第11話 〜ミーシャとリリムの出立〜



―――辺境の小都市『カーティス領』 



 ミーシャは一向に帰ってくる気配のないギルベルトに居てもたってもいられず、ストロフ家の執事レムと一緒にカーティス家の屋敷へと向かっていた。


「ギル……」


 流れる景色を見つめながら、ギルベルトを想うミーシャ。『お咎めなし』と言う通達はオラリア王国中に広がっているのに、ギルベルトは一向に帰って来ない。


(どこで何してるのよ……)


 毎晩のようにギルベルトを思っては、婚約発表が出来なかった事を悔やんだ。


 婚約を知らせる事が出来ていれば、ギルベルトはすぐに顔を見せに帰って来てくれると思っているからだ。


「フォッフォッ。大丈夫ですよ、ミーシャ様。ギル坊は優秀な男ですよ!」


「……わかってるわ、レム爺。でも、学園内で3年も毎日顔を合わせていたのに、もう7日も会ってないの……。私のせいでギルに迷惑かけちゃった」


「ミーシャ様の責任ではありませんよ。あの輩が全て悪いのです」


「私、ギルに嫌われちゃったのかな……? う、うぅ……」


「ギル坊はミーシャ様を大切に思っていますよ。クズとは言えこの国の王子。それを敵に回すような男なのじゃから!」


 ミーシャの頭には、颯爽と現れたギルベルトの後ろ姿が蘇り、また更に会いたくなってしまう。


「……うぅ。ギル……」


「フォッフォッ。ギル坊め。こんなに愛らしい『婚約者』を泣かすとは……。少し叱ってやらねばいけませんね……」


 レムはそう言いながら窓の外を見つめた。


(あの時、一緒に連れ帰っておれば……)


 レムはギルベルトの事を幼い頃から世話をしていた。ミーシャ同様、身内として考えており、ミーシャ以上に苦難に巻き込まれる『体質』にあたふたしながらも見守ってきた。


 世話がかかるほど可愛らしい。


―――レム爺! いつもありがとう!


 幼いギルベルトの姿も思い返しながら、レムはギルベルトの無事を祈った。




※※※※※



 ギルベルトの姉にして帝国騎士団、団長リリム・カーティスは出発の準備を進めていた。


(待っててね、ギル!)


 その顔はまるで最愛の恋人とのデートに向かう前のように幸せに満ちた物だった。


「リリム様。やっと『お帰り』になられるのですね」


「バリー。何を言ってるの? 私はギルの無事を確かめるまで帝国に帰る気はないわ。皇帝にもちゃんと伝えてあるし……」


「……なりません! 皇帝陛下の引き攣った顔をお忘れになったわけではないでしょう!?」


 帝国騎士団、副団長バリーの言葉にリリムは帝国を出る前の皇帝の顔を思い返したが、別に興味なんてなかった。


「……じゃあ、いいわ。辞めるから! よかったわね、バリー! あなたが団長よ?」


 バリーは顔を歪ませ、今にも泣き出してしまいそうな表情を浮かべる。


「『好きにしていい。その代わり、帝国の権威を示す時には力を貸す』……。私が皇帝と交わした契約は、それだけよ? 私にとってギルよりも大切な物なんてないの。好きにするだけよ?」


「リリム様! そんな簡単に『世界最高武力』の権力を捨てないで下さいよ!」


「ふふっ。おかしな事を言うのね? 『世界最高武力』ならこのオラリア王国のどこかで、『何か』に巻き込まれてるわよ」


 バリーは顔を引き攣らせ深くため息を吐く。


「……だ、『大賢者 リリム様』は今ここにいるではないですか……」


「バカね。私なんて最愛の弟に比べれば、ただの虫よ? あの子の『魔力量は次元が違う。《身体強化》さえあれば無敵なのよ」


「はぁ〜……、そんな化け物いるはずないでしょう……」


「……バリー……。次、私の弟を『化け物』と呼んだら殺すわよ?」


 リリムはニッコリと笑顔を浮かべると、バリーは顔を青くしてすぐに「も、申し訳ありません!」と頭を下げた。


「とにかく、あなたは帝国に帰りなさい。ギルと旅行を楽しんだら帰るから。皇帝にもそう伝えておいて」


「……」


 バリーは皇帝陛下からリリムを連れ戻すように勅命を受けているが、目の前のギフト【全魔術】の持ち主の言葉に抗う事は出来なかった。



 そこにやってきた一台の豪華な馬車から飛び出してきた少女が1人。


「リリム姉さん!!」


 赤くなっている瞳にリリムは「ふっ」と小さく笑みを溢した。


「ミーシャ。相変わらず綺麗ね? 安心なさい。ギルは私が連れ戻すわ」


「……リリム姉さん。わ、私も! 私も連れて行って!!」


 リリムはチラリとストロフ家の執事レムに視線を向けるが、苦笑したまま反応はない。


「ふふっ。可愛い妹の頼みでもそれは無理ね。おじ様が何だかうるさそうだし……」


「お願いします! リリム姉さん! 私……、私のせいでギルが……」


「心配ないわ。ゆっくりと待ってなさい」


「ギルのために『何か』してないと、おかしくなってしまいそうなの! お願い……。お願いよ、リリム姉さん……う、うぅ……」


 可愛い妹の涙にリリムは苦笑しながらも頭を撫でていると、レムがリリムに声をかける。


「リリム様。私も同行させて貰えないじゃろうか?」


「……」


「アルマ様はおられるかの? 旦那様の許可を貰いたいのじゃが……。ここ最近のミーシャ様は見てられないのでな……。もし、良ければリリム様に同行させて欲しいのじゃ」


 リリムはギルベルトがこんなにも愛されていることに気分を良くする。正直、少し足手纏いではあるが、可愛い妹と、世話になった老執事の頼みを無碍にもできない。


 リリムは屋敷の玄関を開けると声を張り上げた。


「イル! お父様!! ミーシャとレム爺を連れていくから、おじ様に伝えておいてね! 私達、もう行ってくるからッ!!」


 パーッと弾ける笑顔を浮かべるミーシャと、少し焦ったようなレム。ただただミーシャの美しさに見惚れるバリー。



ガタッ、ガタガタッ!!



 屋敷を走り回る音が聞こえるが、リリムはそんな事は気にしない。


「《風操作(ウィンド・オペレート)》……」



フワッ……



 自分とミーシャとレムを優しく風で包みこみ、ゆっくりと宙に浮くとそのまま操作し出立した。


「ちょ、ちょっと! リリム様ぁあ!!」


 地上からバリーの焦った声が響き渡り、血相を変えたアルマとイルベールが玄関に立っていた。



「ありがとう、ありがとう。リリム姉さん!」


 また泣き始め、抱きついてくるミーシャにリリムは「ふっ」と小さく笑い頭を撫でた。


「さぁ、ギルのとこに行こう!」


 レムは自由奔放なリリムに苦笑したが、ミーシャの嬉しそうな顔とギルベルトの事を思えば、その表情を優しい微笑みに変えた。



 リリムはギルベルトの魔力を探索しながら、


(セリアの『閃光』は少し厄介だね……)


 全てを置き去りにするセリアのギフトで遠くに行きすぎてないといいけど……などと少しため息を吐いた。


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