逢坂

lager

出会いと別れ

 びおう。

 びおう。


 弦の震える音が聞こえる。

 細く、細く、糸のように、煙のように立ち上り、消えてゆく音がする。

 それは、ただの音だ。

 張り詰めた糸が弾かれ、気が震え、木を削ってできたてうろを満たし、大きくなってゆく。


 それは水の岩を打つ音とも、風の枝葉を揺らす音とも、炭火の燃える音とも何ら違いはない。

 ただの気の震えだ。


 それが人の耳を震わし、心を震わし、魂を震わしたとき、楽となる。


 びおう。

 びおう。


 音が聞こえる。

 私の指がばちを摘み、弦を弾き、音を生み出している。


 とうに光を失った目のうちに、震えが染み込んでゆく。


 楽となってゆく。


 楽とは、人の内にあるのだ。


 人の心の震えか体を動かし、気を震わせて音を発し、再び人の内に入り、楽となるのだ。



 私がこの場所に庵を結び、幾年が過ぎただろう。

 訪ねて来るものは稀で、日がな一日この縁側に座り、琵琶を鳴らしている。

 それでも、人は通るのだ。

 私の知らぬ、私を知らぬ人々が、行き交ってゆくのだ。

 男も女も、子供も老人も、みなこの地を歩いてゆく。

 出会い、別れ、みなそれぞれに心を震わせていく。

 私にはそれが見えぬ。

 だが、音が聞こえる。


 音が聞こえ、心が揺れる。

 魂が震える。


 なればそれは、楽なのだ。


 人の営みこそ、この世の楽なのだ。


 今日も私は、己の震えの赴くまま弦を弾き、音を発する。

 それが見知らぬ誰かの心のうちで楽となることを夢想して、音を発する。



 これやこの

 行くも帰るも別れては

 知るも知らぬも逢坂の関

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