第六話 厨二病
「
突然思い出したかのようにレジーナがそう言う。
俺は別に発育とかどうでもいいし、床で十分育てるから大丈夫だ。
「おりぇはりゃいじょーう」
よしっ、赤ん坊の滑舌の悪さで綺麗には発音できなかったがしっかりと話せた。
「遠慮なさらなくて大丈夫ですわ!」
全く遠慮なんてしてない本心だ。
「見てください、ゆりかごを作るためにこんなにトレントの木持ってきましたの!」
なんて?
「これを…こうやって曲げれば…。見てください!骨組みが出来ましたわ〜」
今手で無理やり曲げたよな?なんか木からピキピキ音が聞こえるし…
それにしてもこの数分で骨組み作れるの早すぎだろ。
「でも少し角張っていますわね…えい!」
おお〜丸くなったな。ハハハ
…いや、なんでだよ!何が角張っていますわね、だ!
確かに木はしなやかな方だが手でそんな綺麗に角をなくせるほど、
90度以上曲げても折れないほどじゃないだろ!一体どんな素材使ってるんだ。
「あっそうでしたわ。布団も作らないといけないんですわ。ちょっとエトワールちゃん綿を取ってきますので待っていてくださいね。」
さっきトレントって言ってたけど…トレントってあのファンタジー系の本に出てくるでかい木の魔物のことだよな。
まさか綿をとってくるって言ってたけど、そいつも魔物だったりしないよな?
ちょっとレジーナ本格的に作ろうとしすぎじゃないか?俺は別に危ない目に遭ってまでゆりかごが欲しいわけじゃないし、ゆりかごがなくたって別に全然全く困らないのだが。むしろレジーナが怪我をする方が困る。
◇◇◇
暇だ。すーっごく暇だ。ものすごーく暇。
暇すぎて腹筋558回もやってしまうぐらいには暇。
まぁ流石に物の例えだけど、まぁ
全然レジーナが帰ってこない…もしかして魔物にあったりしていないだろうな?ほんの少しだけ気がかりだ。
遠くから誰かが俺の方へと歩いてくるのが見える。
レジーナか?でもレジーナよりだいぶ小さいな。
あれは…………しらたまキツネ?
こっちの方まで来るなんて何かあったのだろうか?
しらたまキツネがこの世界の全ての愛くるしさを詰めたかのように、ぽてぽてと走って来る。
しらたまキツネは二足歩行なんだな、絶対四足歩行の方が動きやすいだろうに…なんで四足歩行しないんだ?早く走ることよりも愛らしさに力を入れているのか?あざといな。
だが、愛らしさを気にする奴が目の前でゾンビを食べるか?
くだらないことを考えているうちに、しろたまキツネがレジーナが作ってくれたゆりかごの上から俺を覗き込んだ。
「きゅむきゅむ〜(1日たったのに全然来てくれないから来てあげたよ〜)」
もう1日たったのか…早いな。
「よぉっ!」
「きゅ? …きゅむ?(なーに? …よぉ?)」
俺が手を上げて挨拶したのを見て、しらたまキツネが不思議そうに俺と同じように小さな手を上げる。
サファイアの様な大きなお目に光が差し込み、しらたまキツネの瞳がくりくりと綺麗に輝いている。
可愛い…。
いや、そんなこと俺は思っていない、断じて違う。俺は騙されないぞ。
コイツはゾンビを食べちゃうような奴だ。そうだ、全然可愛くなんてないんだ。
だいたいなんなんだ、お前は。この世界の神でも味方につけてるのか?ここ洞窟の中だぞ?光なんて差し込まないんだぞ?
「きゅーむ? きゅむきゅむ?(どうしたの?顔赤いよ?)」
「あきゃくなってりゅなんて、だりゃんじてにゃい!(赤くなっていることなんて断じてない!)」
「つぅ――」
「きゅむ? きゅむ?(大丈夫?口の中怪我しちゃった?)」
舌噛んだ。口の中が血の味で充満する。やばいな涙出てきた。
しらたまキツネがフワフワな手で俺の頭を優しく撫でる。
「なぐしゃめりゅな〜!(慰めるな)」
「きゅむ! きゅむきゅむ〜 きゅむ
(そうだ!食べ物取ってきたんだ〜食べる?)」
…それって前のゾンビじゃないだろうな?そうだったら絶対俺は受け取らないからな、自分で食べてくれ。
「きゅむ〜!(これだよ〜)」
しらたまキツネが橙色の食べ物を見せびらかす。
良かったゾンビではないようだ。
…これは何かの実か?
