イタチ革命

ゴオルド

生存という戦い ~イクニューモン教~

田原総一朗は自室の片隅を指さし、「茶色いフクロウみたいな鳥がいる」と呟いてから、ゆっくりと倒れた。一緒にいたマネージャーが確認するまでもなく、室内にフクロウなどいなかった。


それから1週間が経つが、田原総一朗は堆く積まれた本に囲まれるようにして、昏々と眠り続けている。


親族たちが心配して枕元に集まり、顔を覗き込んでも、穏やかな寝息を響かせるだけであった。

「もちろん病院で診てもらったんだろうね?」

「ええ。病気は見つからなかったわ」

「異常がないのになぜ1週間も寝たままなんだろう」

「ずっと朝まで起きているような人だったもの。きっと睡眠不足なのよ」

今は寝かせてあげようということで親族の意見が一致した。

そこでマネージャーが、

「グラビアアイドに囲まれて撮影する仕事があったんですが、断っておきますね」と確認のつもりで呟いた。

するとどうだ。田原総一朗がかっと目を見開き、起き上がったではないか。

「グラビア……水着だと……」

「あっ、1週間も意識不明で寝ていたのよ、急に起き上がってはダメだわ」

田原は突然力を失い、布団の上に倒れ込んでしまった。

「ああ、いわんこっちゃない」マネージャーは田原を抱き上げ、きちんと布団に寝かしつけた。

「受ける」

「何がです?」

「グラビアの仕事を受けると言っている。ついに女豹のポーズを披露するときが来たのだからな」

「いや、あの、田原さんがグラビアをやるわけじゃなくてですね」

「うるさい、やるといったらやるんだ!」

そう叫んで、再び寝てしまった。



TV番組収録日、ビキニ水着姿のグラビアアイドルに囲まれて、なぜかビキニ水着姿の田原総一朗がカメラの前に姿を見せた。そして芸人にちょいと弄られて笑いをとった後、そのままの姿で論客と時事問題について語り合ったのだった。

「長時間の収録です。水着のままではお体が冷えます」と心配するマネージャーであったが、

「心配いらない。この水着はヒートテックだ」と言い切った田原総一朗であった。

ヒートテックから得られる温かさを5とすると、水着姿による寒さは80ぐらいあるのではないかと思われたが、精神力の賜物だろうか、ちっとも寒さなど感じていないようだった。

撮影が終わると、田原総一朗は再び眠り姫になり、本の森である自宅へと担ぎ込まれた。


それからも田原は何日も眠り続け、だがマネージャーが「美女と対談」とか「猥談」とか呟くと、一時的に意識を取り戻し、仕事へと向かうのであった。


親族たちは、気づいてしまった。

「この人、なんかエロちっくな話のときだけ起きるような気がしない?」

「確かになあ。狸寝入りなのかもしれない。どれ、試してみよう」

顔に落書きしてみたが起きる気配はない。頬をつねってみても、足裏をくすぐっても呼吸も乱れなかった。

「グラビア……」と孫が耳元でささやいてみた。

「あっ、心拍数と血圧が上がった」

「無意識に反応しているのか……」

どこかでフクロウの鳴き声がしたが、もちろん室内にフクロウなどいようはずもない。田原総一朗の腹でも鳴ったのだろうと親族たちは決めつけた。




――


そのイタチは名をハナヨという。日本の田舎町でほそぼそと暮らすニホンイタチだ。

いま、ハナヨたちは、外来種であるチョウセンイタチにえさ場を奪われるという形で数を減らしつつあった。人間たちは環境問題だのSDGsだのと言いながら、イタチのことは見て見ぬ振りを決め込んでいる。


ある日、ハナヨが川辺でドジョウを追いかけていたら、1匹のチョウセンイタチが川にずかずかと入ってきた。そのためドジョウは逃げてしまった。ハナヨは歯をむいて怒りを表明したが、相手はにやにや笑うだけだった。チョウセンイタチは体が大きい。小柄なニホンイタチに勝ち目はないとわかっているから完全に舐めているのだ。


