第七話 クエスト

決意を固めたのはいいものの、まずはレジーナを探さないといけない。


突如抑揚の無い声が頭の中で木霊する。


『【捜索クエスト】

レジーナ・スピリッツの捜索』



目の前に画面が浮かびあがる。


しばらく画面を眺めていると、じっとしらたまキツネが俺の方に視線を向けている。


(ずっと命の泉を眺めてるけどどうしたのかむ?

水をもっと飲みたいのかむ?

それとも泉にいる水蜘蛛食べたいのかむ?

でもその水蜘蛛前食べた時あんまり美味しくなかったむよ…)


視線を気にせずに画面を眺めていたら、しらたまキツネの見当違いな心の声が聞こえる。


しらたまキツネには俺が泉を眺めているように見えるらしい。それでこの画面は俺以外の人間には見えないという可能性に気がつく。


そしてどうやら俺は今、しらたまキツネに水蜘蛛も食べたがる大変偏食な赤ん坊だと思われているようだ。

とても心外な事だ。

例えしらたまキツネの容姿がどれだけ可愛かろうと許されるものでは無い。

俺は最も完璧で素晴らしい人間だと自負している。

そんな泉にある水蜘蛛を食べたいなどと考える人間では決してない。


弁解をしようにも、赤ん坊になったせいで上手く舌が回らない。こんな状態で1つ1つ弁解し、理解してもらうことは大変難しい。


テレパシーなんていう俺が必要を感じないスキルよりも、話すことが出来なくとも相手に思っていることを伝えられるスキルの方が圧倒的に役に立つと感じるのは俺だけだろうか。

しかしアイツと俺の感性が似ているわけがないし、アイツと俺の感性が似ているというのはごめんだ。

諦めて、適当に誤魔化してみるしかないのだろう。

だが誤魔化すってどうやるんだ?


男性の快活な声が聞こえる。


『誠治はもっと笑った方が良いよ。笑ってたら少しは男前に見えなくもないからさ!』


これを言ってきたの誰だっただろうか。

部下のような気もするが、少し違う気もする。

部下だったらこんなにも込み上げてくる懐かしさはない。きっと違う人なのだろう。それに部下の分際で上司である俺を呼び捨てをするのは常識的にもありえない。もし部下だとしたら少なくとも3回くらい膝蹴りをお見舞いしてやるところだ。


でも部下以外に思い当たる人間が思い当たらない。


誰でもいいか。

もう前世の俺は死んだのだから、とりあえず今は誤魔化すことに専念しよう。


俺は精一杯貼り付けた笑顔をしらたまキツネに向ける。


――にいいいっこり――


(なんか…こわいきゅ)

プルプルプル


しらたまキツネが器用に体を小刻みに震わせている。


笑顔下手くそで悪かったな。


一生懸命動かない表情を無理やり動かして作った笑顔を不気味がられて悪態をつく。


「れじなしゃがしゅ てつらって

(とりあえずレジーナを探すから手伝って欲しい)」


「…むきゅー(…いいよ)」


しらたまキツネが恐る恐るグッドマークをあげる。


しらたまキツネの手はミトンのようにくっついているものだと思っていたので一つ一つ動かせることに驚く。

ふと、いつか「驚くべきしらたまキツネの習性」という題名の本を出版してみるのも悪くないかもしれない、なんてくだらない考えが頭をよぎった。



しらたまキツネが俺の方へと背を向ける。


「きゅ、きゅぅむ(さぁ、乗って)」


その小さくて頼りなさそうなしらたまキツネの背中に飛び乗り身を任せる。


飛び乗ったというのにしらたまキツネの背中はふわふわで全く痛くない。それに少しヒンヤリと冷たくて気持ちがいい。

今のうちにしらたまキツネを存分にモフっておこう。


しらたまキツネがゆっくりと歩きだす。


「きゃっきゅ むきゅうきゅうむ〜♪きゃっきゃむ♪きゅむキューむ

(むっかし昔あるところに〜聖女様と勇者様が〜いたとさ〜)」


しらたまキツネが上機嫌で歌を歌っている。

その歌はリズムと歌詞が頻繁にズレるし、微妙に気持ち悪い音だったりするのでおそらくしらたまキツネが即興で歌っているのだろう。

歌詞もしらたまキツネが作った物語だろうか?

