第15話 『逃げろ!』




 ゴブリンキング討伐から3日が経った。


(幸せすぎるんだがッ……!!)


 獣人達と狩りに出かけたり、獣人達の水浴びの警護に行ったり、セリアの膝枕で眠ったり起きたり、食事を堪能したり、酒を飲んだり……。


 ゴブリンが装備していた武具を拾い集めて、いざという時のお金を作ったりと理想郷(ユートピア)を堪能していたが……。


 俺は……、『俺』が『俺』である事を忘れていた。


「ギルベルト様! みんな! な、なんだか武装した王国の騎士達がこの村に向かって来ているみたいです!」


 索敵担当の狼人サアヤが血相を変えて村に飛び込んで来たのだ。


「……お、終わった。たった3日で……。俺の理想郷(ユートピア)が……」


「ギルベルト様? どうされますか?」


 アイシャは俺の意見を聞いてくるが、俺は自分が逃亡中の身である事をまざまざと突きつけられたのだから、まともな思考なんて出来るはずがない。


「ご主人様? 大丈夫ですか?」


 セリアは今にも倒れそうな俺を支えてくれるが、豆腐メンタルの俺の精神的ダメージは計り知れない。『死にかけて』手に入れた理想郷(ユートピア)がガラガラと音を立てて崩れていく。


「セリア。逃亡の準備を……、して、くれ……」

(泣きてぇええ!! なんで『こう』なるんだ!)


「……承知致しました」


 セリアは無表情のまま、そそくさと獣人達に声をかけ、食料や簡易的な衣類を譲って貰っている。


「ギルベルト様……」


「すまないな、アイシャ。俺達はこの村を離れる時が来たようだ」


「……なるほど……。ギルベルト様の『救い』を待つ人々がたくさんいるのですね」


 アイシャは瞳を潤ませながら視線を落とす。


(違うんだ……。俺、逃亡中なんだ……)


 俺は色んな意味で泣きたくなりながらも、このままアイシャ達を置いて行っていいのかを思案する。


 十中八九、俺を追ってきた者達だろう。

 じゃないと人間がここに来る理由はない。


 つまり、俺がアイシャ達の平穏を壊してしまったと言う事なのだ。


(な、何て事だ……。ごめん! 巻き込んで、ごめん!!)


 このまま、放っておく事はできない。

 俺は狼人のサアヤに声をかける。


「あとどれくらいでここに着きそうだ?」


「うぅーん。30分〜45分でしょうか……? どうされたのですか? ギルベルト様?」


「アイシャ。みんなを集めてくれ! 早く」


「……? は、はい!!」



 住人達が集まると、皆が不思議そうに俺を見つめている。


「みんな、すまない! どうやら、俺が巻き込んでしまったようだ! 王国騎士達は、俺を追ってここに来たんだ!」


「「「………」」」


「な、なぜ、ギルベルト様が……」

「そんなはずありません! ギルベルト様は……」

「た、戦いましょう! ギルベルト様のためなら……」


 みんなの言葉がありがたいが、戦うなんて絶対にダメだ。王国騎士団に罪はない。悪いのは全て俺なのだ。ゴブリンのような悪い魔物とは訳が違う。

 

 獣人達を守るために出来る事。

 ひっそりと平和に暮らしていた獣人達の生活を壊してしまった事に対する責任の取り方は……。



「みんな! よければ『カーティス領』に移住してくれないか? 俺の父が領主をしている小都市だが、奴隷制度も廃止しているし、獣人達も数は少ないが住んでいるんだが……?」


 獣人達はポカーンとして固まっている。


「あ、安心してくれていい! 兄も優しいし、街のみんなも気のいいヤツらばかりなんだ! 働き口もカーティスの屋敷のメイドとしてでいいのなら、すぐに雇い入れてくれると思う……」


 チラリとセリアに視線を向けると、無表情でコクリッと頷いてくれた。未だに固まっている獣人達に小さく首を傾げると、アイシャが小さく呟いた。


「そ、そんな夢のような街があるのですか……?」


 瞳からはボロボロと涙を流しており、アイシャの涙を見た獣人達の瞳は一様に潤んでいる。


「奴隷がいない街……。なんて素敵な……」

「ギルベルト様の生まれ故郷に……うぅ……」

「何て幸せな事なんでしょうか……」


 俺は目の前の光景に絶句する。


(……の、望んでここに居たわけじゃないの? 『ギル』大事じゃないの……?)


