第12話 逃げたいけど……



 アイシャと名乗る猫人や他の獣人達と一緒に、セリアが調理した食事を食べている。面倒な事などとりあえず今は忘れて、とにかく今は食事に集中する事にしたのだ。


(……さ、最高だ!)


 本気で涙を堪えながら、最高の料理に舌鼓をうつ。


 5日ぶりのまともな食事を堪能しながらも、セリアがいてくれてよかったと心から思った。


「ギルベルト様。まだまだ食糧はありますので!」

「私が横で食べるんですよ、ミミ!」

「ウチがギルベルト様の横です!」


 俺の隣を争っている様々な獣人達。


(なんだよ、ここ……。天国かよ……)


 10年前に助けたらしいが、小さい頃なんて人攫いに遭うなんて日常茶飯事だったし、正直全く覚えていない。俺は逃げ出しただけで、この娘達が勝手について来ただけだろう。


 獣人の幼女だったとしたら、貴族連中の物好きにはかなり高価で売れるし、ここの獣人達のスペックを見るに、かなりの値がついていたはずだ。


 俺を攫った者達は、怒り狂う姉様がことごとく潰していたので、大丈夫だと思う。大切なのは、俺が救ったわけではなく、姉様に助けられたのが事実だと言う事だ。


 夢のようなハーレムに俺の頬は緩みっぱなしだ。


 獣人達は甲斐甲斐しく世話を焼いてくれ、果実酒のようなお酒まで用意してくれたのだ。


(姉様……、なんか横取りしてごめんなさい! ありがとう! ギルベルトは幸せです!)


 幸せを噛み締めていると、調理をテキパキと進めているセリアが顔を出す。


「ご主人様。お味はいかがでしょうか?」


「最高だ! セリアも冷めないうちに早く食べよう!」


「いえ、セリアはご主人様を見ていますので」


「……?」


「写し絵の魔道具がなくて残念です。とても、幸せそうに笑っているご主人様の様子を、旦那様や奥様、イルベール様にリリム様……、ミーシャ様にもお見せして差し上げたいですね」


「……な、何か拗ねてるのか?」


「いえ。そんな事はありませんよ。ご主人様が幸せそうで何よりでございます」


 セリアはいつも通りの無表情に見えるが、どことなく違和感を感じる。小さい頃から一緒にいるからか、異変はすぐにわかるのだ。


(なに拗ねてんだ? セリアのヤツ……)


 首を傾げながらも肉を頬ばっていると、アイシャがお酒を注いでくれた。


「ギルベルト様、本当にありがとうございます。私達の祈りが伝わったのですね……」


「……」

(そう言えば、ゴブリンがどうのこうの言ってたな)


「この辺りのゴブリンは変異種らしく、言葉を喋るのですが、私共を孕ませると息巻いていて、それはそれは恐ろしかったのです」


「そうか……」

(……なんだよ、変異種って。めちゃくちゃ強いんじゃないのか?)


「こうして、『ギル』という村にギルベルト様が訪れて下さったのは奇跡としか考えられません」


 アイシャは俺の腕をギュッと抱きしめる。


「その襲撃ってのはいつなんだ?」

(おっぱいが……、素敵!)


「……? 明日ですが……? ふふっ。ギルベルト様には『全て』わかっているのでしょう?」

 

「ちょっと、アイシャ! あなたばかりズルいわ! 早く変わってよ!」


 狐人のロミーがふわふわの尻尾を俺の腰に巻き付ける。夢のような獣人ハーレムを目の当たりにしながら、俺は穏やかに微笑むだけだが、その内心は……、


(……に、逃げてぇえ)


 ゴブリンの襲撃なんかヤバいだろ?

 しかも変異種ってなんだよ!

 この引くに引けない感じやめてくれよ!


 ってかこの村の名前『ギル』なのかよ……。



 空腹からの脱却は、現実を突きつけてくる。


 もう救われたも同然と、可愛らしくはしゃいでいる獣人達に顔は引き攣るばかりだ。また見つかり奴隷にされる事を恐れてひっそりと暮らしているアイシャ達。


 この村に辿り着いたのは一見、ラッキーのように思うが、蓋を開ければ『コレ』だ。


 まぁでも食糧を分けてもらったわけだし、逃げ出したいからと言って逃げていいわけがない。正直、この巻き込まれ体質は慣れたものだし、ここで恩義を返さなくては紳士の名が廃る。



(それに……、ゴブリンを退けられたら、ここは本当に『理想郷(ユートピア)』。毎日のんびり、楽しく過ごせそうだしな……)


