JADGEシステムを追え!

美作為朝

JADGEシステムを追え!。

『<公安05まるご>突入。<マルタイ>に接近しろ』


 春も間近のとある宵の口。

 最近は日が落ちるのがすっかり遅くなったものだ。

 ブルートゥースのイヤホンによって無線が警視庁公安課の刑事、永原仁ながはらじんの耳に入る。

 永原が薄手のコートのまま焼き鳥店「炭」に入店した。


「はい、いらっしゃい。どうぞ」


 店内のあちらこちらから店員が一斉に声をかける。

 飲食店特有の体育会系チックな大きな声と雰囲気。

 警察も同じだ。

 ドラフトは盛大にやっているがタレと鳥の皮と脂の焼ける独特の匂いが店内に充満している。

 L字型のカウンターに二三人。

 4人掛けのテーブル席が4つでそのうち二つのテーブルが埋まっている。


「一名様ですか?」


 ホール担当の大柄な店員が永原に声をかける。


「カウンターで」


 永原がカウンターの端の席を指差し店員に尋ねる。

 ここに座りたいという意思表示。


「はい、どうぞ」


 永原はL字型の入り口に一番近い席に座る。

 裏口にはカウンターを乗り越えないといけない。

 目の前は炭火である。

 まず無理。

 この席だとすべての客の出入りを監視できる。


「まず、ビールと<かわ>と<み>と<きも>を」

「はい、ビール一丁、<かわ>、<み>、<きも>」


 店長らしき炭火の前で忙しく焼き鳥を焼いていたスキンヘッドの男が復唱する。

 同時に氷の入ったお冷がとんと永原の前に置かれる。

 

 <マルタイ>(捜査対象者)は、L字の角の向こうカウンター席のど真ん中に堂々と居る。

 今、食べているのは<つくね>。

 皿の上には大量の串。

 余裕たっぷりに日本酒まで呑んでいる。

 顔色と目つきから見て相当酒が進んでいる。

 <マルタイ>は、中肉中背。都内の盛り場ならどこにでも居てどこにも居ないタイプ。

 平日だがスーツ、ネクタイではなくカジュアル。

 一見し職種までは当てられない服装と雰囲気。

 名は指宿武志いぶすきたけし41歳。

 本籍地は群馬県。

 平成9年に都内の有名私立大学に進学。警察はすべて年号で数える。

 そこで過激派の活動に参加するようになる。

 大学は二年留年した後に中退。

 その後職は転々。警視庁ですら追跡不可能。

 現住所は免許証でのみ確認しているが居住実態は不明。

 高卒でどうにか警官になった永原からするとこんな有名大学まで通ってどうして社会からはみ出るようなことをしなければならないか全くわからない。

 数時間前、私鉄の車内でいつもと同じ5両目前から二つ目の左扉の近くで<六本木防衛省>のJADGEシステム担当の二佐の幹部自衛官と接触。

 両名とも、もう年単位で公安が行動確認を掛けている。

 公安の課長はそこで抑えるつもりだったらしいが、ビビったか、<防衛省六本木>から<警察庁千代田>に横槍が入ったか、あるいは組織のもっと大元に当たりをつけたかったか。

 何があったか永原は知らないが、課長は完全にためらい二の足を踏んだ。


 永原と別の班が現役の二佐の<ガラ身柄>は駅の構内から出て、誰もがふつうにする道の真ん中で中途横断したところを道路交通法違反で抑えた。

 しかし、ハズレ。

 JADGEシステムの一部が入ったUSBメモリーを二佐は持っていなかった。

 

 だが、今ここで<マルタイ>に<バン>(職質)をかけると確実に2TBのUSBメモリーごと抑えられる。

 いや筈だ。


「はい、おまちどうさまでした」


 オーダーしたメニューがカウンターから太い腕から運ばれて出される。

 ためらったが先にビールを飲まないほうが不自然だ。

 ビールを普通に煽る。

 この程度では酔わない。


「大将、お勘定」


 とか、色々永原が考えていたときに<マルタイ>が声を発し立ち上がった。

 永原は<マルタイ>を二度見して凝視する。

 店外の道路の反対側で停車中の覆面パトにいる班長からは店内の様子は見えないはずだ。

 自分が判断するしかない。

 <マルタイ>がレジに行く前に、永原は席を立つと<マルタイ>の目の前に立ち声をかけた。


「そこまでだ」


 それと同時に奥のテーブル席の三人も立ちあがり<マルタイ>に詰め寄る。

 この三人も公安の刑事である。

 <マルタイ>の前後を三人と永原で囲み、計4人で制圧。

 逮捕術の応用で二の腕の上腕をくいっと掴む。

 永原はチラッとだけ警察手帳を見せ尋ねる。 


「任意で今ここで、持ち物検査をしたいが」


 <マルタイ>がこくっと頷く。

 職質慣れ否、警察との対応慣れしてる、と永原は思った。

 おそらく叩けば別名義で<マエ前科>があるはずだ。

 店内の客が怯えた表情で永原たちを見る。

 <マルタイ>はカバンすら持っていない。

 ただ、夕食に焼き鳥屋に入っただけという風体。

 永原が率先し、ざっとボディタッチで持ち物を探る。

 財布、鍵、携帯。

 これだけ?

 うそだろ。

 

「もう店外に連れ出しますか?」


 三人のうちの一人の刑事が恐る恐る声を出した。  

 もう既に永原は<マルタイ>の胸ぐらを掴むと顔近づけ言っていた。


「USBメモリーはどこだ?」

「持っていません」


 静かな笑みさえ浮かべて<マルタイ>は答えた。


『<公安05まるご>状況を報告せよ、繰り返す。<公安05まるご>状況を報告せよ、』


 永原は崩れるように近く座席に座り込んだ。

 

*******************************


 その後、焼き鳥屋「炭」は、機動隊二個中隊、金属探知機まで導入し隅から隅まで

捜索したが不審物ならびに目当てであるUSBメモリーは出てこなかった。

 

 二ヶ月後、「炭」のスキンヘッドの大将が午前中に仕込みの作業をしているときに独り言を言いだした。


「駄目だな、この包丁もう切れねえな。名和くん、研師の笹岡さんところに電話してくれる?」

「はい」


 大柄な店員が答え携帯で電話をかけた。

 その昼過ぎ。

 USBメモリーが柄に仕組まれた包丁は研師のところへ運ばれた。

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