第14話 イチャイチャ



side:【セリア】



 先行しながら湖に進んでいるけど頬の熱が引かない。


(ご主人様、かっこよすぎるんですが……。セ、セリアのご主人様、カッコ良すぎるんですが!)


 先程の動きはリリム様に教えて貰った《身体強化》と呼ばれる魔法。


 『ギフト持ち』にしか属性は与えられないので、昔に栄えたとされる無属性の魔法のはずだ。


 それなのに、私の【閃光】を連発させているかのような圧倒的な蹂躙。黒い瞳を空色の瞳に変化させている姿は、黒髪に似合いすぎてて思わず息を飲んだ。


 無属性魔法は魔力があれば誰にでもできると聞いた事があるが、そんな生優しいものではなく、ただの魔法ではない事は誰の目にも明らかだと思った。

 


 大急ぎで朝食の準備を済ませて、必死に走った甲斐があった。『やはり』と言うべきなのか、アイシャさんに渡された剣は折れてたけど、護身用のナイフだけであれほどの……。


(……って、ヤバい……。ご主人様の前で変な顔をしてしまいました。絶対に変な顔でした! し、死にたい……。ご主人様がかっこよすぎて抑えきれませんでした……)


 あまりの感動と心拍数に、唇を噛み締めるだけでは無表情を装えなかった。



―――それ、どんな顔だ?



 先程の少し困惑されたご主人様の表情。


(ぜ、絶対、変に思われてます!!)


 顔の熱が引かない。恥ずかしすぎる。

 こんなにも変な顔しないように頑張ってるのに……、



「『あんなの』は反則なのです……」


「……ん? セリア、何か言ったか?」


「い、いえ、何も言ってませんよ?」

(好きです、ご主人様!)


「そうか……? でもこれで、衣食住を確保出来たぞ! まさか、ゴブリンキングがいるとは思わなかったけどな! ハハッ!」


「……あの1番大きかった個体ですか?」

(カッコ良かったです。ほ、本当に……最高でしたよ!)


「ああ。本当に死ぬかと思ったよ。今回も本当にヤバかった……!」


「セリアは、ご主人様は【未来視】だけでなく、やはり特別な力を持っていると確信致しましたよ?」

(そんな力なくとも大好きですが……!!)


「……そんなはずないだろ? 本当に死ぬかと思ったんだぞ」


「ご主人様は完璧でございます」


「……はぁ〜……」


 ご主人様は呆れた様子で深く息を吐きながら、返り血の匂いを嗅いでは嫌な顔をしている。


 いつも通りのご主人様に少し落ち着きを取り戻しながらも、あんなカッコいい姿をアイシャさん達に見られなくてホッと胸を撫で下ろす。


 嫉妬なんてする資格なんてないのに、この現実離れした『夢』の時間は私だけの物であって欲しいなどと、メイドとしてあるまじき思考をしてしまっている。


「ご主人様。では、お背中をお流ししますので」


「……え、いや、か、身体は自分で洗うよ! 悪いけど服だけ頼む」


「……はい。セリアはご主人様の専属メイドなので、衣類の洗濯など当たり前でございます。ですが……、お気遣い感謝致します」


 私がお辞儀をすると、ご主人様はあからさまにホッとしたように笑みを溢した。


(セ、セリアには身体に触れられたくないのでしょうか……?)


 昨夜はアイシャさん達に、ベタベタと触られて嬉しそうに見えたのに、私はやはりご主人様からは、ただのメイドにしか見られていないのだろう。


 チクッと胸が痛くなりながらも、それを表情に出さないように必死に無表情を貫いた。




※※※※※



 セリアに覗かないように伝え、上半身のゴブリンの返り血を湖で流していく。


(ふぅ〜……、あ、危ないところだった……!!)


 正直、さっきのセリアの唇を噛み締め、頬を染めている表情が頭から消えてくれない。こんな心境で、いつものように、


「セリアも一緒に水浴びします」


 などと冗談を言われたら、鼻息が荒くなってしまう所だった。いつもの軽い冗談も、死地から抜け出せた安堵と先程のセリアの表情で軽く受け流せそうにない。


(念のため、下は履いたまま来たけど……)


 セリアに身体を洗われて、変な所が反応してしまうのも恥ずかしいし、いつも無表情のくせに、その時だけクスッと笑われたら、主人としての威厳も何も無くなってしまう。


 『俺』の事だからその可能性は充分にあり得る。



 ふと水面に反射する湖を眺める。


「はぁ〜……。それにしても、いい天気だなぁ〜!!」


 逃亡中とは思えないほどの、穏やかな昼下がり。


 先程、死を覚悟したことなど、すっかり頭からは消えている。俺の不幸体質を気にしてたらキリがない。終わった事は常に切り替えていかないと、心がもたないのだ。


(手に入れたぞ! 俺の『理想郷(ユートピア)』!)


 少しの空腹を感じるが、達成感と夢の実現を目の当たりにして、これが幸福だと実感する。


(家で悠々自適の生活よりも、こうして森の中でひっそりと暮らすのが1番なのかもしれないな)


 深く息を吐きながら太陽の匂いを嗅ぐように天を仰ぐと、



ピチャッ……



 背後に水音が聞こえ、心臓がバクンッと脈打つ。



「ご主人様。お背中を流させて下さい」


「……」

(ま、まさか……!!)


「……背中に触れてよろしいでしょうか?」


「……」

(待て待て待て!! は、裸なのか!? 裸だよな!? 絶対裸だろ!?)


「ご主人様……?」


 俺の頭には昨日、この場所で水浴びしていたセリアの裸体が蘇る。


(ヤ、ヤバい……! ヤバいよ、ヤバいよ!!)


 有無を言わせない生理現象にゴクリと息を飲む。


 振り返りたいのに振り返れない!


 振り返ったらメイドに欲情してしまっている紳士の風上にも置けないような愚か者と思われてしまう。

 

「セ、セリア……。も、もう綺麗に洗えてるだろ? 大丈夫だから……」


「……いえ、背中にまだ少し残っています」



ピトッ……



 背中にセリアの手の感触が……。

 少し熱いセリアの体温が伝わってくる。


(心臓の音、ヤバいんだぞ!! 気づくなよ! 気づくんじゃないぞ!!)


 セリアは俺の背中に触れたまま動きを止めている。


(な、なに? この状況……?)


 沈黙に耐えきれない俺はわざとらしく明るい声を出した。


「と、とれたか?」


「……は、はい。綺麗になりましたよ、ご主人様。急に申し訳ありませんでした」


「え、いや、あ、あぁ。ありがとうな」


 俺が呟くと水音を立てて去っていく。

 俺は慌てて振り返り、セリアの姿を確認する。


(……そ、それ……すごくいいな!)


 セリアは全裸ではなかった。

 しかし、メイド服は纏っておらず、白い肌着は水で所々張り付いていた。


「……ク、クソ。ポンコツメイドめ……」


 去っていくセリアの耳は赤くなっていて、いつものようにからかうつもりが自分で恥ずかしくなってしまったのだと理解した。


 無駄にドキドキして損したと思いながらも、少し『気持ち』を鎮める時間が必要な俺は、レム爺の顔を思い浮かべていた。




 しかし、セリアは……、


(咄嗟に飛び出してしまいましたが、わ、私ったらなんて事を!! 少しメイドの範疇を越えています! こんなのもう愛していると伝えているような物! ご、ご主人様に解雇されたらどうすれば……。そ、そんな事になったら生きていけないのです……!)

 

 ギルベルトには一度も見せた事のないような、今にも泣き出してしまいそうな真っ赤な表情だった。

 

 

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