異世界ヤキトリ

泰山

異世界ヤキトリ

唐突だがどうやら俺は異世界転移してしまったらしい。

渋谷の交差点でトラックに跳ねられる直前に意識を失って。

鬱蒼とした森の中で目を覚ましたのがおそらく半日前のこと。


それからずっと木々をかき分け、時に拾った剣で魔獣と戦いつつ――。

ただ、ひたすらに森の出口にたどり着くことを祈りながら歩き続けていたのだ。


もちろん食べられる野草や木の実の知識なんてない。

モンスターを解体して肉を捌くような技能も無い。

そんなわけで森の外に。

そして近くの街にたどり着くころにはもうすっかり衰弱しきっていた。


(早く、早くハラに何か入れないと……!)


そう思いながらメシ屋を求めて石造りの建物が左右に並ぶ大通りを歩く。

幸い金なら問題ない。

モンスターを倒した時に何枚かコインを拾っている。

ただ、決して潤沢というわけじゃない。

これからもこの危険な世界で生きていくのだ。

きちんとした装備も整えておきたい。


(あんまりムダ遣いするわけにはいかないんだよな)


現地の食文化を楽しんでみたいという気もないわけではないが……。

異世界最初の食事はなるべく安く、そして口に合うものを選びたいところ。

まずかったからといって選び直すわけにもいかない、慎重に行こう。

そう考えながら街の中をうろうろと徘徊すること数十分――。


(ん、何だ。このおいしそうな香り)


この香り……日本に居る頃、嗅いだことがある。

鳥肉を炭火で焼く香ばしい匂いだ!

匂いの源のほうにフラフラと吸い寄せられるように歩いていく。

そこにあったのは小さなお店。

焼き網の前で汗を流している店主にビキニアーマー姿の若い女が声をかけている。


「おっちゃん、串焼き三本ちょうだいっ!」

「あいよっ」


ああ、間違いない。

この店はさしずめ異世界の焼き鳥屋といったところだろうか?

塩を振った鳥肉らしきものが串刺しになって焼かれている。

タレ味がないのは残念だが、少なくともこれなら大ハズレということはあるまい。

そして客層を見ても……少なくとも貴族のような身なりをした者は居ない。

よし、それほど高い店じゃないな、安心だ。


(ここで人生初の異世界メシを頂くことにしよう!)


店内に入り席に着く。


「とりあえず三本ください!」

「はいよー」


店主のおっちゃんから差し出された串を受け取る。

まずは一口。

「うん、うまいっ!!」


肉自体は少々硬いが、噛めば噛むほど口の中に溢れ出る肉汁……たまらない!

異世界感ゼロだが今はいい、これでいい。

日本の御馴染みの味がこっちでも楽しめると分かっただけで大儲けだ。

周りに目もくれず、ただひたすら食事に専念!

串焼きたちを腹の中に収めてゆく。


手持ちのコインで十分支払えることがわかったので追加でもう何本か頼んでみる。

といっても鳥肉だけじゃいいかげん飽きてしまう。

豚肉、それにちょっと冒険してイヌ肉の串焼きも頼んでみる。


(まあ、地球でも食べてる国があるぐらいだしな)


結果――。

「うますぎる!」


豚肉の慣れ親しんだ味わいにほっと安堵の息をつく。

そして特筆すべきは……恐る恐る口に運んだイヌ肉の思ったより柔らかい食感!

あっさりと甘い脂が炭火の風味と絡んで舌の上でとろけてゆく。

ちょっとクセの強い風味が気になるけど十分耐えられる範囲。

ああ、これなら何本でもいけそうだ!


(異世界に来て初めて食べる料理がコレとは……なんとも幸先がいいじゃないか!)


それにしても不思議な店だ。

この店では肉ごとに違った木の串を使っているらしい。

確かに微妙に風味とか違って新鮮だったけど、そんなところにまでこだわるんだな。

異世界焼き鳥……うむ、侮れない。


ともあれ――。

地球で言う黒ビールに似た風味のエールを飲み干す頃にはもうすっかり上機嫌になっていた。

さあ、明日から異世界ライフ頑張るぞ!

だが、この時俺は気づいていなかったのだ。

たとえ住民や食べ物の見た目がよく似ていても異世界は異世界。

地球とは全然違う場所だということに。

それに気づいたのは支払いのためにもう一度店主に話しかけた時だった。


「ごちそうさま! おいしかったです!」

「お。おう!? それなら良かったんだが……」


俺の言葉を聞いて何故か戸惑う店主。

その様子に疑問を感じつつも懐からコインを取り出す。


「なあ、坊主、おいしかったんだったら残さないでほしかったんだけどな……」

「え?」

「てっきりイヤミを言われてると思っちまったよ、ハハハ……」


思わず首を傾げる。

何を言っているのだろう。

ちゃんと全部食べたはずなのに。

そう思いながら、店主の言葉に合わせて冷たい視線を向けてきた他の客たち。

そちらのほうに目を向けてみる。


(――っ!!?)


次の瞬間、俺は驚愕した。驚愕せずにはいられなかった。

何故なら――。


彼らは皆、フォークを使って串焼きから肉を取り外し、残った木の串を旨そうにボリボリとかじっていたからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界ヤキトリ 泰山 @Tyzan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