小さい子供に読み聞かせる童話の内容の様な歌詞で物語調になっている。



しらたまキツネの歌が子守唄のようになり俺はまた意識を手放した。


◇◇◇


朦朧とした意識の中しらたまキツネの歌に聴き入っていると、遠くに鳥らしき物をを逆さにして持っている人型の形をしたモノが見える。


あれは…なんだ?


しばらく固まっていると人型の形をしたモノが振り返り俺の方を向いた。


――っアレと目が合ったかもしれない。いや、かもしれないじゃない…絶対合った。


直感で分かる。

アレは俺らの手に負えるモノじゃない。例えしらたまキツネがゾンビを倒せるぐらい強くとも、アレの前じゃなんの意味も無くなる。


アレと目が合った時から心臓が凄いスピードで鳴り響く。

自分の手が震えているのが見える。右手を左手で抑えて震えを止めようとするが、震えが一向に止まらない。

この状況をどうにか打破するために考えるべきなのに恐怖で思考が上手くまとまらない。

目の前が暗くなり、どんどん霞んでくる。

しまいには真っ暗になり、しらたまキツネが側に居たはずなのにもう一緒にいるのかさえも分からなくなった。

まるで暗闇の中でひとりぼっちだ。

このまま俺はアレに捕まって死んでしまうのだろうか?





恐怖に脅えている中、あの抑揚のない声が聞こえる。


『【恐怖耐性】【威圧耐性】獲得』


それはまるで暗闇の中にいる俺に一筋の光が手を差し伸べてくれた様だった。


うるさく鳴り響いていた心臓の音が急に鳴り止んで、視界も明るくなり、しらたまキツネがずっと俺のことを持ってくれていることが分かるようになる。


最悪なことにアレはもの凄いスピードで俺達の方へと走って来ている。

しかしさっきと違い、俺たちの距離が刻一刻と縮まっているのにも拘わらず心臓はうるさく音をたてなくなっている。

おまけにしらたまキツネの心配をする余裕まで出てきた。


しらたまキツネの背中から様子を窺う。


(…………。)


しらたまキツネもアレの異常さに気がついたのか、悲壮感を漂わせている。


なんか「死んだ」って思ってそうだな。


(終わったむ。)


ほぼあってる、流石俺だな。


そう呑気に自分を賞賛していると辺りが小刻みに揺れている。


地震だろうか?

地震ならば作戦によってはアレの注意を引けて逃げることが出来るかもしれない。

希望が見えたかのように思えたが自分の周り以外揺れていないことに気づく。


下を向くとしらたまキツネが小刻みにカタカタ震えている。


そりゃそうだ。さっきまで俺も恐怖に苛まれていたのだから。

俺は音声に救われ、落ち着いていれていれるが、しらたまキツネは違う。

1人で戦ってるんだ、俺が声をかけないと。


上手く回らない舌でも、気持ちさえ伝わればいい、どうせアレには何処にいるのか初めからバレているのだからどれだけ大きな声を出しても大丈夫だ。


手を強く握りしめて腹からできる限り大きな声を出す。


「にげりゅ!(逃げるぞ!)」


しらたまキツネは俺の精一杯の声で意識が戻ったのか途端に駆け出す。


後ろから感じるただならぬ気迫で、アレは速度を落とすことなく寧ろ速くなり、俺たちとアレの距離が縮まっているのを悟る。

このままではどっちもアレに捕まる。

アレは俺と目が合ったから追ってきている。

俺さえ捕まればしらたまキツネは助かる可能性は充分ある。

そうでなくとも、しらたまキツネが逃げる時間稼ぎ程度にはなるだろう。


一番いけないのは、俺を担ぎながら逃げてくれているしらたまキツネを巻き込むことだ。

俺は既に人生を1回歩み終えたがしらたまキツネは違う。

命の重みというものがあるとするならば、俺としらたまキツネの重みは月とそこら辺の石ころ程違う。


しらたまキツネの逃げる時間稼ぎになるような丁度良いタイミングを図るために勇気を振り絞り、勢いよく後ろを振り返る。





あれは――レジーナか?

正直視界がぼんやりしていて、絶対とは言いきれないが、少なくともレジーナと同じ翠色の髪の色をしている。


『【捜索クエスト】

レジーナ・スピリッツの捜索完了 レベルB』


目の前に画面が映る。

やっぱりレジーナだったようだ。

これに書かれているレベルBとは評価のことか。


しらたまキツネの足が急に止まる。

レジーナを向けていた顔を前に向けると目の前に壁が広がっている。


レジーナから逃げ回っていたら行き止まりに来てしまったようだ。



(行き止まりだむ〜!?