 俺の顔は引き攣って行くが、正直、それは当たり前のような気もした。怖い思いをして、ここに避難していただけで、ちゃんとした文明があるに越したことはないのだ。


「……ア、アイシャ。悪いんだが、みんなを先導してカーティス領まで行けるか? 帝国との境目なんだけど、道はわかるか?」


 この3日で大体の地理は把握している。

 カーティス領はそれほど遠いわけじゃない。逆にそれが原因で、この森まで捜索の手が伸びたと考えてもいいだろう。


「はい。ギルベルト様が地図を書いて下さっていたではありませんか……。やはり、ギルベルト様は全てを知っている神様なのですね……」


「……」

(ただ、現在地を正確に割り出して把握しておきたかっただけだけど……)


「安心して他の困っている人達を救いに行って下さい。私達は、ギルベルト様に道を示して頂けただけで充分でございますので!!」


「その通りです! ギルベルト様!」

「3度も救って頂いた恩は絶対に忘れません!」

「私達は、その夢の街でギルベルト様の帰りをお待ちしております!」


 獣人達の言葉を聞いた俺はすぐに準備に取り掛かるように指示し、俺は俺で、父様と兄様、それからミーシャに宛てた手紙を書いた。


 思えば何の連絡もせず、かなりの迷惑をかけているだろう。俺のことはすでに見限られている可能性も充分にあり得る……。


 けど、父様は困っている人を見捨てるような事は絶対しないし、兄様も優しい人だから獣人達を無碍に扱う事もしないだろう。



 獣人達が号泣した最後の別れを済ませ、この獣人の村『ギル』を去ったのを確認する頃には、俺とセリアが初めてこの森に来た時の湖に100人規模の軍が目に入った。


(……ま、まじかよ!! 俺1人にどれだけ本気なんだぁああ!!)


 絶望に顔を歪ませながらも、セリアに声をかける。


「セリア! 俺達もさっさと逃げるぞ!」


「はい、ご主人様」


「……とりあえず、このゴブリンの装備とかを売りたいから近くの村か街に行ければいいんだがな」


「そうですね。ここからでしたら、『水の都』はどうでしょう? あそこは観光客が多いですし、紛れ込みやすいのでは?」


「よし。それで行こう! 西だな!」

(冴えてるじゃないか!!)


 俺はゴブリンロードが持っていた大剣や、趣味の悪い宝石類を担ぐと、セリアがひょこっと顔を出す。


「水の都と言えば、『オンセン』ですね。一緒に入りましょうね、ご主人様」


 安定の無表情のポンコツメイドの美しさは止まる事を知らない。


「ハハッ、そうだな! それも悪くない!」

(だがッ!! もうその手に動揺する俺ではないッ!)


 俺は水の都へと続く道、カーティス領とは逆方向へと一歩踏み出すと、


「楽しみにしております……」


 セリアが小さく呟いた。


「……ん?」

(……いま、笑ったか?)


 セリアに視線を向けるが、そこにはいつも通りのセリアの無表情があり、めちゃくちゃ気のせいのようだった。


「では、行きましょう、ご主人様」


「あぁ! 俺は本物の『安住の地ユートピア』を手に入れるまで突き進むぞ!!」


 俺が声を上げると、後ろから声が聞こえた。



「……ああっ! ギ、ギルベルト・カーティス!!」



 《予知(プレディクション)》を怠るから『こう』なる。おそらく斥候の者だろうが、俺は即座にセリアに飛びつき声を張り上げた。


「セリア! 逃げるぞ!!」


「は、はい。《閃光(フラッシュ)》……」


 俺達は世界を置き去りにして逃亡した。



「ま、待って下さい!! 話を聞いて下さぁあい!!」


 

 斥候の王国騎士の言葉は2人の耳には届かなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【あとがき】


 はぁー宝くじ当たらないかな。 はっ?


「面白い」

「今後に期待!」

と思ってくれた読書様、


☆☆☆&フォロー&レビュー!!


 創作の励みになりますので、よろしければよろしくお願い致します。

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