つくねちゃん。
野村絽麻子
焼き鳥
友人の話をしよう。
そいつは牧田といって、昔から金のない男だった。と言っても実家はごく普通のサラリーマン家庭だし、特に子沢山とかでもなくて、下に妹がひとりいるだけ。ギャンブル狂でもアーティスト肌でも劇団員でもなくて、単に、思わぬ出費が続く、いわゆる運の悪いやつ。
だから牧田から連絡があった時、正直なところ、ついに金の無心をするようになったかと多少は身構えた。待ち合わせの居酒屋に現れた牧田は、いつも通りのちょっと困ったような顔で「とりあえず生二つ」と言っただけだった。
冷たいおしぼりで手を拭きながら水を向ける。
「元気そうじゃん」
「まぁな……いや、あのさ、」
牧田が何か言いかけたタイミングで店員がやって来た。水とおしぼりと生ビールをテーブルに置く。生ビールはともかく、水とおしぼりも二つある。先に出してた分を忘れたんだなと思って何とはなしに牧田の顔を見ると、奴の顔は少しだけ青ざめていた。
「あのさ、俺、何人に見える?」
「は?」
「コレだよ、コレ」
牧田は、水とおしぼりを指差した。
話によれば、三ヶ月ほど前に引っ越してからこの現象が始まったと言う。店に入ると必ず二名掛け以上の席に通され、水やおしぼりが二つずつ置かれるわ、注文すると「お連れ様の分はいかがされますか?」と聞かれるわで、要するに、ほぼ必ず二名扱いされる。
途中で適当に注文を済ませながら話を聞き終えると、牧田は頭を抱え込んだ。
「自慢じゃないけど、俺モテないし」
「知ってる」
「彼女なんか年単位でいないわけよ」
「そうだな」
「どうりで条件のいい部屋が残ってたわけだよなぁ」
「お待たせいたしましたぁー、キャベツの浅漬けサラダ、ハツ、モモ、カシラ、ササミが二本ずつと、つくね一本です!」
焼き鳥が売りの居酒屋だ。湯気のたつ焼きたてが運ばれてきて、それぞれ手を伸ばす。
「お祓いとか受けたらどうだ?」
「そんな金ねぇよ。ああいうのって高いんだろ?」
「どうだろう、受けたことないからなぁ」
串から肉を齧り取りながら思考を巡らせる。
「誰かいなかったっけ、そういうの、詳しい奴」
「寺生まれとか?」
バリバリとキャベツを噛み砕く。ついでにメニューを手に取り、追加オーダーをかける。ぬるくなったビールを飲み干し、新しいのをオーダーする。
答えは出ない。お祓いにしても引っ越しにしても金がかかる。そして牧田は金欠の星の元に産まれた金欠野郎だ。
「お待たせいたしましたぁー、せせり、さえずり、ネギマが二本ずつと、つくねでーす!」
焼きたてが運ばれてきたので、冷えたつくねを牧田の皿に乗せる。
「なんだよ、やめろよ」
「いや、食えよ」
新しい皿にもつくねはあるが、俺は頼んだ覚えがない。とすると必然的につくねは牧田の注文だ。
「お前のだろ」
「待て待て、お前のだろ?」
「頼んでねーし」
「……頼んで……ないよな?」
首を傾げながら店員を呼んで確かめるも、つくねはきちんとオーダーされていた。二回とも。
二人の視線が、自然と三つ目のおしぼりに行き着く。
「……これさぁ」
「……あぁ、俺も同じこと思ったわ」
「試してみるか」
「だな」
つくね二本をテイクアウトにして店を出た。途中のコンビニでそれっぽい日本酒を買い、牧田のアパートへと向かう。階段を登って、何の変哲もない扉を開けると、ごく普通の居室がある。
「こういうのって、どこに配置するわけ?」
「わかんねー。まぁ、それっぽくなってたらいいんじゃない?」
俺たちは、部屋の東側の壁際にちいさな盆を置き、皿に乗せたつくね二本と、グラスに注いだ日本酒をお供えした。
「えーと、なんだ、その……つくね、食べて下さい!」
「なんだそりゃ」
牧田の間抜けな発声を合図に、その晩は他愛ない話をしながら遅くまで飲んだ。眠くなるまで喋り通して、お互い船を漕ぎながらも笑い合って、そうしていつの間にか眠っていて、それから、いつも通りの朝が来ていた。
夜明けのファミレスはガラガラに空いていた。
やる気のなさそうなウェイトレスが「らっしゃーせー」と現れて水とおしぼりをテーブルに半ば放り投げるように置いていく。
「……なぁ!」
「……お、おぉ!」
水とおしぼりは、二つずつ。
「ビンゴォォオオオ!!!」
静まり返った店内に俺たちの妙なテンションの笑い声が響き渡り、ウェイトレスが眉をしかめ、テーブルには朝日が差し込んでいた。
とまぁ、そんなこんなで、牧田のお二人様状態は解消されたようだ。ほどほどに割の良いバイトにもありついたらしくて、そのバイト代で、たまにつくねを買って帰ってはお供えしているとか。そう、「つくねちゃん」なんて呼んでるんだよ、あいつ。良いんだか悪いんだか、全然わかんないけどさ。
つくねちゃん。 野村絽麻子 @an_and_coffee
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