俺が探し求めていた焼き鳥はお前じゃない!

夕藤さわな

第1話

 不死鳥、フェニックス、鳳凰、火の鳥――。


 前世でならそんな名前で呼ばれただろう、美しいオレンジ色の炎をまとった鳥。

 その鳥が自ら薪から燃え上がる炎に飛び込み灰となるのを目の当たりにして。その灰が風に巻き上げられ、


「我、登・場!!!」


 再び美しい鳥の姿に生まれ変わるのを目の当たりにして俺は固まった。


 想像だにしていなかった光景に――固まった。


 火の粉を散らしながら大きく羽を伸ばしてぶるりと身震いしたあと、チラリと俺を見た巨大な火の鳥的なのはくすりと女性的でつやのある笑い声を漏らした。

 

「感動しすぎて声も出ないか、人間」


「ガッカリしすぎて声も出ない」


 ほぼ同時につぶやく火の鳥的なのと俺。目をぱちくりさせたあと、


「ガッカリ……ガッカリ!?」


 火の鳥的なのはひっくり返った声で言って俺を二度見した。声だけじゃなくリアクションも大きい。バサッと羽を広げた拍子に火の粉が舞い飛んだ。

 

「ご主人様、ガッカリしてる?」


 ペガサス的な生き物・ベガが俺の顔を覗き込んだ。


「ガッカリ!?」


 火の鳥的なのの火の粉が舞った。


「ご主人様、わたしと初めて会ったときには泣いて感動してたのに」


「泣いて感動!?」


「今はすっごくガッカリしてる」


「ガッカリ!?」


 火の鳥的なのが叫ぶたびに舞い飛ぶ火の粉を俺は死んだ目で振り払った。


「世界に十万頭以上いる、たかが空を飛ぶだけの馬風情に泣いて喜んでおきながら、世界にたった一羽しかいない我を見てガッカリ?」


 火の鳥的なのがぷるぷると震え出した。まとった炎もオレンジ色から青色へと変わっていく。

 ……わぁ、炎の色って変わるんだぁ。


「しかも千年に一度の生まれ変わりの瞬間を見たというのに……ガッカリ?」


 青色の炎はどんどんと濃さを増し、ついには黒色の炎に変わった。

 ……怒りで闇落ちして黒色の炎を身にまとうって中二病っぽーい。


 なーんて明後日なことを死んだ目状態、テンションダダ下がり状態で考えたくなる気持ちもわかってほしい。

 だって――。


「俺はここに焼き鳥を求めてやってきたんだから!!」


 ***


 前世の記憶を――日本の社畜で過労死したという記憶を思い出したのは五歳のときだった。五歳の俺は父親とともに〝トビウマ〟を見に行く途中だった。

 漢字で書くなら〝跳び馬〟かと思っていたら〝飛び馬〟だったらしい。


 前世では空想動物でしかなかったペガサス。そのペガサスそのものの姿をした翼の生えた白馬たちが群れで飛んでいるのを見たのだ。泣いて喜びもする。

 狂喜乱舞する俺を見て父親はその年生まれの子トビウマを一頭飼ってくれた。


 それがベガ。

 二十年近い付き合いになる親友にして相棒だ。


 ドラゴン的なの、グリフォン的なの、ミノタウロス的なの、ハーピー的なの、アルラウネ的なの――。

 図鑑を眺めているだけでは我慢できなくなった俺はベガの背に乗り、世界中をまわり、前世では空想動物でしかなかったけど今世では希少ではあっても実在する動物たちに会いに行った。

 今では動物カメラマンとしてそこそこ名の知れた存在となっている。


 そんなある日――。

 クラーケン的なのと無事に邂逅を果たし、久々に街で食事をしたときのことだ。


「あの山の〝ヤキトリ〟は……素晴らしいかった。死ぬ前に、死ぬ前にもう一度……!」


 隣の席のじいさんがそう言うのを聞いた。


 瞬間――。

 空想動物たちに心奪われて、すっかり頭のすみに追いやられていた前世の記憶の一つがよみがえったのだ。


 口の中に――!


