第10話 獣人の村



 質素な集落には、質素な畑に今にも倒壊してしまいそうなボロボロの布で作られている簡易的な家が10棟ほどしかない。


「誰もいませんね」


「……なんで、こうなるんだよ!!」


「ここで2人で暮らしますか?」


「……か、勝手に使うのは違うだろ」


「ご主人様らしいです」


 セリアは無表情ながら穏やかな口調で呟く。


(それにしても……)


 1人として人がいない寂れた集落。

 俺達の来訪に姿を眩ませたのは一目瞭然で、まだ焚き火や畑を手入れしていた痕跡が見てとれる。


「おぉーい! 誰かいないか!? 危害を加えるつもりはないんだ!」


 おそらく近くにいるだろうし、大声で声をあげる俺を他所にセリアは興味深そうに集落を歩いている。常に《予知(プレディクション)》を発動させて辺りを警戒しているが、一向に人影は見えない。


(飯を! 服を! 安寧を!!)


 目の前には不出来ながらちゃんとした野菜がある。セリアが料理してくれれば、どんな食材でも一級品になるのだ。


 溢れるヨダレをゴクリと飲む。


「ご主人様。肉がございました」


「……み、見せるなッ! そんな物を俺に見せるんじゃない!!」


「ご主人様。この家はおそらく食糧庫ですね。解体、血抜きを済ませて既に切り分けられた『お肉』がいっぱいです」


 セリアは『お肉』だけを強調するように言葉を並べる。


(……このポンコツメイドめ……!)


 心の中で呟きながらも、良心が崩れ去っていくのを懸命に繋ぎ止める。ここ5日、まともな食事を食べていないが、人様の食料を漁るなんて事は紳士としてやってはいけない事だ。


 それに、あわよくばここの住人になりたいと考えているのに、そんな事をすれば警戒心を煽るだけのはずだ。


(な、泣きながら、懇願するか……?)


 もう自分のヨダレに溺れそうだ。

 なんなら涙もちょちょぎれている。


「ご主人様。大丈夫ですか?」


「セリア……!」


 ガッと肩を掴み、衝動を抑える。セリアは珍しく少し驚いた顔をしながらも、そっと目を閉じる。


「どうぞ。セリアをお食べください……」


「バカか! 狩りに行くんだよ! このままここに居たら余裕で食い散らかしてしまう! さっさと森に入って肉を手に入れるんだ! そんなに肉があるなら、どこかにいるんだろ!」


「……」


 セリアは目を閉じたまま顔を赤く染めていく。

 肉の事しか考えてなかったが、いまサラリとやばい事言われたような気がする。


「……い、行くぞ! セリア! モ、モ、モタモタするな」


「……は、はい。ご主人様」


 歩き出した俺にセリアは耳まで赤く染めているが、俺の顔にもそれなりに熱が湧いてくる。


(セリアめ。本当にそんな事をしたらどうする気なんだ! ……いや、でも、もう家には帰られないし、『そういう』のもアリなのか……?)


 ひっそりとした山小屋でセリアと家庭を築いている姿を想像する。


(セリアとよく似た女の子と男の子……。か、可愛すぎるな……)


 将来の子供と仲良く庭を駆け回るセリアは見たことのない笑顔で、はちゃめちゃ可愛い……。って、そんなわけあるか!


 バッとセリアに視線を向けると、そこには無表情で真っ赤なセリアがいるだけだ。


(こ、これはコレで……)


 もう空腹と精神的疲労で、気が触れているのかもしれない。こんな想像をしてしまうなんて、限界が近い証拠だ。


「は、早く行くぞ! 肉を食べたら大丈夫だ!」


「……? はい、ご主人様」


 集落から出ようとすると1人の猫耳娘の獣人が姿を現した。


「……『ギルベルト・カーティス様』。この村の窮地に来てくださったのですね。祈りが通じたのです……」



 全く見覚えのない涙目の可愛らしい獣人に、


(……『次』はなんだ……? 何で名前を……)


 また何かを引き寄せてしまった事を理解し、深く深くため息を吐いた。





※※※※※




 固まっているギルベルトに猫人のアイシャは『再会』に胸を高鳴らせていた。10年前、奴隷としての一生から解放してくれた人が目の前にいるのだから、それも当たり前だ。


「……えっと……。何でこんな所に君達が?」


 アイシャはバクンッと心臓を撃ち抜かれる。


(お、覚えていて下さったのですね!! ……背も高くなって、かっこよさに磨きがかかってます!)


 アイシャはうるうると涙を溜めるが、ギルベルトは獣人がなぜこんな所にいるのかを聞いただけであり、なんなら名前を知られていることにかなりの警戒心を抱いていた。


(もしかして、こんな集落まで手配書が……)


 などとかなり狼狽えていたのだ。


「『あれから』、私共は散り散りに逃げましたが、この森で合流し、密やかに暮らしていたのです」


「……『あれから』とはいつの事でしょうか?」


 アイシャはセリアの美貌にゴクッと息を飲む。


「ギルベルト様に解放して頂いた時からと言う事です! その節は本当にありがとうございました!」


「奴隷商を壊滅させた時でしょうか?」


「はい! もう10年も経ちましたが、ギルベルト様のお顔を忘れる事はありませんでしたので。このタイミングでギルベルト様が訪れて下さったのは、やはり『あの件』の事ですよね?」


「……このタイミング? 『あの件』?」


 ギルベルトが口を挟むと、ワラワラと村の住人達が現れて来る。狼人、犬人、猫人、狐人……。その全てが獣人の女性であり、ギルベルトはピクピクと顔を引き攣らせた。



「『また』私達を救うために来てくださったのですね」

「またお会いできるなんて夢のようです!」

「本当にギルベルト様だったのですね!」

「『襲来が早まった』のかと身を隠してしまいました」



 アイシャを始めとする獣人達はギルベルトに駆け寄るが、ギルベルトは嫌な予感しかしていなかった。


 セリアはギルベルトの前に立つと口を開いた。


「何の話でしょう? 何があるのでしょうか?」


「……『ゴブリンの襲来』から私たちを助けるために来て下さったのでは……? ギルベルト様は全てを知っているのですよね……?」


 アイシャはギルベルトの【未来視】を知っているわけではないが、子供ながらに大人達の裏を掻き続け、みんなを解放する姿に、『全てを知っている神様』のように考えていたのだ。


 それはここ、獣人の村『ギル』の住人達の総意だったのだ。


 見事に絶句するギルベルト。


「とりあえず、食糧をわけては頂けないでしょうか?」


 セリアの言葉は、この村を救済を約束するような物であったが、ポンコツメイドのセリアはとりあえず、「ご主人様に食事を食べさせてあげたい」としか考えていなかった。



ーーーーーーーー

【あとがき】


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