第17話 〜ロリド・ジャン・オラリア〜 ②
―――王宮 ロリドの自室
自室での謹慎生活中のロリドは自尊心を深く傷つけられていた。
ーーーしばらく外出を禁じ、これまでの行動を反省する時間を与える。人の上に立つ者として、よく考えるのだぞ?
国王陛下である父の言葉に、毎晩のように悔しさで枕を濡らしていた。
(クソッ! クソッ! クソッ!! これも、全て『下賤のクズ』のせいだ……)
寝ても覚めても頭の中にいるのは、澄ました顔で逃げ出したギルベルトの姿だった。次期国王である自分の顔を殴った者が何の罰も受けないなど、ロリドには許せるはずがなかったのだ。
学園生活では全てが上手く行っていた。
誰もが自分の権威に頭を下げ、みんな従順だった。
女生徒は自分に媚を売りどんな女も簡単に手に入れて来たし、逆らう者には容赦しなかった。
―――私の婚約者はギルベルト・カーティスです。殿下の婚約者になる事は絶対にありません。
屈辱の謝罪をさせられ、ストロフ家の令嬢ミーシャには軽蔑の視線を向けられた。
他国からの留学生の間では、首席卒業者はどんな権力にも屈さない素晴らしい男だったと騒ぎになり、各国でも噂になっていると聞いた。
その度にロリドは憎悪を募らせてた。
コンッコンッ……。
「お呼びでしょうか? ロリド殿下」
遠慮がちなノックと共に不安気な表情を浮かべるのは、1人の新米執事のマーク・ヴェドリアだ。
ロリドは何もしていないわけではなかった。
気弱な性格で権力に歯向かうことなど絶対に出来ず、誰かのために必死で働いているような者を探していたのだ。
それは、絶対服従の駒を手に入れ、ギルベルトに復讐するために……。
「マークだな……?」
「は、はい。ロリド殿下!」
「幼い妹と病弱な母は元気か?」
「……は、はい! 王宮に住み込みで働かせて頂いて、少しは生活が楽になりました!」
マークの嬉しそうな笑顔にロリドはニヤリと口角を吊り上げる。
「マーク。……『筆頭執事』になりたいか?」
「……?」
「2度言わせるな。私が上に立った時、貴様は王族の給仕を取り仕切る地位が欲しいか?」
マークはゴクリと息を飲み、少し困惑しているだけだ。
「……どうなんだ? 早く答えろ」
「わ、私は母や妹を養えるだけの給金を頂ければ、それで充分にございます」
「そうか……。新米執事のままでいいのか……」
「……ロ、ロリド殿下?」
「いや、お前の噂を小耳に挟んでな。引き上げてやろうかと思っていたのだが、野心はないのだな……。新米執事はいつ解雇されるかもわかった物ではないが、それをお前が望むなら仕方ない」
脅しめいた口調のロリドにマークはピクッと顔を引き攣らせる。
「ロ、ロリド殿下……」
「『そんな事』になったら本当に大変だろうな」
「ほ、欲しいです! わ、私は筆頭執事の地位が……。妹と母を楽にさせてあげたいのです」
マークの脳裏には病弱な母とまだ幼い妹の姿があった。いまは末端であるが、やっと家族を養えるようになったのだ。ここで職を失うわけにはいかない。
マークの必死の形相に、ロリドは更に口角を吊り上げる。
「……知っての通り、私も深く反省してな。お前のような困窮に喘ぐ者に手を差し出してやりたいのだ」
「……ロリド殿下! 私は、私は……!!」
「……今、この場で誓うか? 私のためだけに人生を捧げると」
「ロリド殿下のためだけに……?」
「ここでの話は誰にも漏らしてはならない。お前は私のためだけに働くのだ。家族に素晴らしい生活を与えるために」
「……は、はい」
マークに選択の余地はない。
評判は悪くとも、絶大な権力を持つ次期国王からの申し出と、冷酷なさすような視線……。マークはやっと手に入れた生活を手放す事は出来ないのだ。
「誰よりも私を優先するのだ。『誰よりも』だ……」
ロリドが試すような視線で執事を見つめると、マークは小さく息を吐き、決意を固めた表情を浮かべた。
「ロ、ロリド殿下のためだけに人生を捧げます……」
マークはどこか虚な瞳でそう呟いた。
(かしこい選択だぞ、マーク……!)
ロリドは心の中で呟きながら、自室をグルリと見渡し、宝石が入れられているケースから1つ手に取るとマークに投げた。
「マーク。裏切りは死を意味すると肝に銘じるのだぞ?」
「……は、はい。承知致しました」
マークは手元に投げられた宝石を見つめてゴクリと息を飲んだ。
「早速だが、命じる事がある……」
「……な、何でしょうか?」
「ある男を消すのだ! 暗殺者ギルドに出向き、ギルベルト・カーティスの暗殺を依頼して来て欲しいのだ」
「……」
「お金はいくら使っても構わない。何としてでもあの『下賤のクズ』を殺すのだ」
「しょ、承知致しました……」
「下がれ。『家族のため』に頑張るのだぞ? 安心しろ。私についてくれば最高の幸せを保証してやるからな……」
ロリドは手持ちの金貨をマークに手渡した。
「これで、母の薬を買って、妹に高級菓子でも食べさせてやるといい……」
「ロリド殿下……」
マークは手元に宝石と数十枚の金貨を前に、またも息を飲んだ。これほどの大金と大きな宝石が手元にある事が信じられない。
「さぁ。行くんだ、マーク。これは私とお前だけの秘密だ……」
「あ、ありがとうございます……」
マークは宝石と金貨を懐におさめながら、「これで家族が幸せになれる」と涙を浮かべた。
「マーク。頼んだぞ。私の顔に傷をつけ、私を『貶めた』愚か者に『正義の裁き』を……」
「は、はい。必ず……」
ロリドは去って行くマークの後ろ姿を見つめながら、
(『これが』あるべき姿なんだ……!)
金、権力、武力。
全てを持ち合わせる自分に対する対応は『こう』あるべきなのだと、込み上がる笑みを堪えた。
扉が閉まると同時に窓から王都を見下す。
(……覚悟しろ。どこで何をしていたとしても、私は貴様を許しはせん! 私の顔を殴り、侮蔑した事を絶対に後悔させてやる!!)
拳は固く握られていたが口角を吊り上がっていた。
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