「あの山に……あの山に焼き鳥が!?」


 もも、軟骨、むね。つくねにぼんじり、レバー、砂肝。エリンギ、ししとうをはさんで皮にねぎま。


「あぁ。……にいちゃん、〝ヤキトリ〟に興味があるのかい?」


 尋ねるじいさんに俺は力強くうなずいた。タレ、塩、タレ。タレ&卵の黄身に塩、塩、塩。塩、塩をはさんで塩、タレ。

 口の中はもう焼き鳥盛り合わせだ。


「やめておけ、行ったら戻ってくることはできないぞ! じいさんは運が良かっただけで……!!」


 じいさんのツレが真っ青な顔で叫んだ。

 確かに。キンキンに冷えたビールといっしょに食べる焼き鳥は悪魔的な旨さだ。あの味を知ったら戻ることはできない。あの味を思い出してしまったら戻ることは出来ない。


「焼き鳥を知らなかった頃の自分には! 焼き鳥を忘れていた頃の自分には!!」


「にいちゃん、やめろーーー!!!」


「若者よ、大志を抱けぇい」


 なんてじいさんのツレが止めるのも聞かず。じいさんが何か言ってるのも聞かず。店を飛び出した俺はベガの背に飛び乗り、険しく、命懸けの旅に出て――ついに〝ヤキトリ〟に辿り着いた……はずだったのに。


 ***


「俺はここに焼き鳥を求めてやってきたんだから!!」


 火の鳥的なのを前に俺はついに膝から崩れ落ち、地面に拳を叩きつけた。


「いや、だから我がヤキトリ……」


「お前なんて焼き鳥じゃない! 俺が探し求めていた焼き鳥はお前じゃない!!」


 ペガサス的なのが〝トビウマ〟と呼ばれている世界だ。〝ヤキトリ〟が俺の知っている焼き鳥でない可能性を真っ先に考えるべきだった。

 わかっている。俺のミスだ。わかっている、けれども――!


「それでもやっぱり俺が探し求めていた焼き鳥はお前じゃない!!!」


「我、ヤキトリじゃない!!? アイデンティティ大崩壊!!!」


「熱いよ、ご主人様ぁ。帰ろうよぉ~」


 火の鳥的なのがバッサバッサと羽をばたつかせるたび、舞い飛ぶ火の粉にベガはうんざりした声で言った。

 だが、すまない。俺はまだ立ち直れない……立ち上がれないんだ!


「俺の口の中はもう完全に焼き鳥になってるのに! タレ、塩、タレタレ、塩塩ときどきタレ&黄身からの塩状態になってるのに!! 焼き鳥を食わせろぉぉぉおおおおお!!!」


「我、食われるの!?」


 いっそ食ってやろうかとも思ったけど炎をまとった火の鳥的なのに触ろうものならこっちが焼けてしまう。

 空想動物は山ほどいるのにどうして鶏はいないんだ! 美味しい鶏肉になる鳥系動物はいないんだ!!


 まとった炎が青色になったり黒色になったり紫色になったりと大忙しの火の鳥的なヤキトリだったが、何をひらめいたのか。


「食う……なるほど、そういうことか!」


 オレンジ色に戻ると羽で器用にポン! と手を叩いた。


「知っているぞ。人間の男が〝食う〟というときには食欲を満たす行為の他に性欲を満たす行為を指すこともあるのだろう?」


 かと思うと――。


「世界にたった一羽しかいない希少動物ヤキトリを相手になんという豪胆さ」


 褐色の肌と燃えるように赤い髪の女の姿に変化した。年の頃は二十代半ばの女の姿に。


「だが、そこが気に入った」


 出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる健康的な肢体を見せびらかすようにくるりとその場でターン。人型ヤキトリの動きに合わせて白いワンピース的なのがふわりと揺れる。


「特別に我を〝食う〟ことを許そう。一度だけ、だがな」


 艶然と笑う人型ヤキトリを俺はじーっと見つめた。

 鳥型ヤキトリが全身にまとっていた炎は消えている。これなら触れたらこっちが焼けてしまうなんてことにはならないだろう。

 俺はあごに指を当てて、ふむ……とうなってつぶやいた。


「……人型でもさばいて焼いたら鶏肉っぽい味になるかな」


「性欲じゃなくて食欲の〝食う〟なの、結局!!?」


 引っくり返った声で言って人型ヤキトリは鳥型ヤキトリに戻ってしまった。多分、生存本能的に。


「熱いよ、ご主人様ぁ。帰ろうよぉ~~~」


 鳥型ヤキトリから舞い飛ぶ火の粉に、ベガはうんざりした声で言ったのだった。


 ***


 このあと。

 丁寧に冷静に順を追って事情を説明した結果、世界で一羽しかいない希少動物ヤキトリ様にめっちゃ説教されることとなった。

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俺が探し求めていた焼き鳥はお前じゃない! 夕藤さわな @sawana

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