第26話 熊男は忘れた頃に

「おはよう」


 「おはようっ」


 今日はナナが朝食を作ってくれている。


 ナナは小さいながらも、料理の腕は大人顔負けである。

 初めは一緒に作ったりしていたけれど、今では私より手際が良いので出番がない。

 

 いつものように朝食を食べて、仕事へ向かう。




 最近はさらに取り扱う品が増え、知らない物も多くて一方的なアドバイザーではなくゼロから試行する事も増えた。

 成果が形になると嬉しいものである。


 日雇いの荷の運送から始めた仕事だったが、今では責任ある立場を貰ってオーナーには感謝しかない。


 

 ナナも泊まっていた宿の食堂の手伝いだったのが、調理補助までこなす看板娘になっている。


 犯罪に巻き込まれ流れ着いた街ではあったが、人にも仕事にも恵まれて第二の故郷と言ってもいいくらい。


 忙しくしているのでマスターの店には最近行けてないが、数少ない友人もいて毎日充実している。


 


「ただいま」


 「おかえりっ」


 こうして待ってくれている家族もいる。


 「ご飯出来てるから一緒に食べよっ」


「そうだね、手伝うよ」

 

 ナナの料理は美味しいが、特に美味しいシチューが今日のメニュー。


 「たくさん食べてねっ。 あ…」


「ん? ……」


 並べた皿を見て黙ってしまう。


 仕事も家庭も休日も充実している。幸せだ。


 

 いや…足りない。


 居る筈の彼女がそこには居ないのだから。


 考えないように


 見ないように


 ただ2人頑張っていただけ。


 楽しい時間すら頑張っていた。


 「おとーさんっ…」


 ナナが何を言いたいかはわかっていた。


 でもどうしようもなかった。彼女がどこに行ったのかすら分からなかったから。


 本当ならすぐにでも探しに行きたかった。


 この世界を知らない自分と、まだ幼いナナを連れてアテもなく探す旅なんて自殺行為だと思った。


 ナナは平気と言うだろうが、同じく大事な家族なのだ。

 目的地もわからないまま連れ回し、最悪見つからず人生を全うしたら…考えるまでもなかった。


 だから2人、彼女にフタをして毎日頑張って幸せに過ごしていた。


 限界も無理も分かっていた。時間が解決してくれると思ってやっていくしかなかった。


「ナナごめんな? ダメなおとーさんで」


 「そんな事ないっ。きっと帰ってくるよっ…」


 そう言って、少し冷めたシチューを2人で食べた。

 

 

 彼女がいなくなり1ヶ月くらいたった。


 知り合いには血縁に引き取られたと説明していたが、彼には手紙という事もありありのまま伝えていた。


 「ユーイチ!来たぞ!」


「ベアさん!どうして…」


 手紙を読み駆け付けてくれた。そういう漢だから嘘をつけなかった。


 「話がある。辛いだろうが、邪魔するぞ」


 大事な話というので、ナナも仕事を抜けて3人で話す事になった。


 「サンサの事は聞いた。まずユーイチはどうしたい?」


「…会って話をしたい。例え戻れない事情があったとしても…」


 ベアさんはしばらく黙っていたが話し始める。


 「気持ちはわかった。まず話しとく。俺は獣族だ」


 ん…?


 ナナと2人顔を見合わせる。


 「驚くのも分かるが、事実だ。良く思わない人族に耳を切り取られた。尾はまだあるが、子供の前だ。理解してくれ」


 そんな事があったのかと、言葉が出て来なかった。

 

 「それはいいんだ。いい奴も悪い奴もいる当たり前だとわかってる。それでユーイチが気に病む事はない! 話は別にあるんだ…」


「わかった…それで_ 」


 「サンサの行く先に心当たりがある。」


 !!


 ナナも同じく驚いていた。ずっと知りたくて知る事も出来なかった事。


「あ…えっ…ほん…」


 「ユーイチ落ち着け。数年前に獣族が集まって出来た集落を知っている。以前誘われたが、俺は人族と暮らす道を選んだからな。獣族は数が少ない。集落を作るほど集まるのはほとんどない。きっとサンサの祖父とやらが言ってたのはそこだと思う」


「どうしてそこまで」


 「お前たちが家族だったからだ。納得しての別れだったなら何も言わなかった。正直獣族への風当たりは強い。だから仲間の元へ行くのは間違いじゃない。だが、手紙の言葉一言で別れでいい関係じゃないだろ?それだけ3人は幸せに見えた」


 涙が止まらなかった。


 「ユーイチは俺の前だと泣いてばかりだな!ははは」

 

 ベアさんには敵わないな。女なら惚れていただろう。


 「行くんだろ?」


「「はいっ」」


 2人の気持ちは決まっていた。


 行き先がわかった。

 もしかしたら居ないかも知れない。

 

 可能性がある。それだけで会いに行かない理由なんかなかった。


 

 

 




 

 

 

 

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