ハナヨは怒りで毛を膨らませて別のえさ場へと向かっていたところ、見慣れないオスに声をかけられた。

「あなた、なかなか美人だね」

ハナヨは鼻をつんとあげて、シャーッと言ってやった。気安く声をかけないで、という威嚇である。

「いや、失敬。いささか不躾でした」

とオスは頭を下げたので、ハナヨは許すことにした。

「まあいいわ、許してあげる。ちょうどイライラしていたところだし、話し相手が欲しかったの」

「ほう、イライラを言葉で解消するタイプの方でしたか。おっと、まず自己紹介をしないといけませんね。私は田原総一朗といいます。東京から来たマングースです」

「ああ、どおりで。って思った」と思わずこぼす。マングースは一見イタチと似ているが、よくみると顔つきが違う。それに、このオスは眼光鋭く、古傷も多い。きっと田舎のイタチには想像もつかない人生を送ってきたのに違いない。

「それで、シティーボーイのマングースが私に何の用?」

ちょっと澄ましてそう聞いた。わざとつっけんどんな感じに。

「実はこの近くでセミナーをやろうと思っていましてね。今夜なのですが、どうです、参加されませんか」

「それって何のセミナーなの」

「生存戦略に関するものです。イタチの皆さんが聞いて損はない話ですよ」

「ふうん。なんだか怪しいけれど、まあいいわ。今夜やるのね。どんなもんか見にいってみようじゃないの」



その夜は満月だった。

月明かりの中、ハナヨはテレアーサ村の外れに建つ小さな掘っ立て小屋に入っていった。そこがセミナー会場なのだ。この小屋はちかくに住む老婆が農機具をしまっている小屋で、中には既にニホンイタチばかりが10匹ほど集まっていた。ハナヨは彼らのそばにいき、腰をおろした。見上げると、壁には「イクニューモン教への誘い」と書かれた白い手ぬぐいが錆びた画鋲で貼り付けてあった。


田原総一朗が物陰から出てきて、壊れた鍬の前に立った。一つ咳払いして、

「ニホンイタチの皆さん、今日はお集まりいただき、ありがとうございます」と話し始めた。「今日は、皆さんにイクニューモン教についてお話したいと思います」

「あの、イクニューモン教ってなんですか」

1匹の若いイタチが立ち上がって質問した。いかにも人の良さそうな顔をしているイタチだ。

「その質問にお答えする前に、ちょっと皆さんにお伝えしたいことがあるんですがね」

「はあ……」

若いイタチはしゅんとして座る。

「いいですか。皆さんはまず嫌われ者だってことを自覚しないといけません。イタチを好きな人なんかいませんよ」

いきなり言葉のパンチを食らったイタチたちは猛反発した。

「いや、あなたね、いきなり失礼でしょう」

「そもそも嫌われ者ってどういう根拠で言っているんだ……」

「マングースに言われたくないな、僕は」

「だけどね、これは間違いない話なんです。昔話や童話にイタチが出てくる話が幾つありますか。そこのあなた、幾つですか」

指名されたイタチは、口ごもる。

「そうでしょう、言えないんですよ。だってほとんどない。イタチは人から嫌われてますからね。人気があるキツネやタヌキとは違うんだ」

気の強そうなイタチが、これに食ってかかった。

「私はね、人間なんかにいくら嫌われたって痛くもかゆくもないと思ってますから!」

「それが考え間違いなんですよ。いまニホンイタチはチョウセンイタチにえさ場を奪われている。IUCNのレッドリストで準絶滅危惧種の指定を受けるほどに数を減らしているわけです。だが人間は見て見ぬ振りだ。パンダやトキは手厚く保護されるのに、ニホンイタチはそうじゃない。イタチは嫌われ者ですからね。しかし、もしイタチが人間に愛されていたらどうですか。日本人の間でニホンイタチを守ろうという署名活動とかデモとかが起こり、国会でも議題にあがるかもしれません。政府を動かせれば、この不利な状況をひっくり返せますよ」

イタチたちは不安げにお互いに視線をかわす。そんなうまい話が本当にあり得るのだろうかと疑っているのだ。ハナヨも、これまでずっとイタチが嫌われてきた歴史を知っているから、田原総一朗の言うことは夢物語にしか思えなかった。

すっかり大人しくなって考え込むイタチたちに、田原総一朗は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「いま私が言ったことは、しかしこのままでは実現不可能だ。そこで登場するのがイクニューモン教です。これを皆さんは実践すべきなんです」

「宗教ですかあ……?」

「いや、違いますね。宗教じゃない。イクニューモン式教育メソッドを略してイクニューモン教だと言っているだけです。これから皆さんにはしっかりとイクニューモン教を叩き込みます。ニホンイタチの未来はイクニューモン教にかかっているといってもいい」