 お酒でホワホワの頭で、眼前のおっぱいの数を数えながらそんな事を考えた。



※※※※※



 酒池肉林の夜を終え、久しぶりに寝床で眠った。


 寝床と言っても藁を敷いてあるだけの簡易的なものだったが、随分と疲れが取れた。もちろんハーレムをいい事に好き放題するような度胸はない。


 でも、ふわふわの尻尾を枕に眠ったはずなのに、目が覚めたらセリアの膝の上だったのには驚いた。


「おはようございます、ご主人様」


「おはよう、セリア……」


「疲れは取れましたか?」


「あぁ……。他の獣人達は?」


「朝早くに見張りに立つといって村を出ています」


「……お、起こせよ。ってか何でセリアの膝枕……?」

(まぁ、控えめに言って最高だが……)


「……はい。ご主人様が寝苦しそうでしたので」


 少し視線を外す無表情で頬を染めるセリア。


 セリアは嘘を吐くとき、俺の目を見れない。本人は気づいていないようだが、何年も一緒にいる俺にはお見通しだ。


「セリアも休めたか? 座ったままだったんだろ?」


「はい。とても……」


 無表情ながら少し目もとが笑っているような気がして、なんだかよくわからないけど、いい朝だと頬を緩めた。



「ギルベルト様! 見張りの者からの伝令です!! ゴブリンが来ましたッ!!」


 血相を変えたアイシャの言葉に、やっぱり最悪の朝だと考えを改めた。


「ご主人様。セリアも戦います。いざとなれば『閃光』の使用許可をお願いします」


「……そうだな。セリアは獣人達を守ってやってくれ。とりあえず、俺が様子を見てくるから」


「承知致しました。でしたら、セリアの出番はありませんね。朝食の準備を済ませておきます」


「……」

(メイドからの信頼が辛い……)


「ギルベルト様! 粗悪品ですが、こちらをッ! 森で拾った物の中ではこれが1番なのですが……」


 アイシャは少し錆びている剣を手渡して来た。


(おぉー! 剣があれば何とかなるな!)


 俺はセリアの下着が入ったバッグから護身用ナイフを懐にしまい、剣を手に取った。


「ありがとう。じゃあ、行ってくるから」


「お気をつけて、ご主人様」

「『神の御業』を! ギルベルト様!!」


「……あ、あぁ。行ってくる」

(しんどッ……)



 外に出ると、昨日一緒に食事をした住人達が跪いて待っていた。


「ギルベルト様! ご武運を!」

「ギルベルト様! どうかご無事で!」

「戦える者はお供致しますので!!」


「……」

(獣人は身体能力が高かったな。援護はありがたい)


 俺が小さく息を吐いて微笑むと、獣人達はハッとしたように声をあげる。


「あっ。私達を庇いながらの戦闘は……」

「ギルベルト様の足手纏いになりますね」

「考えが至らず、申し訳ありません!」


「確かに、『あの時』も1人で先行されていましたし……。私達を気にしながらでは本来の力を発揮できないかもしれないですね……」


 後ろからアイシャの声が響くと、獣人達は頭を下げ、


「「「ギルベルト様! ご武運をッ!!」」」


 などと俺にプレッシャーをかけてきた。


「……」

(何かすごい事になってるぅ! これ本当に1人でいくヤツじゃぁん!!)


 1人でゴブリン討伐。

 それも得体の知れないゴブリン。


「ゴ、ゴブリンは何匹くらいいるんだ?」


「32匹です。少し変わった大きい個体が3匹ほど……」


「……あ、そう……」

(無理、無理、無理、無理!! 絶対、無理!)


 小さく返しながら顔を引き攣らせる。

 魔物との戦闘がないわけじゃないが、そんな量を相手にするのは初めてだ。


(ふっ……、これは死んだな。昨日の夜が、死への片道切符だったんだ)


 もう自分の運命を悟った俺に追い討ちがくる。


「あぁ。余裕の笑みを浮かべています」

「ギルベルト様にはゴブリンなど小物なのですね」

「きっと『全てを見られた』んです! もう、この村はすでに救われました!!」


 もう引き返せない。

 来るところまで来てしまっている。


 チラリとセリアに視線を向けると、畑から野菜を収穫しているところだった。



 

ドゴォーン!!



 森の木々が倒れる音が響く。


(何でゴブリンが木を倒せるんだよ……。セ、セリア、やっぱり付いて来て!!)


 心の中で声をかけるが、ポンコツメイドは野菜選びに忙しいようだ。仕方がないので、激しくビビりながらも俺は一歩足を踏み出した。



「「「いってらっしゃいませ、ギルベルト様!」」」


「……あ、ああ。頑張ってくる!」

(に、逃げてぇ……!!)


 背中に可愛い娘達の歓声を受け、俺の目には涙がちょちょぎれているが、もう引き返す事はできない。みんな良い子たちばかりだし、能天気ポンコツメイドもこの村に残るのだ。


 ここにゴブリンを連れてくるわけにはいかない。


 ゴクリと息を飲み、覚悟を決める。


 ここを凌いで『理想郷(ユートピア)』を手に入れる。

 これは、俺の夢を叶えるための聖戦だ。



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