第2話 王子を殴ってしまった ②



 ギルベルトと別れたミーシャは、会場の隅で優雅にワインを傾けるギルベルトに頬を緩めた。


(早く挨拶を終わらせて、重大発表を聞かせなくちゃ!)


 ミーシャはこの後の両家の食事会で、正式にギルベルトとの婚約が決まる事が楽しみで仕方ない。


 国内でもかなりの権力を持つ、"ストロフ公爵家"の令嬢。数百件にも及ぶ、婚約話はミーシャの「わがまま」でいつも頓挫する。


『ギルとじゃないと結婚はしない!』


 幼い頃から言い続け、やっと念願が叶う。嫌がるギルベルトには悪い事をしたと思うが、入学させればこっちの物。


『ギルが首席で卒業すれば婚約を認めよう』


 王族との婚約を望んでいるが、ギルベルトの事も好いている父は、この条件を提示した。


 オラリア王国、王立学園の首席卒業者。


 その栄誉はあらゆる物が融通される。


 爵位以上の働きを期待され、国の中枢で働く事になる。つまりは仕事次第では、新たな爵位が与えられる事が約束されているような物なのだ。


 ギルベルトは「絶対に嫌だ!」などと平穏な暮らしを夢見ているが、ミーシャは『絶対に嫌』と言っているギルベルトにニヤリと笑ったのだった。


 幼い頃から知っているギルベルトの体質。


 ミーシャはギルベルトとの婚約発表を間近に緩む頬を抑えられなかった。



 学友達に別れを告げ、待ちに待った帰宅。

 ギルベルトには内緒にしているが、正直、喜んでくれるのか不安だ。


(大丈夫。ギルと私は絶対に……!!)


 ミーシャは小さく息を吐き、やっとギルベルトと結ばれる事になる未来に胸を高鳴らせていた。



「おい。私とは踊ってくれないのか?」


 ギルベルトの元に歩み寄ろうとしたミーシャは腕を掴まれ、乱暴に引き寄せられる。


「ロ、"ロリド殿下"……」


「あの『下賤のクズ』と踊ったのに、私と踊らないなどと言う事はないのだろ?」


 ギルベルトを『下賤のクズ』と呼ぶのは、オラリア王国の第一王子のロリド。


 いやらしい視線で視姦し、口角を吊り上げる表情にゾクッと嫌悪感が走るが、そんな態度はおくびにも出さずニコッと笑みを貼り付ける。


「……申し訳ありませんが、馬車を待たせていますので」


「ククッ……。何を言う? 未だに貰い手のつかない其方そなたに縁談を用意してやったと言うのに……」


「……!!」


「私の婚約者として迎えてやる。光栄に思うのだぞ? ミーシャ……」


 ロリドはニヤァッといやらしい笑みを浮かべるとペロリと唇を舐め、ツゥーッと胸元を撫でられる。


(い、いやッ!)


 ミーシャは咄嗟に手を振り払い顔を背けた。


「……なんだ、貴様。私に恥をかかせるのか?」


 ロリドの血走った瞳に身体が硬直する。


 ロリドが権力を盾に、横暴で不埒な態度をとることは周知の事実。気に食わない者に容赦する事はなく、その暴君ぶりは一国を率いる素質を持ち合わせていないと有名だ。


「も、申し訳ありません。殿下……」


「まぁ良い。其方そなたほどの美貌の持ち主はそういない。部屋を用意させてある。楽しい夜の始まりだ!」


 グイッと手を引かれるミーシャ。


 頭の中は真っ白になり、先程までの幸せが音を立てて崩れていていく。頭の中はギルベルトの事ばかりで、自然とポロポロと涙が流れていく。


「う、うぅ……で、殿下。おやめ下さい……」


「うるさいっ! 私に逆らう事が何を意味しているのかわかっているのかッ!! 貴様の家を取り壊しても構わないのだぞ!?」


 これはただの脅しではない。

 現に名家と呼ばれる貴族が、ロリドによって没落しているのは、この学園で生活していた者なら誰もが知っている。



「う、うぅ……ギル……」


 消え入りそうなミーシャの声に反応した1人の男。



ドガッ!!



「ミーシャを泣かしたのは、……き、貴様……か……?」


 ロリドの横っ面を殴り飛ばし、颯爽と現れた後ろ姿にミーシャは涙を加速させる。


「ギルッ!! あ、ありがとう! ……う、うぅ……」


 周囲の目など一切気にする事なく、後ろから抱きつき、力いっぱいに抱きしめる。


(あぁ。ギル……。私のヒーロー。大好きだよぉ……)


 いつもこうして助けてくれる最愛の人。


 見目麗しいミーシャが誘拐されそうになった時には、いつもギルベルトが助けてくれる。救われた回数は1度や2度ではない。


 その度、心を鷲掴みにされてしまうのだ。



 ギルベルトはゆっくり振り返り、ミーシャは感涙のままに、それを見上げたが、そのあまりに引き攣った表情に涙が引いて行くのを感じる。


「ギ、ギル?」


「……ミ、ミーシャ。あそこでピクピクしてるのって、殿下だよな……?」


「……あ、ありがとう。ギル! わ、私はとっても嬉しかったよ?」


「えっ? あっ、いや……。ははっ……、これはー……、やっちゃった……?」


 顔を青くするギルベルト。

 その前には、顔がへこみ、腕をおかしな位置にして情けない姿のまま、ピクピクと痙攣しているロリドの姿があった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【あとがき】


新連載です!


「面白い」

「今後に期待!」

「更新頑張れ!」


と思ってくれた読書様、


☆☆☆&フォロー&レビュー!!


 創作の励みになりますので、よろしければお願い致します。

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