イクニューモン――それはエジプトにいるマングースのことだと田原総一朗は説明した。イクニューモンはヘビを食べる。なんとコブラを食らうこともあるとかないとか。そのため毒蛇に悩まされてきたエジプト人から聖獣として崇められたこともあったらしい。ニホンイタチは人間から嫌われ無視されているというのに、かたや聖なる獣である。それもヘビを食べるというだけで! イタチたちはショックを受けた。

「つまりヘビを食べればいいんです。私もマングースですからたまにはヘビを食べますから、その結果、イタチほどは嫌われていません。ヘビを食べなさい。それでニホンイタチは人間から愛される動物になれるのです」

「いやいやいや、穏和なニホンイタチさんには、それはちょっと難しくないですかねえ?」

そう言いながら、ガタイのいいイタチたち――チョウセンイタチが数匹、掘っ立て小屋に入ってきた。

「話は外で聞かせてもらいましたけどね。ニホンイタチがヘビを食うなんて無理ですよ」

「ほう、どうしてそう思われますか」と田原総一朗。

「だってね、ニホンイタチはものすごく臆病な腰抜けですから。ヘビを見たら怖くて失神してしまうでしょうね」

そう言ってチョウセンイタチたちは馬鹿にしたように笑った。それにカチンときたハナヨが立ち上がった。

「何を言っているの。ヘビなんか怖くないわ。ただ美味しくないから今まで食べてこなかっただけよ。私たちはグルメだからドジョウやナマズを食べて暮らしていただけ。その気になればヘビぐらい仕留められるわ」

そうだ、そうだとニホンイタチから応援の声が飛ぶ。

「お嬢さん、いくらグルメか知らないけれど、怪我したくなかったら、大人しくミミズでも食べてなさい。絶滅しかかっているような軟弱なあなたたちじゃあ、ヘビを食らうなんてとても無理なんだから」

「無理なもんですか、今にみてなさい」

そうだ、そうだー。

というわけで、ニホンイタチはイクニューモン教を身に付けて、チョウセンイタチをぎゃふんと言わせてやろうと決意したのだった。



イクニューモン教によると、初心者はまず無毒なヘビからチャレンジしていって、徐々に毒レベルを上げていくのがいいらしい。最終目標はコブラである。

ニホンイタチたちは数カ月にわたるヘビ退治の特訓の末、コブラはもちろん、アナコンダさえ食らうほどの存在となった。ふだんは温厚だが、根っこには獰猛な気質を持っているニホンイタチは、集団戦を覚えたことと、やる気に火がついている効果があ

いまって向かうところ敵なしであった。

彼らは徒党を組んでブラジル行きのコンテナ船に密航し、船員から盗んだスマホを持ってアマゾン川へ行き、体長9メートル超の巨大アナコンダをニホンイタチ集団が倒す動画を撮影した。動画をネットで配信すると再生数は20億回を超えた。人々は口々に「ニホンイタチすげえ」「ニホンイタチ最強じゃん」などと褒め称えた。イタチに石を投げつける子供はいなくなった。


ハナヨは田原総一朗に礼を言った。

「ありがとう。あなたのおかげでニホンイタチの評価はうなぎのぼりよ。これもイクニューモン教のおかげね」

田原総一朗は、あごをぐっと引いて、ハナヨを見つめた。

「これで終わりと思ったらいけないんです。まだ、やるべきことがある。いや、これからが本番ですからね」

「そうね。政治家を動かして、自然保護活動をやらせなくては。チョウセンイタチは住宅地でも生きていけるけれど、私たちは豊かな自然がないと生きていけない。日本の自然を守らなければ!」



アナコンダを食らうほどの獰猛さが評価されたイタチは、日本の要人の警護の現場にもかり出されるようになった。議員の自宅にニホンイタチが警備員として配置され、首相官邸の警備には、なんとハナヨが抜擢された。強さだけでなく、その毛づやと顔立ちのエレガントさが選考で有利に働いた。

そうして日本の政治の中枢に食い込んでいったイタチたちは、おのれにとって都合のいい政治家を警護する一方、おのれたちに都合の悪い政治家、つまり日本の故郷を破壊してチョウセンイタチの繁殖を手助けするような者をひそかに暗殺した。

