第2話 昨日の朝の事

 中高一貫校である紫凰院しおういん学園の入学式前日、私は広継ひろつぐ伯父様に大事な用が有ると、秋素戔宮本家宅に呼び出された。本家宅と言っても、私の家も本家の敷地内に有るので、直ぐに行けるんだけどね。

 座敷の襖を開けると、オールバックの長い黒髪を後ろで纏め、精悍な顔立ちに覇気を纏う、20代半ばに見える着物姿の男性が、畳の上で正座をしながら私を待っていた。切れ長で鋭い目付きの紫色の瞳が、座敷に入って来た私を見る。

 私を見た瞬間、にへらっとだらしない顔になる。


「御当主様、秋素戔宮 真緒、罷り越しました」

「おお、真緒ちゃん来てくれたか! 堅苦しいのは無しだ。ささ、こっちに来て座りなさい」


 この人は第123代秋素戔宮家当主、秋素戔宮 広継、私のお母さん秋素戔宮 雛子ひなこの兄、広継伯父様だ。

 伯父様とお母さんは14歳も年の差が有る兄妹で、そのため私は伯父様に孫の様に扱われているんだよね。あ、伯父様もお母さんも、ちゃんと同じ両親から生まれているからね?

 ちなみに、伯父様は49歳で、お母さんは35歳だね。

 ついでに言うと、私は12歳だよ。えっへん!


 広継伯父様は横に座る様に言うが、一族の長としての正式な呼び出しなので、私は下座に座る。


「真緒ちゃん。そんな離れた所に座らなくても良いのに……」

「それで、広継伯父様、何用ですか? 明日私は、紫凰院学園への入学式が有るのですが?」


「真緒ちゃん硬いよ? うん、改めて紫凰院への入学おめでとう。今日呼び出したのは他でもない、秋素戔宮家の者として、真緒ちゃんも討滅士デビューして貰おうと思ってね」


「討滅士デビューですか……、秋素戔宮育ったのこの身ですし、それは構わないのですが。何時です?」

「今日」

「ん?」


「可愛く小首をかしげてるけど。今日だよ真緒ちゃん」


「え? 本当に今日なんですか? 明日私の入学式なんですけど!?」


 何時かは来る物と思っていたけど、まさか今日が私の討滅士デビューですかそうですか。


「いや~、仕方がないんだよ。本当は、春休みに入って直ぐの予定だったんだけどねぇ。でも、伯父さんも忙しくてね。今日しか時間取れなかったんだよ~」


 広継伯父様が、「いや~、すまんすまん」と言った感じで私に謝って来るけど、別に伯父様が私の初陣に付き添わなくても良いのでは?


「伯父様、別に伯父様が無理して私の初陣に付き添わなくても、天軌たかき兄様や恵美瑠えみるお姉様に見て貰えば全く問題ないと思いますけど?」

「伯父さん、真緒ちゃんの初陣をなんとしても見守りたかったからね!」


 見守りたかったって、食い気味で返されてもなぁ。

 そうそう、天軌お兄様と恵美瑠お姉様は伯父様の子供、つまり私にとっては従兄姉言う間柄である。

 天軌兄様は現在23歳、伯父様の後継として、秋素戔宮グループの企業を幾つか任され、討滅士としても活躍している。

 恵美瑠お姉様は21歳、今年の春から大学四年生で既に企業しており、就職活動をする必要がないため、悠々自適なキャンパスライフを送っている。勿論、討滅士としても活動しているね。

 あとこの二人も、お兄様とお姉様って呼ばないと、悲しい顔するのでそう呼ぶようにしているよ。あ、考えてて思ったけど、天軌お兄様は、どちらにせよ忙しそうだし、無理だったかな?


「はぁ~、それで伯父様。私の初陣は、何所で何をするのです?」


「あ~、それね。真緒ちゃんには北界深域ほっかいしんいきで、怪異を40体討伐して貰おうと思います」


「えぇ!? 北界深域って、あの北界深域ですか!?」

「そそ、あの北界深域だよ。真緒ちゃんも討滅士に成ったら必ず関わるだろうし、如何せなら初陣は此処にしようと思ってねぇ。だから伯父さんが付添人なんだよ……天軌も恵美瑠も相当ごねたけど」


 最後にボソッと、伯父様が何か言ったけど。

 本当に今日、北界深域に行くのだろうか?


