稲葉郷ちゃんは満腹になりたい!

きりん屋

1膳目 3月18日(金) 本日のオススメ「ロールキャベツ」

今からだいたい120年前。

銘治時代のとある街角に、大きな洋館がありました。


その1階では「洋風茶房」が営まれており、いつもお客さんで賑わっています。


そこで働く稲葉郷ちゃんは、とある名剣と同じ名前を持った女の子。

食いしん坊の稲葉郷ちゃんは今日も腹ペコです。



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「いらっしゃいませー! こちらのお席へどうぞー」


いつものセリフでお出迎えして、一番奥の窓際の席に案内してます。この時期は日が差しててすっごくあったかいんだよねー。


あ、この常連さんはこの辺りのお店に商品を卸している問屋さん。

今日はいつもより少し遅めのお昼なのかなぁ。


「いやー、最近すごくあったかくなりましたね。

 そんな春の季節にピッタリな今日のオススメは「ロールキャベツ」です!」


「春キャベツを使ってるから葉っぱがやわらかくて、煮込んだらすごく美味しいんです!

さっき、こっそり味見させてもらったら、もう最高!って感じでした…… じゅるり」


「あぁ、すみません! ま、またご注文がお決まりになったら呼んでくださいねー」





ふう。

お昼のピークが終わったとはいえ、今日はお客さん結構多いよね。


けっこう暖かくなってきたから、みんなお外に出たくなるのかなぁ。

わたしだったら…… お外より、お家にずっといてもいいかも。


そろそろ片付けられちゃうコタツを最後まで味わうのって、ちょっとだけ背徳感があって贅沢だよね。おみかんを食べながら、ご飯はやっぱりお鍋がいいなぁ。

お鍋の最後のシメに雑炊を食べて……


もう想像するだけでお腹が減ります!



そんなことを考えているうちに、さっき案内したテーブルの方から声がしました。

さっきのお客さん、注文決まったみたい。


「はーい! 今うかがいますー!」


すごくメニューをじっくり見てたから、ちょっと時間かかるかなーって思ってたけど、意外とすんなり決まったみたいでよかったです。






「かしこまりました! ロールキャベツ定食ですね。少々お待ちくださーい!」




うんうん。やっぱりロールキャベツ、おいしいもんね!

キャベツの甘みとトマトソースの酸味と、中のお肉のじゅわーっとしたおいしさが相まって、なんだかもうお口の中が最高になるよね!

でも気をつけないとお口の中が最高になる前に、お口の中ヤケドしちゃうよね。


うーん、でもアツアツを食べるのがやっぱり美味しいからなぁ。

一番のおいしさをとるか、お口の安全をとるか、難しい選択です……




とはいえ、この厨房から漂ってくる美味しい香りを前にしたら、少し冷めるまで待つなんて無理だよね。

あのお客さんがアツアツを美味しく安全に食べられることを祈るのみです。


「注文お願いしまーす!

ロールキャベツ定食1つ入りまーす!」


厨房のカウンターに伝票を置いて、ずっとこの美味しい空気を吸っていたいのを我慢しながら店内へ。


よし! 厨房のおいしい空気吸ったら元気がでたかも!

休憩時間までもうひとがんばりっと!


そんな風に気合を入れ直していると、ピンク色のツインテールの店員さんから声をかけられました。


「さっきから、ゆるんだ顔してたり、難しそうな顔してたり、気合が入った顔してたり、ほんと忙しそうよね、稲葉郷は」


「城和泉さん! 今日は遅番だったんだね」


「ええ、そうよ。稲葉郷は夕方まで?」


「うん! この後、休憩が終わったら明日の買い出しに行って上がり。

はやく休憩になって、まかない食べたいなぁ」




このちょっとツンツンした感じの女の子は城和泉正宗さん。

ツンツンした性格とピンクのツインテールの相性は、もはや王道というか、伝統的というか…… もうすっごくいいです!

そして、たまに見せるデレっとした感じが、わたしの中の何かをグッと引きつけて離さない気がします!


「何ニヤニヤした顔してんのよ! 私の顔じっと見ても、何も出てこないんだからね……!

そんなにお腹が減ってるんだったら私が早めにお店入るから、稲葉郷は今から休憩してきたら?」


そうコレだよ、コレ!

やっぱり城和泉さんはこうじゃないとね。


「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて休憩入らせてもらおうかな?

今日のまかない何だろう…… ロールキャベツかなぁ、ロールキャベツがいいなぁ……!」


ほんとはさっきのお客さんにロールキャベツ定食を持って行ってから休憩しようって思ってたけど、珍しく城和泉さんが優しいから、今日はお言葉に甘えてもいいよね!



「あ、あのー、稲葉郷?」


「ん? どうしたの?」


「その、すごーく言いづらいんだけど……」


「言いづらいんだけど……?」


「まかない用のロールキャベツ、私が食べたのが最後だったんだって……」


「そうそう、今日のまかないのロールキャベツ、さっき味見させてもらったからねー。

ずっと楽しみにしてるんだー!」


「って、えええええええええっっっっ!!??

ロールキャベツ、もうないの? 城和泉さんが食べたのが最後のやつなの?」


「え、ええ、ごめんなさい。

最後の1つって聞いたんだけど、その、すごーく美味しそうだったから、つい……」


「つい……じゃないよぉ! 私だってすごーく楽しみにしてて、もうお口の中がロールキャベツになってるんだからね!」


「でも、今日は予想よりもロールキャベツがたくさん出たから、急遽まかない用のをお客さんに回したって厨房の人が言ってて……

何でもすごく美味しそうにオススメを紹介したから、そのおかげでたくさん出たみたい……よ?」


「それってまさか……わたしのせいってこと……!?」


「稲葉郷のせいというか、稲葉郷のおかげよね。

食べ物の話をするとき、ほんと美味しそうな顔をするから……

あんな顔でオススメされたら、美味しいに違いないってお客さんも思うでしょうね」



城和泉さんの口から聞かされた衝撃の事実。

まさか、わたしがお客さんにオススメする時、すごく美味しそうな顔をしてるから、接客したお客さんがみんなロールキャベツを注文……


わたしが才能を発揮してお店に貢献すればするほど、ロールキャベツが遠ざかってしまっていたなんて……


帰っておいでー、ロールキャベツーーーーー!







「じょ、じょういずみさん……」


「そんなに思い詰めた顔して、そんなにロールキャベツ、食べたかったの?」


「わたしは、わたしの接客の才能が…… 憎いです!」


「えっ? ああ、ええ、そうね。

何というか、稲葉郷の良い部分が給仕の仕事に存分以上に発揮された結果よね……

でも、こんなに貢献したんだから、まかないもちょっとおまけをしてもらえるかも知れないわよ?」


「本当!? ほんとに!?

そうだよね…… わたし、こんなにがんばったもんね…… おいしいもの、食べてもいいよね?」


「え、ええ。その権利は多分あると思うわ……?」


「だよねっ! そうと決まれば、早く行かないと!

あー、何を食べさせてもらえるかなー。エビフライかなぁ、ビフテキかなぁ、ごはんも大盛りでいいよね……」




「あんなに嬉しそうに走って行ったけど、さすがにそこまでサービスはしてもらえない気が……

まあ何はともあれ、おつかれさま、稲葉郷」






おしまい

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