#36 ワラシの上書き




 エグエグ泣きながら俺に抱き着いている八田さんをどうすることも出来ず、落ち着くのをしばらくじっと待っていた。



 ワラシさえ居てくれれば、こういう空気もブチ壊してくれるのになぁ。

 とりあえずワラシには、八田さん見つけたことだけでも連絡入れたいな。


 そう思い、スマホを持ってた左手は少し自由が効いたので、片手で持ったままタップしてメッセージアプリを開き「はったさんみつけた すこしじかんかかる」と簡単なメッセージを送った。



 ふぅ

 次は八田さんを落ち着かせないとな。

 俺の夏服のシャツ、肩の辺りが八田さんの涙と鼻水でベットリだし。



「八田さん、そろそろ落ち着いた? サッカー部の連中居なくなったしもう怖くないでしょ?」


「ううう」


「それに、こんな所で抱き合ってるの誰かに見られでもしたら、何言われるか分からないよ?」


「ううう」


「俺だってワラシに知られたら、おしっこ漏らすまで怒られそうで超怖いし」


「ううう、うわぁーん」


 和ませるつもりが、また声出して泣き出した。


 怒ってる女の子を宥めるのも大変だけど、泣いてる女の子を慰めるのも大変だな。


 ってマジでそんな余裕かましてる場合じゃない。

 冗談抜きにワラシ以外の女子と抱き合ってるのとか、絶対ダメじゃん。

 俺からは抱き返してないから、抱き合ってるわけじゃないけど、他人から見たら一緒だろうし。



 俺は無理矢理八田さんを引きはがすことにした。


「八田さん、ごめん」と断ってから両手で八田さんの肩を掴んで押し返す。


 が、八田さん、離されまいと抱き着く手をぎゅーって更に力込めて来た。


「なにー!? いや、マジで離れてよ!」


「・・・・」


 肩を押す手に更に力を込めると、八田さんも無言で更に腕に力を込めてきた。


 八田さんは、もう抱き着くというよりもベアハッグしてる状態。



「コラ!離せ!」


「やだ!」


「やだじゃないよ!離せよ!」


「やだ!」



 なんでムキになってんだよ!


 うーん



「八田さんには陸上部のことで助けて貰って凄く感謝してるし、八田さんが困ってる時は今度は俺が助けたいって思ってたよ。 でも、抱き着くのは勘弁してくれ。 教室でワラシが心配してるから、早く帰ろう」


「・・・あとちょっとだけ」


「ダメ」


「ちょっとだけだから」


「ダメ」


「あと10秒だけ」


「・・・10、9、8、2、1、0!ハイ10秒!お終い!」


 俺がカウントを途中飛ばしたら、八田さんガバっと顔上げたので、その隙に手を振りほどいて離れる。


「まだ10秒じゃない!」


「いやもう10秒経った。  っていうか、もう泣いてないじゃん! 帰るよ!置いてっちゃうぞ!」


 俺は校舎に戻る為に歩き出した。


「もう!ケチ!」と文句言いながらも八田さんも付いて来た。




 二人でトボトボ歩いていると


「助けに来てくれて、ホントありがとね」


「いや、大丈夫。八田さんには恩があるからコレくらい気にしないで」


「でも、男の子に抱き着いたの初めてだったけど、すっごいね。ぽぁーと安心しちゃうね」


「ブサイクでモテない俺には女耐性無くて解らん」


「もう、またそんなこと言って。 でも私に抱き着かれてケンピくんもドキドキした?」


「勘弁してくれ。 ワラシにマジで怒られる。ワラシ怒ると超怖えーんだから」


「ふふふ、フミコちゃんにもちゃんと謝らないとね」




 途中手洗い場に立ち寄り、八田さんは顔を洗い、俺も同じように顔を洗ってから教室に戻った。


 教室では、ワラシはどうしていいのか分からない様子でオロオロしていた。

 俺たちが教室に入ると、ワラシは直ぐに八田さんへ駆け寄り声を掛けていた。


「シズカちゃん大丈夫? ケガとかしてない?」


「うん。心配かけてごめんね?」


「遅くなってスマン。 ちょっと色々あってトラブってた」




 随分と待たせちゃったし色々心配だろうから説明とかしたいけど、お昼の時間はとっくに過ぎてるし、いい加減帰ろう、と3人で学校を出た。


 3人で帰りながら、八田さんに抱き付かれたことも含めてワラシには正直に全部話した。



 八田さんは「凄く怖くて、助けに来てくれたケンピくん見たら泣けてきちゃって無意識に抱き着いちゃった。ごめんね。もう抱き着いたりしないから」と素直にワラシに謝っていた。


 ワラシも「うんうん怖かったよね。もう大丈夫だからね。でもまたケンピくんに抱き着いたりしたら次は許さないからね。糞ビッチ3号って呼ぶからね」と普段よりも優しい口調で釘を刺すように脅していた。




 ワラシと八田さんをお家まで送って行くと家に着くころには完全に復活していたので、「ばいばい、またね~」と八田さんと別れ、そこからワラシの家まで帰った。


 本当は、今日はお昼食べてから落ち合って買い物に行く予定だったけど、流石に色々あって疲れてしまったので、買い物は明日にして今日はこのままワラシのお家にお邪魔して、ワラシの部屋で過ごすことにした。



 部屋に入り荷物を降ろすと、ワラシが無言で抱き着いて来た。

 俺は八田さんの時とは違い、迷うことなく抱きしめ返した。


「ワラシ、不安にさせてごめんな」


「ううん、大丈夫。シズカちゃんが怖かったのも分かるし、ケンピくんに抱き着きたくなる気持ちも、私が一番分るから」


「そうなの?」


「怖い思いしてる時にいきなりケンピくんが現れて助けて貰ったらどんな子でも3秒で恋に落ちる」


「いや、それは無い。 精々「うわ、折角助けに来るならもっとイケメンが来いよ!」とか思われるだけだな」 


 立ったまま抱き合っていたので、少し落ち着こうとワラシをハグしたまま持ち上げて、ベッドに腰掛けるようにワラシを降ろして、俺も横に座る。


「ケンピくん、まだ分かってない。 ケンピくんは心がイケメンって前から言ってるでしょ?シズカちゃんだってそう思ってる。 でも誰にも渡さないから。シズカちゃんにだって」


「ワラシは俺の評価高すぎだよなぁ。俺がブサイクって言われてどんだけ迫害されてきたことか。八田さんだって一時的な気の迷いだと思うぞ。きっとアレだ、吊り橋効果。 明日くらいに冷静になって「抱き着くならもっとイケメンのが良かった!」とか考えるとおもうぞ」


「兎に角今日は上書き。ケンピくんからシズカちゃんの匂い消すから」


 ワラシはそう言うと一度立ち上がり、ベッドに座る俺と向き合う様に俺のヒザに乗っかって抱き着いて来た。


 俺もワラシの頭に頬擦りして頭の匂いを嗅ぎながら、少し強めに抱きしめ返した。



 しばらくそのままで抱き合っていると、お母さんから「お昼出来たから取りにおいで」と声を掛けられ、ワラシの部屋でお昼ご飯を食べて、後はノートパソコンでキャンプ動画を色々検索して、仲良く抱き合ってイチャイチャしながら動画見て過ごした。








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