しろたまキツネが俺の口に入りそうな大きさを俺の口をチラチラ確認しながら一生懸命選んでくれている。
「きゅむ♪」
しらたまキツネが持ってきた実の中で一番小さく俺の口にも入りそうな実を高く掲げて喜んでいる。
「きゅむ!きゅむ!(はい!どうぞ!)」
実の薄い皮を剥いて渡してくれた。
まだ歯が生えていないので上顎と下顎ですり潰すように食べる。
実は柔らかく食べやすい。なんかなんて説明すればいいのかよくわからない味だ…少し酸っぱいし、程よく甘いし。不思議な味、子供が好む感じじゃなくて大人が好きそうって言うのだろうか?
ポム実も美味しいけど俺はこっちの方が食べやすくて、味もすっきりしてて好きかもしれない…。
「きゅ? きゅぅむ? きゅむ?(どう? 美味しい? 食べやすい?)」
…考えてみれば今も、この前もそうだった。
しらたまキツネは前も歯が生えてない俺の食べやすいような小さくて柔らかい物を持ってきてくれた。
レジーナと違ってしらたまキツネが実を潰すとふわふわの毛皮に吸われてほとんど食べられる部分が無くなってしまうから、わざわざ俺でも食べやすい物を探して取ってきてくれてたんだな。
「…ものしゅぎょく…しゅごくおいひい
(…ものすごく、すごく美味しいよ)」
「(ふふふ やった♪)」
しらたまキツネがまたこの前のように謎の音頭を踊っている。
人のためにした事でこんなにも喜べるのってなんか良いな。
「きゅむ! きゅむ〜(そうだ!口開けて〜)」
「あー」
意図はよくわからないが、しらたまキツネの言う通りに大人しく口を開ける。
しらたまキツネは俺の口の中をしばらく眺めてから、実の種を取ってくれた。
「ありゃとぉ(ありがとう)」
「きゅむきゅむ きゅーむ(いえいえ 口の怪我治ってよかったね」
怪我が治ってよかったね、ってどういうことだ?
すぐに口の中を確認する。
…さっきまでヒリヒリと痛かった舌の痛みが無くなっている。
あの実もポム実みたいに身体をよくする力でもあるのか?
それともこの世界の食べ物は全て何かしらの効果があるのか?
あっ そうだ。しらたまキツネにポム実をあげたいんだった。
ゆりかごの横にあったポム実をしらたまキツネに渡す。
「あげりゅ(あげる)」
――ドゴォ――
ポムミぃいいいいい!
ポム実を凄いスピードでしらたまキツネが
!?
…は???
しらたまキツネと
ポム実はレジーナが破壊した時も酷かったがそれ以上に粉々で汁だけになっており、しらたまキツネはやってやったぜ!と言わんばかりに仁王立ちをしている。
果物が発していい音をしていなかったぞ!?
そこまでするだなんて…お前は親をポム実にでも殺されたのか!?
渡して直ぐに
俺が驚いている間にもしらたまキツネが残りのポム実をぽいぽい放り投げている。
そっそんなに嫌いなのか?自分の周りにあるだけでもダメなのか?
「きゅ、きゅむー(さぁ、行こうー)」
しらたまキツネがポム実を全て投げ飛ばせて満足したのか、何事もなかったかのように俺に話しかける。
もしかして何も無かったのかもしれない…いやそんなことはないに決まっているのだが…。
しらたまキツネが乗りなよと言わんばかりに背中を俺の方に向ける。どうやら前みたいに引きずって行くつもりはないらしい。
とりあえずレジーナのことが心配だし、あの本も読みたいし乗っけてもらおう。
しらたまキツネは俺とあまり変わらないぐらいの大きさだが俺が乗ってもびくともしない。思いの外がっしりと力がある。安心しろと言わんばかりな安心感のある背中をしている。
ふわふわで柔らかく、そしてゆらゆらと一定のリズムで程よく揺れる。少し眠くなってきてしまった…
ぼんやりとした意識の中まどろんでいると急に空気が変わったのを感じて目を開ける。
目の前に緑色の綺麗な景色が広がっている。
ここは…どこだ?
