#44 ケンピの千葉への思い
全ての作業が終わり解散して正面玄関まで来ると、千葉が俺たちの所に小走りでやって来て、泣きそうな顔で「今日は、ありがとう」と言って頭を下げた。
俺はなるべく何でもない様な態度で応えた。
「俺たち自転車だけど、千葉は?」
「あ、私、近所で歩きだから」
「そっか。んじゃ俺たち帰るな」
「うん」
「千葉さん、お疲れ様ね!またねー!」
「お疲れ様。またな」
「ばいばい」
俺たち3人が駐輪場に向かいながら手を振ると、千葉も遠慮がちに小さく手を振り返していた。
時間が15時頃でまだ少し早かったからなのか、八田さんが「ウチに寄って行かない?」と言ってくれたので、俺もワラシもお邪魔することにした。 八田さんのお家には、家の前までなら何度も来ていたが、中に入れて貰うのは俺もワラシも初めてだった。
玄関から入ると、八田さんのお母さんが出迎えてくれて
「あらあらあら!シズカ、男の子のお友達も連れて来たの!?」
「うん、ケンピくんとフミコちゃんね」
「お邪魔します!」
「お、おおおじゃまします」
「いらっしゃい!いつもシズカと遊んでくれてありがとうネ! ゆっくりしていって頂戴ネ」
お母さんは、美人でにこやかで元気が良くて、見た目も性格も八田さんとよく似ている様に思えた。
八田さんの部屋に案内されて入ると、ワラシの部屋と違って、家具や小物なんか全体的に女の子らしい部屋だった。
恐らくウチの学校では、八田さんの部屋にお呼ばれされたいと熱望する男子が少なからずいるはず。 今俺は、プラチナチケットを手にしているのかもしれん。
「ワラシ以外の女子の部屋、初めて。 ちょっと緊張する」
「えー?でも普通の部屋でしょ?」
「シズカちゃん、何か相談したいことがあったからお家に呼んでくれたの?」
座って雑談が始まった途端、いきなりワラシが切り込んだ。
「え?あー、うん。二人の気持ちというか意思の確認しておきたくて」
「ほう」
「千葉さんのことね。今日はああいう場所だったし表面上はお互い大人の対応が出来たと思うけど、やっぱり無理やり気持ち押さえてた感じでしょ? 私としては、本音は仲直りして無理しなくても良い様な関係になってほしいって思ってて。 でも、他人がとやかく言うことじゃないっていう気持ちもあるし。 まぁ、ケンピくんの優しさに勝手に期待しちゃってるっていうのもあるんだけどね」
つまり、八田さんは俺と千葉に仲直りしてほしくて、それは俺から歩み寄るべきだと考えているのか。
「糞ビッチ2号は、ケンピくんにまだ謝ってない。私はソレが気に入らない」
「うーん、俺は別にソコは気にしてないかな。 そもそも担任から謝罪の場の提案受けた時に、俺の方から拒否したからね。 今更「謝れ」っていうのは筋が通らないよ。宮森さんの時みたいに泣かれても困っちゃうしね」
「ケンピくんがそう言うなら私は何も言わない。ケンピくんの意思に従う」
俺は腕組んで目を瞑り、考え始めた。
千葉とのこれからの付き合い方か
クラスは違うから、日常的に顔を合わすことも会話することも無いだろう。
だから無理に仲直りする必要性は俺の方には無い。
それと、もし俺が千葉と仲直りしたとすると、周りからは変な風に見られる可能性があるな。
陸上部の件を大ごとにしておきながら、自分だけ善人ぶって偽善者だな、とか。
それこそ真中とか俺の為に怒ってくれたのに、俺が千葉と仲良くしてたら面白くないだろう。
宮森さんみたいに、今、千葉と距離を置いている周りの友達やクラスメイトたちも同じように思うかもしれない。
だけど
逆の考えもある。
俺が許す姿勢を示さないから、他の人たちも許すことが出来ない。
俺が許せば、他の人たちも許すことが出来るかもしれない。
思い上がりだと言われそうだけど、今の千葉を助けられるのは、俺だけなのかもしれない、という思い。
瞑っていた目を開け、二人に自分の思いを話した。
「俺は、千葉に対して今でも好意的には見れない」
「うん。それは仕方ないよ」
「でも」
「うん?」
「千葉が周りからハブられて一人ぼっちで惨めな思いをしている姿は、見ていて気持ち良くない」
「うん、私もそう感じてた」
「だから、どうにかしてあげたいっていう気持ちもある。 思い上がりだって言われそうだけど、俺が仲直りすることで、周りの連中も千葉を受け入れることが出来るなら、俺はそれでいいと思う」
「そっか・・・やっぱりケンピくんは大人だね」
「いや、そんなんじゃないよ。ぶっちゃけ、謝れとか許す許さないとか、そういうのは正直言って面倒なんだよね。 反省してくれてるのならもうそれでいいじゃん。お互い気遣いあって上手いことやって行けば良いんじゃないの? っていうのが本音かな」
「ふふふ、ケンピくんらしいね」
「ケンピくんは誰よりも心がイケメンだから。ケンピくんのイケメン発言で私の下着はいつもビショビショ」
「え?フミコちゃんナニ言ってるの!?正気なの!?」
「ワラシは元からこんなんだよ。 付き合い始めた初日の初デートで、エロいこと考えすぎて下着がすぐビショビショになって困ってるっていう悩み聞かされたくらいだし。真面目な話の最中にネタぶち込んでくるのもいつものことだしな」
コーン入りウンコの写メの話は、流石に口外できん。
「へ、へぇー・・・」
「でもシズカちゃんも下着濡れちゃうでしょ?ケンピくんのイケメン発言聞いてたらキュンキュンしちゃってビショビショになるでしょ?」
「うんそうだねって、言うわけないでショ!」
「まぁまぁ。 話戻すけど、最近千葉のこと前向きに考えられるようになったのは、きっと二人のお陰だから」
「そうなの?」
「逃げ回ってた俺の代わりに先生に相談してくれたこともそうだし、ワラシが俺に冷静になれとかプライド守るって言ってくれたり、八田さんも俺のこと元気づけようと励ましてくれたり、そういうのが全部嬉しくてね。 陸上部のことは凄く辛かったけど、そのことが無かったらワラシや八田さんのそういう気持ちとか気遣いを知ることが出来なかっただろうなって思うと、憎しみの気持ちは薄れてどうでもよくなっちゃったかな。 喜びの方が上回るって感じ。 だから、二人が居なかったら、俺はきっと今でもウジウジいじけて逃げ回ってるよ」
「ね?ケンピくんのイケメン発言聞いてたら下着濡れちゃったでしょ?」
「だから私に同意を求めないでヨ! でも・・・、ケンピくんって、たまにドキっとすること言うもんネ」
結局、千葉に対しては過去に囚われずにコチラから歩み寄ることに二人とも賛成してくれた。
ただ、真中や宮森さんたちには事前に断っておこうってことにもなった。
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