もう近づいてこないでむ!来るな来るなむ!)


しらたまキツネがどうしようかと手足をさまよわせている。

そしてレジーナは謎の大きな鳥を左手で持ち、右手にはナイフを持ってズシャズシャと足音を立てながらズンズン近ずいて来ている。


いつもは麗しい令嬢のようなレジーナだが今はか弱い動物を虐める山賊のように見える。



(エトワールちゃんにコカトリスを捕まえているところを見られてしまいましたわ!!レジーナ・スピリッツ一生の不覚です。)


コカトリスというレジーナのような淑女と縁もゆかりも無さそうな単語が聞こえ、耳を疑う。


コカトリスって雄鶏とヘビを合わせた姿の毒を持ってたり、視線で敵を殺すことが出来る伝説上の化け物だったよな。

レジーナのような淑女が捕まえてもいいものじゃないと思うのだが、というか綿の代わりを探していたんじゃ…。


綿の代わりを探してコカトリスを捕まえて来たという事実に気づき、あまりのレジーナの破天荒さに言葉を失う。


もっと他にちょうど良さそうなのがあると思う。

 

「むきゅ!!!!」


途端にしらたまキツネが油断しているレジーナの腕の下を猛スピードで通り抜ける。


(怖い人だむ!いやだむ、逃げるむぅ)


しらたまキツネの心の声が涙声になっている。


そりゃそうだ。

普通レジーナの様な人が居たら誰であろうと一目散に逃げる。

しらたまキツネに早くレジーナは良い人間(嵐のような人だけど)ということを教えなくては。


「あいじょーぶ。きゅわくない。

(大丈夫だよ。全然怖い人じゃないよ。)」


猛スピードで走り続けるしらたまキツネを落ち着かせようと撫でながら精一杯声を出す。


(あのキツネ…エトワールちゃんを連れて走りましたわね。

エトワールちゃんに何か危害を加えるつもりかしら。

速やかに捕獲しなくては、小型生物を殺傷するのは気が引けますがエトワールちゃんのためならばそんなこと気に留める必要もないですわ。)


レジーナが右手に持っていたナイフを握りしめ、戦闘態勢に入る。


「そこのキツネ速やかに止まりなさい!」


――ドタドタドタ――


「むきゅー(無理無理、怖いむ!)」


レジーナの声に負けないくらいしらたまキツネが泣き叫ぶ。

これは早急にどうにかしないとしらたまキツネがレジーナに殺られる。


「あってれじーな!きちゅねいいやつ!

(待ってレジーナ!しらたまキツネいい奴だから!)」


レジーナが俺の言葉を聞いて息を飲む。


「――――っ。」


俺の言葉がレジーナに伝わったのだと安心したのもつかの間。


(エトワールちゃんが一生懸命に助けを求めていますわ)

違うそうじゃない。


(こんなに頑張って流暢に…感激ですわ!)

伝わっていない時点で少なくとも流暢に話せてないね。


「待っててくださいねエトワールちゃん今すぐにでも助けて差し上げますわ!」


恐ろしいすれ違いに上手く話せないことへのもどかしさが募る。

話したせいで余計にレジーナの殺る気が強くなってしまった気がする、このまま俺が伝えようとしても今のようなすれ違いを起こしてしまいそうで伝えるのが怖くなる。


「むきゅ―きゅぅぅきゅ!(怖いよーうわぁあんママ!)」


しらたまキツネが泣く→俺が誤解を解こうとする→レジーナが殺る気になる。

最悪な悪循環に俺は頭を抱える。

考えろ、28年も無駄に生きてたのか。

早く得策を考え出さないと大切な2人が傷つけあってしまうんだぞ。



――ドンッ――


なんの音だ。


大きな音に1度思考を停止させ、音のした上の方を見上げる。そこには大きな白い塊があった。


よく目を凝らすと白い塊ではなく、前に包み込まれた大きな狐だとわかる。

以前しらたまキツネに【仲間召喚】で呼び出されたのと同じことをしたのだろう。

あの大きなキツネはしらたまキツネの母親だったんだな。


納得するのと同時にある懸念が新たに生まれる。

レジーナとしらたまママ戦闘になるのではないか、という。


(今度は大きなキツネ…

仲間を呼んだのですわね。

随分と小賢しいキツネですこと。

少し苦戦を強いられるかもしれませんが、これで手加減する必要も無くなりましたわ。

こちらも全力で戦わせてもらいます。)




絶対今こんなことを考えている場合ではないとわかるのだが、今ほど『私(俺)の為に争わないで!』と言う絶好の機会は多分この先来ないだろうな。なんて本当に今考えるべきではことが頭をよぎる。


自分の中で乗り気な自分とその心を自制する自分とでせめぎ合いをする。


言って良いのだろうか?

