幼少期編

第一話 捨て子

「おぎゃあー!おぎゃあー!」


ここはどこだ?

薄暗くて寒い。夜か?

少なくとも外だろうな。でもどうしてこんなにところに?

さっきからずっと高く透き通った赤ん坊の声が聞こえる。

こんなところに赤ん坊を置いていくなんて親はどうした?

捨てられたのか?俺と同じだな…誰にも必要とされていない。

しかしな赤ん坊。それを恥じることはない。誰も必要としなくても自分が自分を愛せば…必要とすればいいんだ。それだけで、救われる。


ん?なんだこの小さな手…まるで赤ん坊のようだ。

…喉が渇いたな。

もしかしてこの甲高い声は俺がずっと出していたのか?それならこの丸々としたこの手も俺の手?

手を開いて閉じるように意識をしたら小さな手が動いた。

…あのゴミは俺を捨て子に転生させたのか。

あの性悪がしそうな事だな。

さて、これからどうするか…ここでずっと泣いていてもすぐ死んでしまうな。だが、あのゴミがした事だからこの先生きても楽な人生は送れないんだろうな。だったらこのまま何もせず死んだ方が幸せかもな。

でも、このまま死んでたまるものか。最後まであのゴミの予想を外して行動して、それであいつの驚いた顔を拝もうか。


(どこだ!ここらへんか?)


なんだ、この感覚は?

まるで頭に直接入ってくるようにスッと怒気を孕んだ男の声が聞こえた。


(早く…早く見つけて殺さないと!あのメイドさえ居なければ!すぐにガキを殺せたのに!私は悪くない!あいつのせいだ…あいつが全然吐かないから!私はあのお方のお役に立ちたいだけなのに…なぜ!?邪魔が入る。あんな穢らわしいガキなんて居ても無駄なのに!)


まただ。聞こえる。この声が言っているのは俺のことか?

俺は捨てられたんじゃなかったのか…少なくともメイドは俺を守ろうとしてくれた。

俺を守ろうとしてくれたメイドのためにもあの声の主から逃げないとな…だがどうやったらこの状況を打破できる?俺はまだ泣くことしか出来ない非力な子どもだぞ。


(……!?フッ やはりたかがメイド。足跡を消したつもりだろうがまだ痕跡が残っている!この先か…待っていろ、すぐにでも殺してやる。)


どんどん男の声が大きくなってきた。男が俺の方へ近づいてきているのか?

この能力は近くになればなるほど声が近くに聞こえるということか。

まだ検証しなければいけないことは沢山ありそうだが、今は検証をしている場合ではないな。

それに声の大きさで推定する限り俺と男との距離はせいぜい100メートルぐらいだ。しかしどの方向から来ているのかわからないと逃げたことでむしろ近づいてしまう可能性があるぞ。それに赤ん坊になったせいか、それとも夜のせいかまだ視界がぼやけている。

こんなに大変な状況の人間に転生させるとは…本当にあのゴミの性格は最悪だだな。次あったら驚いた顔に唾でも吹きかけてやろうか…


(私の命はあのお方と共に。永遠のものに…)


チッ また近くなった。

どんだけあのお方とやらに心酔しているんだ?気持ち悪いな。

他人の中に自分の価値を見出さないで自分で自分に価値を見出せよ。

理解できない。殺されるとしてもこいつだけは嫌だな。


昔、剣の達人が極限まで集中力を高めると相手の位置が気配で分かるとやっていた。たかが剣の達人なだけの人間が気配がわかるんだ。

完璧な人間の俺が出来ないわけがない。

俺、集中しろ。俺は誰よりも完璧で素晴らしい人間だ。

そうだ、あんな変態に俺が殺されるわけがない。この先何があろうとも。




『あなたの意志に応えてスキル【探知】が発動しました』


また頭に直接声が…でもさっきと違い無機質で機械的な声だ。


俺はびっくりして目を見開いた。

それもそのはず、ついさっきまでは景色がぼんやりとしていて目を開けていても開けていなくても同じだったのに、今は明るく視界がクリアで木々たちがこんなにハッキリと見える

俺は森の中にずっといたのか…

さっきよりだいぶ明るいな。朝になったのか?でもこんな急に朝にはならないよな。

なんか説明すれば伝わるのかよくわからないが…なんとなく目で見ていない感じがする…心?で見るみたいな…これが、剣の達人がいってきた心で見るって言うことなのか。なんで見えるようになったんだ?流石に急すぎる。あの声のせいか?


そんなことを考える暇を与えないとばかりに俺の目に血のついた剣を持った男の姿が映った。

あいつが俺を殺そうとしている奴なのだろう。返り血…俺をここに連れてきてくれたメイドはあいつに…?

ますます死ねないじゃないか。俺と男の距離はおそらく20メートルはないだろう。



はいはいも出来ないような赤ん坊では逃げることも難しい。男の位置がわかったところでなすすべなく死ぬ。そんなことは誰でもわかる。

普通であったらここで絶望感に敗北をしてし、とりあえず一か八かで泣いてみて助けを求めるとかするはずである。

だがしかし、この男…


どうにかなるだろう。だって俺だしな。うん、いけるいける。


普通ではなかった。

どうしようもないポジティブ人間いや、自分のこと過大評価ナルシスト野郎だったのである。


さて、転がるか。この下崖っぽいけど…死なないだろ!

こんなんで死ぬほど俺はそんなやわじゃない。


そう思い男は目を輝かせた。くどいようだが、もう一回言おう。

この男はナルシスト馬鹿である。


男と目があった。

「やっと見つけた〜殺してやるよ」


せーのっ、ごろごろ〜


軽々しく転がったが、今男は崖を転がっている。ちなみに下は普通の地面である。普通に死ぬ。しかもこの崖地下まで繋がっている。万が一生き残っても地上に上がらずに死ぬ。


おお、すごい落ちるな。にしても気がつかなかったけどだいぶ高い崖だったんだな。


それもそのはず、男が転がったところから地面まで10000メートルあった。高さを分かりやすく表すとあのエベレストより約1000メートルほど高いのである。他の人間がこの状況を見たら、崖と呼ぶには高すぎるところを嬉々として転がっているただのヤバい赤ちゃんだと思うか、事故で落ちてしまった可哀想な赤ん坊だと思うだろう。


地面が見えてきたというところで翠髪の虚な目をした女性と目があった。女性は俺を見て目を見開いていた。

なんでこんなところに女性が居るんだ?こんなに綺麗な人が崖の下なんてところにいる必要ないだろ。




「危ない!!」

女性が危機迫るかのように叫んだ。叫び声なのに鈴のような綺麗な声だな。




「あっ。」

いつのまにか目の前に地面が…












         




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