



ニナは吹っ切れていた。



––私は、絶対に魔法に勝つ!屈しない!魔法なんて、クソくらえだ!魔法に勝って、今まで通りゲームと漫画を楽しんで、自分自身の心で恋をするんだ!



心にそう誓い、力強く家から一歩踏み出した。



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