焼き鳥は、ただ肉を串に刺す簡単料理と言うわけじゃない

れん

単和 居酒屋の開店準備

「大将、掃除終わりましたー。消毒もばっちりです!」

「おぅ。ありがとう。次は枝豆用意してくれ」


バイトの女の子に次の指示を出しながらも自分の手は止めない。居酒屋の開店準備は忙しい。


特に、うちのような個人経営の小さな店はバイトもこの子1人しか雇えていないので、やることは多い……本当は、収入的に雇う余裕もないから求人も出していなかったが、働かせてほしいと押し掛けてきたのだ。


「はーい。そのあとは山芋と大根の準備ですよね?」

「おう。頼むなー」


店内をきれいにし、食中毒を起こさないために衛生面にも気を使うし、いかに美味くて酒の進む料理を手早く提供できるかはこの仕込みにかかっている。手は抜けない。


出汁をとり、調味料を補充し、サラダ用の野菜をカット。揚げ物油を温め、薬味を予め準備して、タレの量を確認。


そして、焼き鳥の仕込み。これが大変なのだ。


客は注文に困ると「とりあえず生と、焼き鳥適当に盛ってきて」という。


とりあえずと言うが、焼き鳥はただ肉を切って串に刺す簡単料理じゃない。奥深い料理なのだ。


鶏のモモ肉は塊で仕入れるので骨をはずして切り分けないといけない。


肉が分厚いと火が通りにくく、脂が多い皮がつきすぎていると焦げやすい。


「大将。串打ちって、難しい?」

「ん? やってみるか? 失敗したら、今日のまかないにするからやってみろ。覚えてくれれば俺も楽になるしな」


今でも充分助けられてるけど、本人が興味あるならやらせてみるのも一興か。


「ただ肉を串に刺すだけでしょ? 簡単じゃないですか!」

「だいたいみんなそう言うな……まぁ、やってみたら解る」


真ん中に串を通さないと形が歪むし、波打つと焼け方にばらつきがでる。


小さな肉と大きな肉を用意し、上を大きく下を小さく。見栄えも意識してバランスをとる。


一番よくでる串は多めに刺す。鮮度が大事なので、刺しすぎにも注意しないといけない。


「あれ、上手く刺さらない……なんで?」


「だろ? まぁ、最初から上手く刺されたら、俺の立場がないんだけどな。焼くのだって工夫しないといけないし、塩胡椒の量も肉によって変えないといけないし、焼き台の位置で火力が違うから配置も気をつけないといけない。早く焼ける串を火力が強いところに置くと早く焼けて時間がかかる串と時間差ができる。冷めると不味くなる。シンプルだからこそ工夫するポイントがいっぱいあって、そこに差が出るんだ……そこが、面白いんだけど」


「むぅ……なんか、簡単だと思ってただけに、うまくいかないと悔しいですね」


「悔しいと思うなら、見返すくらい上手くなるんだな。まぁ、お前はうちの看板娘ポジだし、串が打てなくても充分助かってる……それに、上達する前にいなくなりそうだけど」


薄給で多忙。仕事が終われば油と煙のニオイで全身が臭くなる。まかない飯が出るくらいしかメリットがないこんな小さな居酒屋、学生の女の子は長続きはしないだろう。


今まで全部一人でこなしてきた。

それを補助してくれるだけでも助かっているのに、それ以上を望むのは贅沢と言うもの。


「……絶対、見返してやります!」


「おー、頑張れ。できるようになったら、何でも言うこと聞いてやる。この店で一番高い酒も奢ってやるわ」


「言いましたね? 絶対ですよ!?」

「男に二言はないよ。まぁ、頑張れ」


……そんな約束をして早数年。


「大将、串打ち以外終わりましたー」

「おう。じゃあ、串打ちやるか」


彼女は今日も俺の隣で串を打っている。


「……ほんと、上達したな」

「お願いなんでも聞いてもらえると言われたら、頑張りますよ」


「だからと言って、結婚して永年雇用しろって言うか、普通……こんな居酒屋に嫁いでも、良いことないだろ」


「何度も言いますけど、私は大将の料理に惚れたんです。胃袋を捕まれたんです。責任とるべきです!」


「なんだよ、責任って……料理食べるだけなら客でも良かっただろ」


「……料理する姿が格好いいのもあるんです。それを一番間近の特等席で見続けたいんです。もう……恥ずかしいこと、言わせないでください」


「お、おぅ……そっか」


関係性は店主とバイトではなくなったけど、彼女は今も、隣にいる。

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焼き鳥は、ただ肉を串に刺す簡単料理と言うわけじゃない れん @ren0615

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