知らぬ間に
くるとん
料理、それは科学。
「魔王、捕まったらしいよ。農場を荒してたところで捕まったんだって。」
「あっけない結末だけど、平和になるんならよかったよ。しばらくのんびりできそうだ。」
窓の外から聞こえてきた声。冒険者のようだが、俺には関係がない。意識を集中し、入念な最終チェックを行う。
グローバリゼーションが進み、通信技術が物理的距離を置き去りにした現在。文化は世界規模の発展をというレールに乗った。
例えばここに、色鮮やかなちらし寿司が置かれている。宣伝用の写真を撮るべく、素材の場所をミリ単位でこだわりぬいた力作だ。宣伝写真はインターネットの波に乗り、全世界へと拡散される。
そしてマーケティングが成功し、誰かが食べたいと思ってくれたとしよう。残念ながら、人間が空間を飛び越えることはできない現在。物理的距離が障壁となってしまうことがある。ことここは異世界。最速の移動手段は蒸気機関車という世界。1食のために何十時間も必要となれば…決定にネガティブな影響を与えうる。
■
「うーん…まだまだって感じですね。」
試作品を口に運び、現実を思い知る俺。
異世界といえば「冒険」がクローズアップされがちだが、人が生きていくという過程には笑いあり涙あり。着るものも必要、住む場所も…食べるものだって必要。語弊を恐れずに言うならば、「冒険」はあくまでも生き抜く手段のひとつでしかないのだ。
デスクワーク中心の生活をしていた俺。突然異世界に放り出された俺。モンスターと渡り合う胆力など持ち合わせているわけもなく。当然の帰結として、冒険の道ではなく、食品メーカーに就職した。履歴書には困ったが、なんとか雇ってもらえた。仕事内容は機械を製作することだ。
「ここら辺が焦げすぎてる感じですね。火力調整が難しい…。」
「素材のカット方法を変えてみますか?」
「いや…形を変えるわけにはいかない。」
目的は料理の再現。つまり、料理人の技術を機械で真似ようとしている。料理は科学。全ての条件を同一にすれば、どんな料理でも再現できる。理論上はそうなのだが、現実は甘くない。同じ条件で試したはずなのに、結果はてんでばらばら。わずかな水分含有量の違い、肉眼では確認できないレベルの差異が、味に小さくない影響を与えているのだ。
世に「串うち三年、焼き一生」という言葉がある。
うなぎの世界にも通じる言葉であるが、俺が今向き合っているのは焼き鳥である。王都で大人気の焼き鳥専門店まるや。その味を全世界の人々に届けようと、大規模なチェーン店化計画が持ち上がった。その計画の成否は、この機械の成否にかかっている。
同じ味を提供するのは極めて難しい。人の手が介在するほど、その可能性は高まっていく。機械はプログラム通りにしか動けないが、プログラム通りの動きを繰り返すことができる。寸分の狂いもなく。
鶏肉のカット、串うち、味付け、焼きに至る流れ…その全てを機械化することが目標だ。そして計画からはや3年が過ぎようとしている。
格言は異世界でも正しかったようだ。
俺が焼き鳥と向き合う日々は、まだまだ続く。そういえばこの前、会社の農場を荒した奴らがいた。とっつかまえてギルドに引き渡しておいたが、どうなったのだろうか。まぁ、気にしている時間はない。まずは串うちから見直しだ。
知らぬ間に くるとん @crouton0903
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