JM
Hiro
序
その男はただ『教授』と呼ばれた。
彼を名前で呼ぶ者はなかった。その名を呼ぶことは憚られるとでも言うように。
それはある種の敬意から来る感情だった。畏怖と嫌悪を敬意と呼ぶことができるならば・・・。
そう。彼を知る者は誰もが彼を恐れた。
私もその一人だった。親の仇であるはずの彼を心の底では憎みつつ、敬愛していた。
彼は言った。
「私と共に来るがいい。君の父上は立派な人だったが、君ほどには優れていなかった。優れた人間が生き残る。それがこの世の摂理だ」
彼は『摂理』とか『論理』という言葉を好んだ。
私は彼の摂理に従った。納得したわけではなかったが、受け容れるしかなかった。
人は力のある者を愛する。
私は彼の持つ権威と権力の前に膝を折ったのだ。親への愛も家への誇りも捨てて。
彼はそれほど強力な人間だった。ただ、暴力は彼の好むところではなかった。『教授』という呼び名が示すとおり、知的で物静かな人間だった。しかし、彼は自らの持つ力の強大さをよく理解していた。怜悧な仮面の裏で野望を抱いていた。誰も思いつきもしない大きな野望を・・・。その野望の舞台は世界だった。全世界を彼の前に跪かせること。そんな途方もない絵空事が、彼の頭の中では整然と、着実に、実現に向けて進行していた。世界を敵に回してさえ、彼の知性と論理は揺らぐことがなかった。
そこが彼の魅力だった。
そのスケールの大きさに圧倒され、人々は彼の前に額ずくのだ。彼を前にして人々が抱く感情は恐怖だった。暴力こそ使わないが、彼は人々の感情の機微を捉え恐怖を喚起する術に長けていた。彼は恐怖によって人を支配した。
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