「それ、今日の話なんですよね?」

「今日の話だねぇ」


 如何やら本気で、北界深域に行くようだ。

 関東領から北領へ行くなら、飛行機で行くしかないよね。

 ちなみに、関東領とは2034年以前の、一都六県と呼ばれていた地域の事で、かつての地名は今も残って居るね。


 北界深域とは、一般の人達には知られていないが、退魔士界隈では良く知られている場所だ。

 第三次世界大戦と言う名の、神々の小競り合いが行われたおり、当時北海道と呼ばれていた所で、北海道の大部分を含む周辺地域と周辺海域が、表向きは核攻撃の放射能汚染で進入禁止となった。北領閉鎖地の事だ。

 表向きと言う言葉の通り、実際は核など使われていない。

 ただ、神々の小競り合いの影響で、世界に穴が開いてしまったのだ。

 その穴は、世界に折り重なる様にして存在する異相空間を貫通し、世界のエネルギーを生み出す亜空間の底、即ち奈落の底への大穴が開いてしまったのだ。

 神々が暴れた所為で、文字通り底が抜けてしまったのだ。開いた大穴の底に、北領閉鎖地と呼ばれる場所は、文字通り奈落の底へ沈み、一般の人達が知る北海道は無くなってしまった。

 この時開いた大穴は既に塞がったが、亜空間から溢れた超高密度の混沌の所為で、北領閉鎖地は非常に危険な重深度異界領域と成ってしまい、閉鎖地付近も十二分に危険な中深度異界領域と化している。そして、北領の他地域も漏れ出た混沌の影響で、何が起こっても可笑しくはない、大変危険な土地と成っている。

 札幌市の中心から、東側を円状にくり抜く様に、北領閉鎖地の閉鎖線が広がっている。昔の地図で見ると、キュッとすぼまってる所の先、全てが北領閉鎖地であり、北界深域と呼ばれる異界なのだ。

 北領には多くの退魔士が集まっており、怪異の討伐や浄化による混沌の昇華と、空間の安定に力を注いでいて。同時に奈落の底へ沈んだ北海道の、物質界領域のサルベージも行っている。

 これらの鎮静化や北海道のサルベージ等、実際の所神の力を以ってすれば造作もないのだが、当然それを邪魔する神々の派閥が存在し、上手く行っていないのが現状だ。邪魔をしているのは、例の小競り合いをしていた派閥の中でも、悪神,邪神達を中心とした幾つかの派閥で、そう簡単には行かないと言う訳。


「伯父様。本当に北界深域に入るなら、私は明日入学式、確実に欠席に成ると思うんですけど?」

「え……? ああっ! そうか忘れてた! 今北界深域に入るには、閉鎖ゲートの手続きが必要だったか! ゲートに行くのも時間が掛かるし、余計にダメかぁ!」

「漸く気付きました? 伯父様、今日一日しか時間が無いんですから、北界深域に行くのは、如何考えても無理ですよ」


 閉鎖線とゲートが出来る前ならまだしも、今はあんな危険な所にそう簡単に侵入できる訳ないのだ。それに、今日仮に北界深域に向かったら、手続きの関係で帰って来られるのは、明後日になるは確実だ。ちなみに、海や空から北界深域に入る事は出来るがオススメしない、何にせ未帰還率100%だからね!


「う~ん、そうか。ならば、予定を若干変更して、北領閉鎖線付近での怪異討伐にしよう」

「ふぅ~、それなら何とか、入学式には出られそうですね」


 急いで身支度をした私は、伯父様に連れられ、既に手配して有った北領行きの飛行機に乗り、おおよその新人退魔士が、初陣を迎える様な場所ではない、北領と言う危険地帯に向かうのだった。

 これは私が退魔士じゃなくて、討滅士だからだろうか?

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