ダメに決まっているだろう。


君はこの先、生きていく人生の中で『私(俺)の為に争わないで!』と言える場面が目の前に広がることが何回あると思う?

おそらく今回だけしかないだろうな。

少なくとも前世では1度もそんな機会はなかった、だが今言うべきことではない。


『私(俺)の為に争わないで!』と言うハードルが高すぎると僕は思うんだよ。

急にどうした。


僕の中で言える人間の条件の第1条件と定義してある「女性」はもう1回生まれ変わらない限りありえないし、

勝手に話を続けるな。そんなことは言わない。


第2条件にある、女性の中でも相当なモテる方or電波系も難しいじゃないか。

だけどその2つの難関条件を打破する存在がいるんだよ。それは赤ん坊。赤ん坊は話せないことを除けば、基本的に無条件で可愛がられ何をしても許され、愛される。

とどのつまりこれは男として生まれた君が唯一このセリフを言える大切な機会であるはずなんだ。

赤ん坊であるから出来る今だけの特権…これって素晴らしいことだと思わない?


…………。


「おりぇのためにあらしょわないで!(俺の為に争わないで!)」



戦闘態勢に入っていたしらたまキツネママとレジーナが動きを止め、辺りに静寂が広がり、視線が全て俺の方へ向けられる。



…なんだ、なにか文句でもあるのか?

いいぞ。文句だろうとなんだろうと受け止めようじゃないか。

俺じゃなくて俺を唆した悪魔が…だけどな。

だがな、あんなプレゼンされたら仕方ないじゃないか。

言う以外の選択肢なんてないじゃないか。


だいたい俺は限りなく完璧に近い人間なんだぞ。少しくらい羽目を外さなくては疲れてしまうじゃないか。

これは少しの範疇内だ、きっと余裕で許される…はずだ。


場の静寂に耐えかねて心の中で赤ん坊の様に拗ねる。


…もう俺が悪かったから、場をシラケさせちゃってごめんなさいだから、誰か話せよ。




「エトワールちゃん可愛いですわ〜!

争うの辞めですわ〜」


レジーナが持っていたコカトリスを放り投げ、女の子走りでこちらの方へと向かってくる。


あのコカトリス少なくとも4mはあると思うのだが。

あれを軽々しく投げられるなんてレジーナ見た目より筋肉あるのかもしれない。


しかしレジーナが俺を抱きしめようと先程より近づいたことで、しらたまママが守りの体制に入り、俺の平常運転が戻る頃には2人とも睨み合って両者譲らずの一髪触発の雰囲気になっていた。


もう全てのことを放棄して、時の流れに身を任せたいけど今放棄したら絶対後悔しかしないから出来ない。止めるしかない、両者を。


息を沢山吸ってお腹から声を出す。


「やめーー!」


しかし俺が声を出す前にレジーナもしらたまママも動き出してしまった。


止められなかったのだと思った瞬間、しらたまママとレジーナが戦うのではなく俺を抱きしめている。

思考が追いつかずその状態のまま固まっていると、先にレジーナが口を開いた。


「あら?キツネさん、エトワールちゃんの可愛さがわかるのは見る目がありますわね。

ですがわたくしが一番エトワールちゃんの事を知っているのですよ。だってわたくしがエトワールちゃんのママですからね。」


レジーナがそう言いながら自信ありげに胸を張る。

そんなレジーナの頭ををしらたまママが愛しそうに撫でる。


「なんですの、わたくし子供じゃないですわよ!立派な大人ですわ!」


レジーナがぷんすかと、しらたまママの方を向いて反抗する。

しらたまママはレジーナの姿を見てより一層撫でる。


両者、和解できたようでほっとしていると、しらたまキツネが俺の腕に寄り添ってくる。


しらたまキツネの頭を撫でながら「属性のことを調べるのはまた明日でいいか」そう思った。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る