そっと煙の中に隠した

曙雪

そっと煙の中に隠した

 女の子は、小食で、お酒が飲めない方が可愛いなんて誰が決めたんだ。

 肉の焼ける香ばしい香りが店の中に充満している。目の前で上がる煙は少し鬱陶しいが、肉の匂いは一番よく届くし、何より焼ける様子を見るのは結構楽しい。

 「常々思うんだけどぉ、そんな子いるわけないじゃぁん。幻想なんて捨てろやぁ。」

 「仮にそんな子がいなくても、飲んだくれて絡み酒する女よりましなのはいるだろ。」

 「うるせぇ!あっ、お姉さん、ねぎま一つおねがいしまぁーす。」

 「あと、むねも一本お願いします。」

 泡が少なくなったビールをぐいっと飲む。ぬるくなっていて、炭酸も抜けたビールは美味しくない。次のビールを頼むためにもそのまま一気に飲み干した。

 「おまえなあ、その辺にしておけよ。」

 「こちとら傷心中なんだよ。飲まないでやってられっか。」

 遡ること一月前、合コンに参加した。そこで真面目そうな男と知り合った。大手企業にお勤めのイケメン。そりゃぁ、もう女子がこぞってアピールした。もちろん私も。上手いこといって、連絡先を好感して、食事に行くこと数度。一昨日、可愛げがないと振られた。

 全くもって大きなお世話である。というか十分可愛げある対応していたはずだ。なのに…。

 「あの野郎、自分よりも酒飲む女は無理って言いやがったのよ!」

 ダンとグラスをテーブルに叩きつけても、このいら立ちは収まらない。

 何様だっつーのよ。器がちっさいのよ。プライド高すぎ!

 「そんな男の何が良かったんだよ?」

 「顔と金。」

 「即答か。」

 はぁ、とため息をつきながらもなんだかんだこいつは私の愚痴に付き合ってくれる。いいやつだよなぁ。何で恋人つくらないんだろ。

 「俺なら、そんな思いさせないのに……。」

 嘘。こいつが恋人を作らない理由なんて知ってる。呟かれた言葉は聞こえないふりをした。

 やめときな、こんな女。君の隣に立つにはふさわしくないのさ。

 やってきたアツアツのねぎまにかぶりつく。

 塩のきいた鶏肉と甘いネギが最高。隣ではご丁寧に箸で肉を串から外していた。行儀のいいやつ。

 そういえば昔、塩かタレかで散々もめたなぁ。私は断然塩派だった。タレ派のこいつは塩なんて邪道だ!店がこだわるタレが最高なんだ!って騒いでいたっけ。

 ズキリと心臓が痛む。

 あと、どれくらいの時間が残されているのだろう…。

 ああ、残された時間はあと僅か。

 これは涙なんかじゃない。滲む視界は、目の前でくゆる煙のせいだから。

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