ゆっくりとしらたまキツネの肩から辺りを見渡す。緑で覆われていて洞窟の中なのに森のようになっている。
その時、前にしらたまキツネから貰ったベリーのような味の実も見かけた。前にくれた実以外にも今まで見たことがない植物たちがひしめき合っている。
そこを少し行った先に綺麗な翠色の澄んだ泉があり、ゆらゆらと光が差し込んでいるのが見える。
あの水でここら辺の植物はみんな育っているのだろうな。
しかし、こんな洞窟のどこから光なんて差し込むんだ?
光がどこから来ているのか辺りを探してみると、中心の上部分が地上と繋がっていることに気がついた。
俺はここから落ちたんだな。 俺が落ちたところからここまでこんなにも離れていたのか。
光がかろうじて入ってくるが微々たるものだ。上までが高すぎて見えない。ほんの少しの光がゆらゆらと泉を照らすぐらいだ。
あの時レジーナが助けてくれなかったらほんとに俺は死んでいた。
しらたまキツネがどんどん森の奥の方へと歩いていく。
しばらく歩いたところで突然立ち止まりしゃがみこんだ。
「どうしちたの?(どうしたんだ?)」
「きゅむきゅむ(ゲリゾンの実の種を植えるんだよ)」
しらたまキツネが少し土を掘って俺が食べた時に出た種を埋める。
さっき食べた実の名前ゲリゾンっていうのか…。不思議な響きだな。
種を埋め。来た道を戻っていく。
戻る途中にあった泉でしらたまキツネが立ち止まり、土で汚れたふわふわな手をびしょびしょにさせながら洗い流していく。
「きゅむ?(水飲んでく?)」
「あう」
しらたまキツネが一生懸命俺に水を飲ませてくれる。
美味しい。乾いた喉に水が染み渡り潤う。
ふと、泉を覗き込んでみると白い狐と可愛らしい赤ん坊が映っていた。水面に映る赤ん坊と目が合う。
…この赤ん坊可愛い顔してるな。
はぁ、恐ろしい。こういう可愛い顔したやつが将来きっと女性の母性本能をくすぐって「養ってあげたい!」みたいに思わせて女性を蜘蛛のように絡め取っていくんだ。俺みたいな顔が平凡で真面目に仕事も期限までに終わらせてる人間ではなく、適当に済ませて「できませんでした、許してください。あっそうだ僕できないんで手伝ってくれませんかぁ?」みたいなやつがどうせ甘い汁を吸うんだ。気持ち悪りぃ。
髪の色は黒か。前しらたまキツネの住処にあった本に髪の色で魔法の属性がわかると書いてあったが、そういえば馴染み深い黒髪の属性は書いてなかったな。まぁ黒だし、闇とかか?
ハハッ、……恐ろしく厨二病くさいな。
こんな整った顔して厨二病かよ。うっ……関係ない俺まで共感性羞恥で胸が苦しい。きっとこの赤ん坊は将来苦労するな。応援してるよ、がんばれーまぁ顔がいいから生きていけるだろ。
…赤ん坊相手に何、大人気ないこと思ってるだよ。
「わりゅかった」
突然謝った俺を不審に思ったのか隣に座っているしらたまキツネが俺の方へと目を向ける。
待てよ?しらたまキツネの隣にいるのは俺で、今の俺は赤ん坊…
ということは、この水面に映ってる赤ん坊が俺!?
嘘だろ…いや嘘だ俺が厨二病だなんて…。いや、まだ水面に映ってる赤ん坊が俺だと決まったわけじゃない。たしか、おじさんが赤ん坊の髪が生えるのは生まれてから6ヶ月ぐらいだと言っていた。俺はまだ6ヶ月も経っていないはずだ。つまり髪が生えているわけが…
手にサワサワとした感触が手に残る。
すぅー
生えてるな、髪が生えてた。
…つまり、俺が厨二病?
なんでだよ、まだ6ヶ月も経ってないだろ、成長早すぎだろ。確かに生まれてからそんなに経ってないのに言葉話せるなとか思ってたけども。厨二病って…
「きゅむ?(どうかしたの?)」
「にゃんでもない(なんでもない)」
とりあえず俺が今日することが決まった。
レジーナを探して出してから、しらたまキツネたちの住処へ行って黒髪がなんの属性の魔法を使うのか調べる。
それが今日俺がすべきことだ。
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