田原総一朗は暗殺には反対したが、イタチに言わせれば、獣たちも日本の行く末について意見を述べる権利があるが、参政権がないので暗殺もやむなしということであった。

だが、イタチによる暗殺はすぐにマスコミに暴かれ、人々に知られることになった。イタチたちは再び嫌われ者に戻ってしまい、警護の仕事も解雇されてしまった。



田原総一朗はイタチたちに説く。

「言論で勝負しないといけません。暗殺はだめです。もう一度イクニューモン教に立ち返って、やり直すんです」

「今さらヘビ退治をして何になるの」とハナヨが言い返す。「私たちはすっかり嫌われ者なのに、ヘビぐらいで何とかなるかしら」

「温暖化で、将来の日本には今よりもっと強毒のヘビが生息するようになります。そのとき、ヘビを食らう皆さんに発言権が生まれるはずです。今はその準備をするときなんですよ」


やがて田原総一朗の言うとおり、強い毒を持つヘビが東京や大阪などの都市部で見られるようになり、訓練を積んだニホンイタチはヘビ狩りによって再び評価されるようになった。そこでイタチたちは人間に訴えかけた。

「私たちのふるさとを守ってください。チョウセンイタチと共存できるよう、ニホンイタチに有利な自然環境を守ってください。もしニホンイタチを見かけても、石を投げたりしないでください。駆除しないでください」

イタチたちの訴えにまず耳を傾けたのは若者だった。過去の暗殺騒動を知らない若者は同情し、ニホンイタチを救おうという情報をSNSで拡散した。そうして世論は動き、厳しい罰則付きの自然を守る法律が成立した。山野にはニホンイタチが暮らし、住宅地や農村はチョウセンイタチが暮らすというふうに棲み分けることができた。



ハナヨは田原総一朗に尋ねる。

「あなたのおかげでニホンイタチの立場もすっかり良くなったし、私たちが暮らす自然も守られるようになった。でも、マングースのあなたがどうしてニホンイタチのために骨を折ってくれたの?」

「いろいろと理由はあります、義憤とか信念とか。自分もマングースという外来種であり、思うところもありました。だが、一番の理由は、ある女性に幸せな未来をプレゼントしたかったからです」

「ある女性って……?」

ハナヨの言葉に、田原総一朗はひげをぴんと張って笑った。

「ドジョウを追いかける姿がとても美しくて、私が思わず一目惚れした女性のことですよ」

「そう……。だけど、ニホンイタチがマングースと恋に落ちるのはタブーだと思わない?」

ハナヨにそう言われて、田原総一朗は「そう決めつけるのはいかがですかね。そりゃあイタチとマングースを強制的につがわせるのはタブーでしょう。倫理的にどうかと私も思いますね。でも自由恋愛なら?」と言って、ウインクした。

「口説かせてもらいますよ、朝までかかってもね。まずは定石どおりにいきましょうか。贈り物を用意してあるんですよ」

田原総一朗は、仕留めておいた茶色いフクロウみたいな鳥をハナヨに差し出した。めったにないご馳走に、ハナヨはすっかりご機嫌となってフクロウにかぶりつき……


――

「……ハナヨ……ハナヨ……」

「おっ、寝言を言ってら」

「眠りが浅くなっているのかもしれない。そろそろ起きるんじゃないか」

その言葉が聞こえたかのように、ゆっくりと目を開いた田原総一朗だったが、

「……ふん」

あたりを見回すと、再び目を閉じてしまった。もちろん眠ってしまったわけではない。視界を遮断しただけだ。

「お体は、体調はいかがです」

「問題ない」

「ずっと眠りっぱなしだったんですよ」

田原総一朗は頷いてみせた。

「わかっている。私はフクロウもどきによって異世界に転生させられていた。どうしてもやらなければならない仕事があるときだけは、フクロウもどきは私を一時的に帰してくれたが、それはあくまで一時的なものだった。だがとうとう向こうの世界でフクロウもどきの力を無効化することができたので、ようやく戻ってこられたのだ」

「は、はあ……」

親族たちは意味がわからず、戸惑うばかりであった。だが、まあ、本人は元気そうだし、ちょっと意識が混乱しているのかもしれないが、これといって問題なさそうだと思ってほっとした。

「おじいちゃん、お誕生日おめでとう」

ひ孫が花束を差し出してきたので、田原総一朗は反射的に受け取って、言葉の意味を反芻し、そこでようやく今日が自分の誕生日らしいと察した。



薔薇を胸に抱え、「いい女だったな……」と呟いた。



<終わり>

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