2膳目 3月25日(金) 本日のオススメ「釜揚げしらす丼(売り切れ)」

今からだいたい120年前。


銘治時代のとある街角に、大きな洋館がありました。




その1階では「洋風茶房」が営まれており、いつもお客さんで賑わっています。




そこで働く稲葉郷ちゃんは、とある名剣と同じ名前を持った女の子。


食いしん坊の稲葉郷ちゃんは今日も腹ペコです。





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「ねえねえ、城和泉さん?」


「どうしたの、稲葉郷?」


「ひーまーでーすー!」


「そ、そうね。さっきお昼のお客さんが帰った後は誰も来てないわね…」


「夕方から忙しくなるまでこのまま誰もいない時間が続くのかな?

 もしそうなら、わたしたち、ずっとやることなくてこのままだよ?」


「こういう時は、普段は掃除しないところを掃除したり、あまり使わない食器を磨いたりするのはどう?」


「城和泉さん、掃除は昨日やったし、一昨日とその前の日に冬によく使った食器をたくさん磨いたよね?」


「え、ええ、そうだったわね…」


「やっぱり、もうずっとヒマなのかな?

 もしかして、他に人気のお店ができて、そっちにお客さんとられちゃったとか?」


「新しいお店が最近できた話は聞いたことないから、それはないと思うわ」


「でも、もしかしたらオシャレな洋館で、茶房とは思えないくらいのメニューがあって、

 店員さんもみんなかわいくて個性的で、わいわいしたくなるようなお店ができてたりするんじゃ……」


「そんなめいじ館みたいなお店はそうそうないわよ。

 こんなに暖かいと、みんな公園とか外で休憩してるのかもしれないわね」


「たしかに。お花見の季節もそろそろだよね」


「さっき来たお客さんも「来週くらいには咲き始めるんじゃないか」って言ってたわね。

まあ、いつも忙しかったら私たちも大変だから、たまにはちょっとゆっくりするのもいいんじゃない?」


「そうかも。城和泉さん、春先は毎年きまって窓側の席でお昼寝してるしね」


「な、なんのことかしら? 私はそんなサボったりしないわよ…!」


「ま、いいんだけどね。

 今の間に全部のテーブル拭いておこっと」





茶房のお仕事って、忙しい時とそうじゃない時の差が激しいんだよね。


もうちょっとお客さんが、まんべんなく来てくれたら、

バタバタしたり、ヒマだーってなったりしなくて済むんだけどな。


今だってテーブル拭いてるけど、食器を下げた後に必ず拭いてるから、

別に汚れてるわけじゃないし…


とはいえ、こういう風にキレイにしておくことが大事だって言うからなぁ。





あ、城和泉さんも、店先をホウキで掃いてくれてる。

ひとりだけボーっとしてるのもちょっと気まずいから、そうなるよね。





「ねぇ、稲葉郷、後でちりとり手伝ってもらってもいい?」


「うん、任せてください! 拭き終わったら持っていくね?」





テーブルは全部拭いたし、このカウンターを拭き終わったらおしまいっと!

あ、ちょうど城和泉さんもそろそろ終わりそうな感じ。


「城和泉さーん、いま行くねー!」



・・・・




・・・・・・・・




・・・・・・・・・・・・・・・・





「ねえねえ、城和泉さん?」


「どうしたの、稲葉郷?」


「ひーまーでーすー!」


「そ、そうね。掃除をして時間を潰しても、まだお客さんこないわね…」


「でね、さっき気づいたんだけどね?」


「何かあったの?」


「『ちりとり』と『しりとり』って似てるよね?

 だから今からしりとり大会を始めます!」


「突然何を言い出すかと思ったら、しりとり!?」


「うん、待っててもお客さんこないし、その間にやろうよー!」


「たまにいるよね、することなかったら急にしりとり始める人」


「えー、ヒマつぶしの定番だよ?」


「他にもっとやることあるでしょうに……

 まあいいわ。『りんご』」


「やらないって言われるかと思ったら、意外と乗り気だった!?」


「ヒマな時に急にしりとりを始める人は、だいたい『しりとり』から始めるから、

 それに続くように『りんご』にしておいたわ」


「そして思考が読まれてる!?」


「はいはい、りんごの『ご』の後は何?」


「『ご』でしょ…『ご』から始まる言葉は……

 あっ! 『ごはん』だ!

 ん? いやいや、ごはんだったら早速終わってるよ!?」


 

 思考を読んで動揺を誘っておいてから『ん』で終わる言葉への誘導……

 城和泉さんは策士だったの!?

 あやうく術中にハマるところだったよ!



「何を一人でブツブツ言ってるのよ… 別に『ごはん』で終わってもいいのよ?」


「ちょ、ちょーっと待ってください!

 たしかに『ごはん』とは言ったけど、それで終わってないから!

 『ごはんはおいしい』これで行きます!

 だから『い』だよ、城和泉さん?」


「ええ、そういうのアリなの!?」


「わたしにとっては『ごはんはおいしい』は、もうそれ自体が1つの単語だからね!」


「そういうものじゃないと思うけど…… まあ、いいわ。

 『磯辺揚げ』

 次は『げ』から始まる言葉よ、稲葉郷?」


「『げ』から始まる言葉?

 「が行」で攻めるとか、ちょっとズルくない?」


「できるだけ難しい言葉で終わるのは鉄則よ」


「やっぱり城和泉さんは策士だった!?」



とは言っても、ここで負けるわけにはいかないよね。

『げ』から始まる言葉でしょ……

それに続けるのが難しくなるような文字で終わる言葉……


!!??


これだ、これなら勝てるっ!

わたしの方が策士だったね、城和泉さん!



「『ゲソの天ぷらで食べるご飯はおいしい』

 これで行きます!

 というわけで、次も『い』から始まる言葉だよ、城和泉さん?」


「ちょっと、そんなのズルくない?

 だいたい何でも『い』で返せるの、反則だと思うけど?」


「ふっふっふっ、実はわたしの方が策士だったんだよねー。

 一度ピンチになったと見せかけておいて、必勝パターンからの逆転劇!」


「いやいや、たまたま思いついただけでしょう……」


「ち、違うし! 最初から作戦としてやってたし!

 さあさあ、城和泉さん、あといくつ『い』から始まる言葉を知ってるかな?」


「最初の『ごはんはおいしい』を見逃したのが、こんなにめんどくさいことになるなんて……」


「その時からこの天才策士の術中だったからねー」


「あっ!」


「えっ、どうしたの、城和泉さん?」


「こっちに来て……そう、ためらわないで、そのまま一歩を踏み出して……」


「急に何かブツブツ言い出したよ? 外に何か見えるの?」


「……よし!」


「何が、よし!?」


「残念ね、稲葉郷! 

 お客さんが来たわ。しりとりの勝負はおあずけね」


「ええーっ、逃げた! 勝ち目がないからって逃げたよ、この人」


「何のことかしら? さ、お客様を出迎えるわよ、稲葉郷!」


「うう、なんだか釈然としませんが……」




「「いらっしゃいませー!」」




おしまい

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